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ゆがんだ城(07)

 と、そのとき、セレンの頭の中に、涼やかな声が聞こえて来た。
≪セレン、聞こえる?≫
「聞こえるよ」
 セレンの視界の中で、ゼラルドは壁を背に、かろうじて身を守っていた。しかし、セレンに呼びかけて来た声は、いつものとおり、落ち着いて澄んでいた。
≪口に出さずとも、考えるだけでいいよ≫
≪何かぼくにできることは!≫
≪何もない≫
 ゼラルドの声は穏やかだった。
≪安心していいよ、セレン。ぼくが死んでも、君はきちんと元の場所に帰してあげるから。そう・・・フルートに約束してしまったからね≫
 女の剣がゼラルドの短剣をはねとばした。女が勝ち誇ったように剣を振り上げる。
「ゼラルド!」
 わけのわからぬ衝動にかられて、セレンは自分の剣を思い切り投げた――黄金の剣を。
 ゼラルドは飛んで来た剣を見つけ、その柄をつかんで、目の前の女をないだ。剣は、女を取り巻く銀色の光を突き抜けた。
「きゃああああああ・・・」
 女は空気を引き裂く甲高い悲鳴をあげて床に落ちた。青い剣は消え、ゼラルドは宙に舞う自分の剣を手に収めた。
 女の体は急速にしなびていった。しわだらけになり・・・縮んで・・・骨となり・・・あとには服と宝石をまとった骸骨が残った。ピシッと音を立てて、血の色の宝石が砕け、部屋に立ち込めた瘴気が消えていく。
 ゼラルドは横を向いて吐き気をこらえた。そして、人を吸い込むような底知れぬ瞳を、セレンのほうに向けた。
 セレンは、真っ青な顔で立っていた。女の変化を見たからではない。さっき剣を投げたとき光の壁から出てしまった手に、焼けつくような痛みが走り、気が遠くなりそうだったのだ。
 ゼラルドはそれに気付いたのか気付かなかったのか、かすかに眉をひそめたが、
「この剣は?」
と、いぶかしげに尋ねたきりだった。
「ぼくの剣だ」
「君の?」
 ゼラルドは二本の剣を並べて見せた。二本ともよく似ていたが、ゼラルドの剣の柄には透明な宝石が、セレンの剣の柄には緑色の宝石がはめこまれていた。
「ゼラルド、さっきの話は一体?13本の宝剣?」
「・・・まさか、知らないなどと言うつもりではないだろうね」
「知らない。この剣は使ったこともなかったし」
 ゼラルドは怪訝な顔をした。が、
「その話はあとでしよう。主から解放されたこの城の住民を、時の流れに戻してやらなければ」
 丁寧に剣を持ってセレンに返すと、
「ありがとう」
と義務的な口調で言って、先に立って歩き出す。入って来たのと反対側のドアを開けると、そちらには広い廊下が続いていた。
 二人は廊下を歩き、階段を下り、下の階へ行った。奇妙な造りの城の中を、どういうわけか迷いもせずにゼラルドは歩いていき、やがて二人は、来た時の広間に通じる扉に行き着いた。中で人の魂がざわざわしているのが、セレンにもわかった。
「中に入ったら口をきくのではないよ」
 無造作に言い捨てて、ゼラルドは扉を開けた。闇の中にうごめくものの気配がしていた。
 ゼラルドが声高に聖句を唱えると、辺りに銀色の光が広がった。闇に生きる者たちが苦しみ出し、足音がせわしなくなった。銀色の光はどんどん強くなり、やがてセレンの目に、ひとがたが見え始めた。ひとつ、ふたつ、と白いひとがたは浮かび上がり、喜びと感謝を表して消えていった。ひとがたはどんどん増えていったが、気味悪くはなかった。解放された歓喜に満ちて、血肉を失った者たちが帰っていくその光景を、セレンは銀と白の渦巻く光の中で見ていた。最後のひとつが消えると、ゼラルドが前に現れた。光の中に、澄んだ声が響いた。
「呪われた花々ももう清めた。行くよ、セレン」
 見ると、前方に不思議な扉が見えた。赤い革のように見えたかと思うと、次の瞬間にはどっしりした木の扉に変わっているのだった。
 その扉を、ゼラルドは恐れげもなく大きく開いた。そして二人は外に出て、見なれた太陽の沈む道に出た。
 セレンが振り返ると、もう扉は影も形もなかった。むろん、城も。
 馬たちは無事だ。夕陽の光、木の匂い、道の色。すべてが妙に懐かしく思えた。

 

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