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ゆがんだ城(04)

「さてと」
 ウェドリタと名乗る女は、話し始めた。
「この城はね。元々は、月の女神が地上に持つ城のひとつだったのよ。ところが・・・<不幸な娘>の伝説は知っているかしら? 月の女神の長女でありながら、どこへ行っても禍々しい不幸をもたらしたあの娘が、ある日、この城へもやって来た。折悪しく、城のあるじは不在。それでもあるじの娘だから、と招き入れられた<不幸な娘>は、知らぬうちに<不幸>を撒き散らした。あるじが帰って来たときには、もう城も庭園も、救いようのない禍々しさに汚染されたあとだった」
 女はグラスの液体を少し飲んだ。セレンはぼんやりと女を見、ゼラルドを見、我知らずゼラルドに見とれた。つややかな黒髪、冷たい黒い瞳、そして不思議な妖しい雰囲気――その横顔は、なんとよくこの場に似合って見えることだろう。
 ゼラルドは黙って話の続きを待った。女はしばらく品定めをするように二人の若者を眺めていたが、やがてまた話し始めた。
「<不幸>の汚染は、放っておけば、この城から地上全体へと広がっていく類のものだった。だから、女神はこの城を時空間から切り離したの。そうして、この城は見捨てられた。城の住人はみんな逃げたはずだった・・・けど、一人だけ、逃げ遅れた者がいたのよ。それが、このあたし、ウェドリタ・ルイーラというわけ」
 女の目に異様な光が宿り、しかしそれはすぐに消えた。
「この城は、月の女神の統べる時空間から切り離されているから、あたしは人間だけど年を取らないの。いいでしょう? でもね、ゆっくりゆっくり、おなかはすくのよ。そして、ちょうどあたしがおなかをすかせる頃にね・・・迷いこんで来る人間がいるの」
 女は低く、くつくつと笑った。ゼラルドに向かって、
「あんたはどう思う? 人が人を食べるのは罪だと思う? この間食べた人が、そんなことを言っていたわ。だけど、生きるためだもの、仕方ないじゃない? それにあたしは月の女神の侍女だったの。そして今は不老不死なの。ただの人間よりも、少しばかり高等な人間なの。自分より下等な生き物を食べるのは、自然のことわりよね。ただの人間なんて、あっというまに死んでしまって何もできやしない、ちっぽけな、ちっぽけな生き物。今のあたしには、それがわかるの」
「人には人の尊厳がある」
と、ゼラルドは言った。落ち着いた静かな声だった。
「人は確かに小さいかもしれない、けれど、生きられるわずかな時間の中で、力を尽くして生きているのだ。たったひとつの生の中で、人を愛し、憎み、神をあがめ、呪いながら。その命の尊厳を忘れ果てているならば、このゆがんだ城の中で、おまえもまた、ゆがんでしまったのだ」
「ゆがんでいる。そうね、だって、女神様がこの場所の時間と空間を捻じ曲げてしまったんだもの。でも、人なんてね、醜いものよ。あたしのような、より高等な存在の糧となることは、きっと人間にとって、いちばん幸せで意味のある命の使い方なのだと思うわ」
「私は、そうは思わない」
 ゼラルドの言葉は静かだった。
「人はまだ、人を愛することも、信ずることもできる。彼らは愚かで短命かもしれないが、成すべきことを子に託し、子はまたその子に夢を伝え、そうやって、時々驚くべきことを成し遂げてきたではないか」

 

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