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2010年12月

作者より:(妖精の首飾り)

クルシュタイン国の王妃マデリーン(=フィリシアのお母さん)は、
お隣リーデベルク国の王妃アイリーン(=フルートのお母さん)と従姉妹です。

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(妖精の首飾り)(05)

 驚くフィリシアの首の周りで、首飾りはぱあっと光を放ち、そしてフィリシアの体の中に吸い込まれていった。
 フィリシアは目をぱちぱちさせたが、気がつくと、咳は止まっていた。
 はっとして小机の上を振り返ると、妖精たちはまだそこにいて、揃ってこちらを見つめていた。
「よかった」「よかった」「よかった」
「でも、おくりものが・・・わたしのせいで・・・」
「また作るわ」「満月はまた来るわ」「光り姫さまも喜ぶわ」
「ごめんなさい・・・」
「あなたは悪くないわ」「大丈夫」「気分はどう?」
 言われて気がついた。単に咳が止まっただけではなかった。いつも感じていた、体の力を何かに吸い取られていく嫌な感じが、すっかり無くなっていた。
「ありがとう、とてもいいわ」
「よかった」「よかった」「よかった」
 最初の妖精が言った。
「私たち、今夜は帰ります。でも、また機会があったら、お水をくださいね」

 この日を境に、フィリシアはみるみる健康になり、ばら色のほおの、ふつうの女の子になった。王と王妃の喜びは、いかばかりだったことか。
 そして、フィリシアの寝室の水差しにはいつも水が満たされることになり、時折なぜか、夜のうちに空になっているのだった。
 のちにフィリシアが、光り姫そのひとの友となるのは、それはまた、別のお話。

 

(完)

 

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(妖精の首飾り)(04)

 やがて、キラキラと輝く光の首飾りが完成した。妖精たちは、できた、できたと大はしゃぎで、首飾りをみんなで持ってくるくると回った。
 フィリシアはうっとりと見とれた。それから、がまんできなくなって言った。
「あのね、わたしも、さわっていい?」
「だめ!」「だめ!」「だめ!」
 あっさりと断られて、しょんぼりしたフィリシアに、一人の妖精が言った。
「あなたはとても良い子。でも、呪われている人に贈り物をさわらせてはいけないの」
「のろわれてる? わたしのこと?」
 フィリシアはびっくりして、その拍子に、また咳き込んだ。首飾りに咳がかからないように、ちゃんと横を向いた。けほ、けほ、けほ。咳が止まらない。でも、水はもうない。
 だれかよびにいかなくちゃ。でも、そうしたら、ようせいさんたちは。
 妖精たちは、おろおろしていた。
「どうしよう」「どうしよう」「どうしよう」
 咳が止まらずに涙ぐんでいるフィリシアには、妖精たちの声しか聞こえない。
 誰かが言っていた。
「ねえ、聞いて。私たち、水をくれたこの子に、お礼をしたいと思ってたわよね?」
「思ってたわ」「思ってたわ」「思ってたわ」
「私たち、この子の呪いを解くことはできないけれど、軽くすることはできる」
「できるかしら」「できないわ」「できないわよ」
「光の姫様だって、きっと、この子を助けたほうが喜ぶわ。だから・・・」
 しーん、と場が静まりかえったのがわかった。何が起きているのか、フィリシアにはわからない。けほ、けほ、けほ。くるしい。だれか、たすけて。
 そのとき。何かとても眩しいものが、フィリシアの視界に入った。眩しいものは、上から下へと移動して、フィリシアの首にかかった――それは、光の首飾り!

 

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(妖精の首飾り)(03)

「ありがとう」
 妖精はあでやかに笑って、窓のほうを向いて言った。
「みんな、お水がもらえるわ!」
 フィリシアが驚いたことに、すると、わーっと小さな歓声が上がって、十数人ばかりもの妖精たちが、手に手にボウルを持って窓から入って来た。
「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」
 唖然として見守るフィリシアの目の前で、水差しの前には妖精の行列ができ、どんどん水は注がれて、ちょうど最後の妖精で、水差しは空になってしまった。
 それでもフィリシアが抗議できなかったのは、妖精たちが皆、とても嬉しそうに見えたからだった。妖精たちは飛んで行って、窓際の小机の上にボウルを並べ始めた。フィリシアは歩いて行って、椅子によじ登り、その様子を眺めた。
 妖精たちはやがて、面白い作業を始めた。水を張ったボウルに月の光が映るのを、さっと掬いあげて糸に通し始めたのだ。楽しそうに歌いながら。「月の首飾り。星の首飾り。光り姫に、光の首飾り差し上げましょう」
「ひかりひめって、ようせいさんのおひめさま?」
と、フィリシアは尋ねた。手を休めないまま、妖精たちは口々に答えた。
「すこし違って、もとは人間の姫君でいらしたの」
「お淋しそうなの、だから少しでもお気が晴れるように」
「私たち、贈り物を差し上げることにしたの」
 その間にも、首飾りはどんどん出来上がっていく。
「できた!」

 

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(妖精の首飾り)(02)

 ある春の夜、静養の城にて。
 小さなフィリシアがけほけほと咳き込んで目を覚ますと、いつもなら飛んでくるばあやが、飛んで来なかった。それでフィリシアは、自分で水を飲もうと、ベッドから下りた。
 月の明るい夜だった。窓のほうを見ると、月明かりに照らされた小机の上で、何か小さなものが動いたような気がして、フィリシアは思わず目をこすった。それは、小さな人の形をしていて、背中に透き通った羽を生やしており、ふわふわと漂っていた――
(――ようせいさん!)
 フィリシアは興奮したが、咳も止まらない。けほけほと言いながら、仕方なく、まずはベッド脇の水差しを取った。なんとか上手にコップに注いで、水を飲む。
 コップを置いて振り返ると、妖精は、窓際からこちらへ向かって飛んで来るところだった。フィリシアはどきどきした。
 妖精は水差しの前まで飛んで来て、ちらとフィリシアを見た。
「あら? 私が見えてるのかしら?」
 フィリシアは大きくうなずいた。妖精もうなずいた。
「そう。眠りの粉が足りなかったのかしら。じゃあ、あなたの許しをもらいたいのだけれど、お水を少し、いただけるかしら?」
「すこし?」
「このくらい」
 妖精がそう言うと、水差しは勝手に動いて傾いた。そして、妖精が差し出したボウルの中に水を注いだ。フィリシアの片手の手のひら一杯ぶんくらい。
 フィリシアはうなずいた。
「そのくらいなら、どうぞ」

 

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(妖精の首飾り)(01)

 クルシュタイン国の王女フィリシアは、幼いころ、体が弱く、病気がちだった。
 それは、王妃であるマデリーンがかつて受けた呪いのせいだったが、王と王妃は、幼い娘に秘密を話す気はなかった。小さな王女の小さな胸を、呪いなどという恐怖で曇らせる必要がどこにあるだろう?
 代わりに王は、静養のための城を用意した。空気の良い田園地方にあるこの城を、気休めかもしれないが護符で囲って、王女が安心してゆっくり過ごせる環境を作った。
 王はめったに都を離れなかったが、王妃と王女は、しばしばこの静養の城に出向いて、長期間滞在した。
「このお城は、わたくしの故郷のお城に、少し似ているのよ」
と、静養の城で、王妃はフィリシアに言うのだった。
「周りが緑で囲まれていて。いとこのアイリーンと、よく遊んだわ。でもね」
と、ここで声をひそめ、とっておきの秘密を語る声で、
「妖精さんが見えるのは、あなたの母さまだけだったのよ? すごいでしょう!」
「ようせいさん? いたずらする?」
 フィリシアも、つられたように声をひそめて尋ねる。寝込みがちなフィリシアは、物語を聞くのが大好きで、その中に、いたずら好きな妖精の話があったのだ。
「良いいたずらも、悪いいたずらもするのよ。でも、仲良くしていれば大丈夫。母さまは大人になって、妖精さんが見えなくなってしまったけれど、もしフィリシアが妖精さんに会ったら、親切にしてあげてね」
「ひとには、やさしくするんだもん」
「そうよ。いつまでも、やさしい子でいてね、フィリシア」

 

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作者より:「ゆがんだ城」

13本の宝剣、とか言っていますが。

この作品群の中には4本しかありません。

(フルート、フィリシア、セレン、ゼラルドの各1本ずつ)

あとの9本は別の時代に見つかった、ということで。

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ゆがんだ城(08)

 ゼラルドは、短剣に手をかざし、何か唱えて清めていた。そして、それが済むと、セレンにまっすぐ向かい合って立った。長身のセレンを見上げるようにして、言った。
「セレン、手を見せてくれないか」
 セレンは片手を前に出した。白く細い、女性のような手。ゼラルドは静かに言い足した。
「さきほどぼくに剣を投げた手を。君の利き手は右のはずだ」
「・・・どうして」
「どのような怪我でも驚きはしない。剣を投げたら、手は結界の外に出たはずだ」
 セレンは目を伏せて、右手を出した。剣を投げたとき瘴気に触れたその手は、火で焼かれたように激しく爛れていた。
「・・・」
 ゼラルドは何も言わず、そっと、セレンの手を自分の手の上に受けた。セレンはびくりとして目をあげた。ゼラルドは人との接触を嫌っていて、こんなふうに他人に触れることは珍しかったのだ。
 手を引こうとするセレンの手首を、ゼラルドの手が素早くとらえた。その力があまりにも弱いので、かえってセレンは手を引けなくなった。表には出さないが、ゼラルドは疲れ切っているのだった。
「セレン。少しの間だけ、がまんしてくれ」
「え?・・・痛っ」
 ゼラルドは左手でセレンをつかまえたまま、聖句を唱え、右手をそっとセレンの手の上に重ねた。セレンは激しい痛みに悲鳴をこらえた。
 しばらくしてゼラルドが右手を外したとき、セレンは目を見張った。ゼラルドの手の上にあったのは、白い無傷の彼の手で、忌まわしい傷は影もとどめていなかった。
「もういいよ、セレン」
 言われて手を引くと、ふらりとゼラルドの足元がぐらついた。
「ゼラルド、大丈夫か? その・・・ありがとう」
「剣を投げてもらった礼だ。今後は何かあっても治しなどしない」
 ゼラルドはセレンに心配などされたくはなかったし、礼を言われたくもなかった。セレンのほうも、ゼラルドの心配などしたくなかったし、礼を言いたくもなかった。二人はそれぞれ、うっかり相手を気遣ったことを悔いた。
「では、行こう」
 ゼラルドは、無愛想に言った。
「早く君をフルートに引き渡さないと、ぼくの体がもたない。なぜ、君などが彼の友人なのだろう」
「一緒に来いと言ったのは君だろう? 本当なら、ぼくもミイスに行くはずだったのに」
 そして二人はいつものように言い争いながら、ゆがんだ城のあった場所から離れ、平和な日常の中へと帰って行ったのだった。

(完) 

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ゆがんだ城(07)

 ゼラルドは、セレンの声に一瞬気をとられた。すかさず、ウェドリタが攻撃し、ゼラルドの剣を跳ね飛ばす。宙を飛んだ黄金の剣を、ウェドリタは引っつかんで狂喜の声をあげた。試みにその剣を使おうとして失敗する。なぜなら、古代レティカの宝剣は、その剣の認めた持ち主自身が望まない限り、持ち主を傷つけることはないからだ。
 その間に、ゼラルドは闇の中から光の剣を作り出した。女の剣と違って白く光る剣だが、それを女は黄金の剣で受け止めた。青い剣から手を離すと、それはゼラルドのほうへ飛んで来て、彼を傷つけることこそできないものの、彼の視界をさえぎり、動きを阻もうとする。
 不意に、青い剣はその光を強め、あらぬほうへと飛んだ。ゼラルドはその行く先を見定めるより前に聖句を唱え、セレンの周りの壁が銀色に変わった。青い剣はその壁で跳ね返り、同時に、ゼラルドの手からも光の剣が消えた。切り離された時空間での戦いは、ゼラルドに不利なのだ。
 今度は、新しい剣を作りだす時間は与えられなかった。青い剣は女の手に戻り、ゼラルドはそれを短剣で受け止めた。表情ひとつ変えなかったけれど、あっというまに、黒髪の若者は部屋の壁際に追い詰められてしまった。
 セレンは息をのんだ。どうしたらいいのだろう。自分にできることが何かないものか。ゼラルドが作ってくれた光の壁から出れば、瘴気に蝕まれて死に至るだろう、だが、このまま立ち尽くしていたところで同じことではないのか。セレンは、なすすべもなく、己の剣をつかんだまま迷った。
と、そのとき、セレンの頭の中に、涼やかな声が聞こえて来た。
≪セレン?≫
「・・・ゼラルド?」
 セレンの視界の中で、ゼラルドは向こう側の壁を背に、かろうじて身を守っていた。しかし、セレンに呼びかけて来た声は、いつものとおり落ち着いていた。
≪口に出さずとも、考えるだけでいい≫
≪何かぼくにできることは!≫
≪何もない≫
 ゼラルドの声は穏やかだった。
≪安心したまえ。ぼくが死んでも、君はきちんと元の場所に帰してあげよう。そう・・・フルートに約束してしまったからね≫
 ウェドリタの剣がゼラルドの短剣をはねとばし、女は勝ち誇ったように剣を振り上げる。
「ゼラルド!」
 セレンは衝動のまま、自分の剣を思い切り投げた――黄金の剣を。
 ゼラルドは飛んで来た剣を見つけ、その柄をつかんで、目の前の女をないだ。剣は、女を取り巻く銀色の光を突き抜けた。
「きゃああああああ・・・」
 女は甲高い悲鳴をあげて床に落ちた。青い剣は消え、ゼラルドは宙に舞う自分の剣を手に収めた。
 女の体は急速にしなびていった。しわだらけになり・・・縮んで・・・骨となり・・・あとには服と宝石をまとった骸骨が残った。ピシッと音を立てて、血の色の宝石が砕け、部屋に立ち込めていた瘴気が消えていく。
 ゼラルドは謎めいた瞳でその様子を眺めたあと、物問いたげにセレンのほうを見た。
「この剣は?」
「ぼくの剣だ」
 青ざめた顔で、セレンが答える。
「君の?」
 ゼラルドは二本の剣を並べて見せた。二本ともよく似ていたが、ゼラルドの剣の柄には透明な宝石が、セレンの剣の柄には緑色の宝石が嵌め込まれている。
「ゼラルド、さっきの話は一体? 13本の宝剣?」
「・・・知らないのか。だが、その話はあとでしよう。この城の住民を、時の流れに戻してやらなければ」
 丁寧に剣を持ってセレンに返すと、
「ありがとう」
 淡々と言って、先に立って歩き出す。入って来たのと反対側のドアを開けると、そちらには広い廊下が続いていた。
 二人は廊下を歩き、階段を下り、また廊下を歩き、階段を降り・・・やがて、来た時の大広間に通じる扉に行き着いた。中で人の魂がざわめいているのが、セレンにもわかった。
「中に入ったら口をきかないでくれ」
 無造作に言い捨てて、ゼラルドは扉を開けた。闇の中にうごめくものの気配がしていた。
 ゼラルドが穏やかな声で聖句を唱えると、辺りにうっすらと銀色の光が広がった。闇に生きる者たちは動転し、足音がせわしなくなった。銀色の光はどんどん強くなり、やがてセレンの目に、ひとがたが見え始めた。ひとつ、ふたつ、と白いひとがたは浮かび上がり、喜びと感謝を表して消えていった。ひとがたはどんどん増えていったが、けして気味の悪いものではなかった。解放された歓喜に満ちて、血肉を失った者たちが還っていくその光景を、セレンは銀色の光の中で見ていた。最後のひとつが消えると、ゼラルドが前に現れた。光の中に、涼やかな声が響いた。
「呪われた花々ももう清めた。行こう」
 見ると、前方に不思議な扉が見えた。赤い革のように見えたかと思うと、頑丈な鉄の扉のようにも、どっしりした木の扉のようにも見える、かたちの定まらない扉なのだった。
 その扉を、ゼラルドは恐れげもなく大きく開いた。そして二人は外に出て、見なれた太陽の沈む道に出た。
 セレンが振り返ると、もう扉は影も形もなかった。むろん、城も。
 馬たちは無事で待っていてくれた。夕陽の光、木の匂い、道の色。すべてが懐かしく思えた。
 

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ゆがんだ城(06)

 女は呆然となった。うわごとのように、
「ルインドゥーラ・・・そんなばかな。しかも・・・ルーズヴェルン? それではウェルザリーンの王子!」
 ぶつぶつと言いながら、ゆらゆらと首を振った。
「ウェルザリーンの王子がなぜここに・・・。なるほど、ウェルザリーンの王子なら、血とキルケと葡萄酒の区別くらい、見るだけでできるでしょうね」
 ゼラルドはそれにはとりあわず、広い場所へと移動しながら、
「動くのではないよ、セレン。その青い壁から出たら、どうなろうと知らない」
「・・・わかった」
 セレンは言った。彼は、自分が今、ただの足手まといであることを知っていた。
 気を取り直した女が、つ、と動いた。青い剣がその手にひらめいて、黒髪の若者の上に斬りかかってくる。ゼラルドは黄金の長剣を抜いてそれを受け止めた。女は驚きの声をあげた。
「黄金は太陽神の力を受けるはず。なぜこの剣は、月の女神の力を支援できるの」
 ぎらぎらと、青い剣の光が強まった。黄金の剣は、今にも溶けるか折れるかしてしまいそうに見える。しかし、ゼラルドは、故郷の海から贈られた剣の力を信じていた。太陽の力も月の力も受けることができる類まれな宝剣だ。
 部屋の中では、様々な変化が起こっていた。いろいろな物、たとえば本やナイフやグラスなどは、宙に飛び、半分に分かれて、一方はその主人の、一方はその美しい客の、それぞれ隙を狙って待ちかまえていた。部屋の空気は赤黒く淀んでおり、対決する二人の体は、瘴気から身を守るための淡い銀色の光に包まれていた。剣と剣のぶつかる音が辺りに響き渡る。
 一方、セレンのほうは、動くなと言われた部屋の隅で、息をつめ、しかし苛立ちながら、目の前の光景を見守っていた。彼は薄青い光の壁の中で、すっかり正気を取り戻していた。自分にできることが何もないのが悔しい。だが実際、携えている剣ひとつ取っても、先日の事件で失ってしまった剣の代わり、ただのお飾りの、抜けない剣なのだ――
 そのとき、女の声が高らかに響き渡った。
「わかったわ、これは古代レティカ王国の宝剣! あらゆる聖者と魔法使いが、魂とひきかえにしてでも欲しがっている、世界に散らばった13本のうちの一本なのね!」
 同時に、セレンは自分の剣を手に、驚きの声をあげていた。
「なぜ・・・この剣が抜けるなんて!」
 幼いころに手に入れたその剣は、抜けない剣だった。時が来れば抜ける気がして今回の旅に持参し、使っていたほうの剣が失われたため形ばかり身に着けていたその剣は、今、なにげなく手をかけただけで刃をあらわし、重みを得てセレンの手の中にあった。 

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ゆがんだ城(05)

「――あんたは何者? そして、なぜそうやって人間の肩を持つの?」
 女の目に、初めてちらりと疑惑の色がよぎった。ゼラルドは冷笑して、
「誰であろうと関係はあるまい。私が人を弁護する理由は、私もまた人であるからだ」
「ふん。要らないわよ、人なんて。おなかの足しになるだけよ」
 女の目が光り始めた。ぎらぎらと光るその目で、すうっと横のほうへ視線を移動させる。ゼラルドはその先に何があるか知っていた――セレンがいる。
 ゼラルドは、手に持っていたグラスを、女に向けてひょいと投げた。グラスは、女の視線をさえぎる位置で砕けた。女は舌打ちして指を動かし、聖句をつづってゼラルドのほうに向きなおった。グラスのかけらはいくつかゼラルドに向かって飛び、ゼラルドはそれを短剣で払い落とした。
 セレンは大きく息をついたが、特に彼の身に異常はなかった。グラスを砕いた女の視線は、どうやら彼に害を与えることに失敗したようだ。女はそれに気付くと、残念そうにゼラルドに呼びかけた。
「あんたが連れを壊されたときの顔を見てみたかったけど」
 床にあるグラスの破片が、また一つ飛んできて、ゼラルドはそれをまた短剣で打ち落とした。
「難しそうね。仕方ないわ、あんたが先よ」
 女の手には、いつのまにか青白い剣が握られていた。
「もう一度言っておくけど、あんたの力はこの城のこの部屋では効かないわ。ここでは、どんなに強くても、太陽神の力は消えるの」
 女は凄まじい笑いを浮かべた。セレンがびくっとした。その目に生気が戻って来つつある。さきほどの女の視線は、結果的には彼に荒療治を施したようだった。
 女は立ち上がり、二人の客も立ち上がる。
「あんた達がどんなに抵抗したって、所詮あたしの敵じゃない。おとなしく殺されなさい!」
「断る」
 ゼラルドは静かに言った。黒い瞳はまっすぐに女を見据えているが、妖しく輝いていた。
「セレン。そこを動かないでくれるかな。君など守りたくはないが、フルートに恨まれたくはないからね」
 セレンが何か答えるより早く、女の高笑いが響いた。
「まだわからないの! あんたは無力なのよ。無力って言葉の意味、わかる?」
 ゼラルドは、見る者をぞっとさせるほど冷たく美しい、彼独特の微笑を浮かべた。
「おあいにくさま」
 彼の指は優雅に宙をすべり、セレンの周りに、ぼんやりと青く光る壁ができる。女の顔から侮りの色が消えた。
「ぼくの名はゼラルド・ルインドゥーラ・ルーズヴェルン。つまり、太陽神の力と同じように、月の女神の力も使える、ということだ」 

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ゆがんだ城(04)

「さてと」
 ウェドリタと名乗る女は、話し始めた。
「この城はね。元々は、月の女神が地上に持つ城のひとつだったのよ。ところが・・・<不幸な娘>の伝説は知っているかしら? 月の女神の長女でありながら、どこへ行っても禍々しい不幸をもたらしたあの娘が、ある日、この城へもやって来た。折悪しく、城のあるじは不在。それでもあるじの娘だから、と招き入れられた<不幸な娘>は、知らぬうちに<不幸>を撒き散らした。あるじが帰って来たときには、もう城も庭園も、救いようのない禍々しさに汚染されたあとだった」
 女はグラスの液体を少し飲んだ。セレンはぼんやりと女を見、ゼラルドを見、我知らずゼラルドに見とれた。つややかな黒髪、冷たい黒い瞳、そして不思議な妖しい雰囲気――その横顔は、なんとよくこの場に似合って見えることだろう。
 ゼラルドは黙って話の続きを待った。女はしばらく品定めをするように二人の若者を眺めていたが、やがてまた話し始めた。
「<不幸>の汚染は、放っておけば、この城から地上全体へと広がっていく類のものだった。だから、女神はこの城を時空間から切り離したの。そうして、この城は見捨てられた。城の住人はみんな逃げたはずだった・・・けど、一人だけ、逃げ遅れた者がいたのよ。それが、このあたし、ウェドリタ・ルイーラというわけ」
 女の目に異様な光が宿り、しかしそれはすぐに消えた。
「この城は、月の女神の統べる時空間から切り離されているから、あたしは人間だけど年を取らないの。いいでしょう? でもね、ゆっくりゆっくり、おなかはすくのよ。そして、ちょうどあたしがおなかをすかせる頃にね・・・迷いこんで来る人間がいるの」
 女は低く、くつくつと笑った。ゼラルドに向かって、
「あんたはどう思う? 人が人を食べるのは罪だと思う? この間食べた人が、そんなことを言っていたわ。だけど、生きるためだもの、仕方ないじゃない? それにあたしは月の女神の侍女だったの。そして今は不老不死なの。ただの人間よりも、少しばかり高等な人間なの。自分より下等な生き物を食べるのは、自然のことわりよね。ただの人間なんて、あっというまに死んでしまって何もできやしない、ちっぽけな、ちっぽけな生き物。今のあたしには、それがわかるの」
「人には人の尊厳がある」
と、ゼラルドは言った。落ち着いた静かな声だった。
「人は確かに小さいかもしれない、けれど、生きられるわずかな時間の中で、力を尽くして生きているのだ。たったひとつの生の中で、人を愛し、憎み、神をあがめ、呪いながら。その命の尊厳を忘れ果てているならば、このゆがんだ城の中で、おまえもまた、ゆがんでしまったのだ」
「ゆがんでいる。そうね、だって、女神様がこの場所の時間と空間を捻じ曲げてしまったんだもの。でも、人なんてね、醜いものよ。あたしのような、より高等な存在の糧となることは、きっと人間にとって、いちばん幸せで意味のある命の使い方なのだと思うわ」
「私は、そうは思わない」
 ゼラルドの言葉は静かだった。
「人はまだ、人を愛することも、信ずることもできる。彼らは愚かで短命かもしれないが、成すべきことを子に託し、子はまたその子に夢を伝え、そうやって、時々驚くべきことを成し遂げてきたではないか」

 

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ゆがんだ城(03)

 その部屋は、どろりとした胸苦しい空気に満ちていた。
 そして、その女はそこに立っていた。
「なんてうれしいこと! あたしに二人も客が来た」
 若くきれいな女の外見だったが、その身には何百年を経た古い空気がまとわりついていた。古風に結いあげられた黒い髪には宝石が飾られているが、濁った色の石ばかり。唯一、額に輝く血の色の宝石だけが、不釣り合いに輝いている。
「なんてきれいなお客人だろう! 庭を通り抜けられたようで良かったわ、花にやってしまうのは惜しいもの。若くて美しい客人ほど、あたしの命を永らえてくれるものはないの」
 紅い唇から、なまめかしい声がすべり出る。女は、にいっと笑った。
「そうそう、さっき下から太陽神の力が伝わって来たけど。この城には太陽神の力は届かないのよ。特にこの部屋にはなんにもね。あきらめてちょうだい」
 ゼラルドは軽く肩をすくめた。口を開いて、
「おまえは何者か」
と問うと、女はおかしそうに笑った。
「自己紹介しろって? ふふん、どうせ知りたいのはあたしの称号よね? まあいいわ、あたしはウェドリタ。称号込みだとウェドリタ・ルイーラ。あいにくだったわね。でも、どっちにしたって、あんたは太陽神の使徒だから、この部屋で戦えやしなかったのよ」
 ルイーラという称号は、月の力を使う者の中で、ひときわ高い能力を持つ者に与えられるものだ。ゼラルドは、称号の件はひとまずおいて、話を進めることにした。
「ならば、ウェドリタ・ルイーラ。おまえはぼく達をどうするつもりなのだ」
「そうねえ」
 女は無造作に長椅子に腰かけ、客たちにも椅子をすすめた。
「でも、しばらく話をしてもいいわ。殺すのはそのあと・・・あら、しゃべっちゃった」
 女はまた、にいっと笑った。ゼラルドは聞こえないふりをして椅子にかけながら、
「では、聞かせてほしい。ここは、いったい、どこなのだ」
「ここ? ここは、言うなれば、どこでもない、どこかよ。そうね、話してあげる」
 女がパチンと指を鳴らすと、グラスが三つ、紅い液体をたたえて飛んで来た。
「お飲みなさいよ」
 女はそう言い、ゼラルドがグラスに口をつけるのを見ていた。
「血の味がする」
 ゼラルドがつぶやくように言うのを聞いて、満足そうに、
「そうよ、人間の血を薄めたの」
と、自分のグラスに口をつける。ゼラルドは冷ややかに笑って、
「おまえのグラスはそうかもしれないが、ぼくのグラスはキルケの果汁だ。そして」
 セレンの前から、ひょいとグラスを持ち上げる。
「これは毒入りの葡萄酒。そのくらいは、見ればわかる」
「・・・ふうん。そこそこ鍛錬は積んでいるというわけ?」
 女は意外そうだった。グラスはみな全く同じ色をしていた。女は、連れを殺しても黒髪の若者の冷静さが崩れないものなのか、試してみるつもりだったのだ。
 当のセレンは、さっきから、何もかも現実のこととは思われなかったので、特に何を感じるでもなく、ぼんやりと、ゼラルドとウェドリタを見比べた。
「ほら、今度は普通の葡萄酒。あなたもお飲みなさい」
 新しく来たグラスは、ゼラルドに取り上げられなかったので、セレンも口をつけた。 

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ゆがんだ城(02)

 大きな扉は、すでに客を迎え入れるために開かれていた。しかし、城の中は暗く、扉が閉まると重たい闇となった。
 間をおかず、ゼラルドが術を使って、空中に光球を浮かべた。投げかけられる柔らかな光の中に、幅の広い短い下り階段と、その先の大広間が浮かび上がる。大広間は空っぽのようだが、何か音がしている・・・足音だ。広間をひたひたと歩き回る、無数の足音。
 セレンはぞっとして、思わず、ゼラルドにつかまろうと手を伸ばしてしまった――もちろん、触れる前に踏みとどまって手をひっこめたけれども。目を凝らすと、大広間にはたくさんの気配が満ちているが、気配のぬしの姿は一向に見えない。ひたひた、ひたひた・・・。
 ゼラルドは、先に立って階段を下り、広間の端のほうを歩きだす。急いでセレンが後を追う。ゼラルドが手でふわりと円を描くようにすると、空中の光球は下りて来てゼラルドの手の上に乗り、二人の周りに白い光の輪を投げかけた。周りでは、眠りを妨げられた者たちの足音が続いていたが、その足音は明るい輪の中には入って来られないのだった。
 やがて、壁際に小さなドアが見つかった。ゼラルドが慎重に押すと簡単に開いて、外には狭い上り階段が続いており、壁にともっているろうそくが、足元を暗く照らしている。
 二人はドアの外に滑り出ると、用心しながら階段を上った。ゆらゆらと壁際の灯が揺れる。淀んだ重たい空気の中で、白い光球だけが、清く明るく輝いている。
 階段を上りきると、真っ暗な廊下があった。廊下を渡りきると、また階段があった。階段、廊下、階段、廊下、階段・・・。二人は無言でその繰り返しを歩いたが、奇妙な造りだったし、何かが狂っていた。廊下も階段も傾いていて、歩いても歩いても大して進んでいない気がしたし、ずいぶん長いこと歩いているのに、部屋のひとつにも行きあたらない。それでも確かに前進していることの証に、あたりの空気はねっとり不吉に淀んで来ている。
 何度目かの廊下の途中で、ゼラルドはちらりとセレンを振り返り、セレンの視線が、ぼんやりと定まらなくなっているのを見てとった。ここに満ち満ちている悪意と狂気がいけないのだ、とゼラルドは考える。心弱い者なら、とうに叫びだしているだろう。そうでない者の思考は麻痺させられる。それでも今は、進むしかない。
 ゼラルドの手の上の光球は、彼が一歩進むごとに、ぴりぴりと光を乱すようになっていた。城の狂気はどんどん強まっており、怨霊たちの声なき声が、唸り、渦巻いているのを感じる。その暗澹たる沈黙の中――
 ――突然、階段の途中で、パリンと音を立てて光球が割れた。かけらは飛び散って、不思議なゆらめきを残して消えた。ゼラルドは少しの間立ち止まって自分の手を見つめたが、表情を変えることなく、すぐにまた階段を上り始めた。そして、その階段の終わりに。
 ろうそくに囲まれた細い長い廊下がまっすぐに続き、つきあたりに、ひとつの扉が見えた。漂う凄まじい妖気・・・しかし、あの扉を開けて、何であれ中にあるものと対峙しなければならない。
 旅人たちの目の前で、扉は自然に開いた。音もなく、内側に。旅人たちは、中に入った。 

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ゆがんだ城(01)

「またおかしなことになりそうだね・・・君といると、ろくなことはないな」
 黒髪の若者は低く言った。その涼やかな瞳は相変わらず何の感情も見せてはいない。
 彼より背の高い連れのほうは、長い金髪を耳の上にかきあげながら、むっとして言い返した。
「ぼくのせいじゃないさ。君が術者だから、こういう妙なことに巻き込まれるのだろう」
 というのも、この若い二人連れの周りには先ほどから濃い霧が立ち込めて、二人は馬をひいて立ち往生していたのだが、ようやくぼんやり周囲の様子が見えてくると、目の前にはなぜか、不吉に荒れ果てた姿の古城が出現していたのだ。
 錆びた門がギーッと軋んで開いてゆくのを見て、黒髪の若者は淡々と指摘する。
「どうやら、ぼくたちは招かれているようだ。無視してここで待っていても、霧の晴れる見込みはないだろう」
「どうして分かるんだよ」
 不満そうに言ったセレンは、しかし、実際のところゼラルドに頼るしかないと悟っていたから、軽くため息をついて、従った。
「仕方ない、行けばいいんだろう。今頃、フルート達はミイスでのんびりしているのかな」
 二人は近くに馬をつなぎ、門をくぐって、城へと続く曲がりくねった小道を歩いた。できるだけ穏便に何事もなく元の場所に戻れると良いのだが、と、ゼラルドは心の中で思う。怪異の類は確かにゼラルドの領分なのだが、セレンという足手まといがいる今は、若干、気が重い。なるほど、長身の華奢な若者は、ゼラルドが百歩譲れば、頭の回転が速いほうかもしれないし、剣の腕も立つほうかもしれない。けれどもセレンは、こうした奇妙な空間のゆがみ、狂気と怨念の世界には、まったく免疫がないのだ。
 城へと続く小道には、たくさんの薔薇の花が咲いている。見たところ葉も蔓もなく、ポツポツと空中に花開いているようだ。ビロードのようなつやのある銀色をしていて、時折、花びらの先が紅く染まってくるかと思うと、ぽたんと紅い滴が落ちる。あちらこちらで血の色の滴をしたたらせている銀色の花々は、不気味ではあったが、美しかった。
 セレンは、足を止めて薔薇を眺めた。したたる赤い滴はどこから滲み出るのかと、花を間近で見つめていると、見ている花がゆるゆると大きく広がるような錯覚に襲われる。むせかえるような薔薇の匂い・・・
 不意に、セレンの目の前が真紅に散った。手荒く突き飛ばされて、セレンははっとした。
巨大な妖花は、幻ではなかった。足元で、異様に大きな薔薇の花が、落ちて血しぶきをあげていた。そのまま、花はぐすぐずと溶けて地面に浸み込んでいき、あとには清らかな光を放つ短剣が一本残った。静かに歩みよってそれを拾い上げたゼラルドの冷たい黒い瞳と、動揺したセレンの緑の瞳が合った。
「セレン、少しは気をつけてくれないか。今度同じことをしたら、助けなどしない」
 そう言って、手をかざして短剣を清め、何事もなかったようにゼラルドは歩きだす。
 セレンは、長い髪を後ろに束ね、今度は気をつけて、止まらず歩いて行った。

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作者より:「金の砂の塔」

オチのない話ですみません。

オチのない話と「序・破・急」にあこがれて書いた話ですが、
どのくらいうまく行ったかしら・・・coldsweats01

全部がこんな話ばかりではないので、
この話から読み始めた方は、
もう1篇くらい読んでみてくださいね。

→ 目次に戻る

金の砂の塔(03)

胸を押さえて、あたりを見回すフィリシアを、王子が鋭い声で呼んだ。
「フィリー、早くこちらへ!」
呼ばれるのと、異変に気づいたのは同時だった。いま閉じた本の上に、小さな金色の砂の山が積もっている・・・。
フィリシアは頭上を見上げ、それからあわててフルートのもとに駆け戻り、さっき上ってきたばかりの階段を、今度は二人で駆けおり始めた。
塔が崩れている!
「フルート、先に逃げて」
「何を言っている、ほら」
フルートは手を伸ばして、遅れがちなフィリシアの手を取った。そのまま手を引いて駆け下りる。
「ごめんなさい、私が、本を、閉じたから!」
「そう読めたのだろう」
「ええ」
「それならいい」
駆け下りる二人のうしろで、塔はどんどん崩れ落ち、壁も階段も、上のほうから塔の内部へと流れ落ちて行く。
あと少し、下まで降り切らないうちに、崩落は二人の背後まで迫った。崩れた壁から、外の景色が見える。
フルートは目で距離を測ると、立ち止まり、
「失礼」
王女を抱えあげて、そのまま、跳んだ。
降り立ったところも、すでに砂の上だった。二人が振り返ると、塔は今まさに、巨大な砂の山となり果てたところだった。
その山がサラサラと崩れ、足元に砂が押し寄せ、あわてて飛びのく。
けれども、崩れた砂はきらきらと輝きながら消えていった。淡雪のように。
流れて消えた砂の下からは、道が現れた。さきほどまではなかった道が、荒れ野を緑野に変えつつ、すうっと延びてゆく。遠くには、向こうから来る人の姿さえ浮かび上がった。
フィリシアはフルートを見た。フルートはうなずいた。
「行こう」
そして二人は、道すがら、行きあう人々に金色の塔のことを聞いてみたのだが、誰も、そんな塔があったことすら知らなかったのだった。

(完)

 

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金の砂の塔(02)

入り口をくぐると、塔の中は広く、内壁に沿って長い螺旋階段が上に伸びていた。中央は吹き抜けの空間になっている。
さわるとザラザラする金色の壁には、上部に明かり取りの窓がいくつも開けてあって、差し込む陽光が塔の中を隅々まで照らし出していた。
「疲れたら言ってくれ」
「ありがとう、がんばってみる」
二人は、大きな渦を描く螺旋階段を上った。塔の中はしんと静まって、神聖な感じがした。
金色に煙る光の中を、無言で上り続け、何事もなく、ようやくてっぺんまで辿り着くと、そこには祭壇らしき場所があった。
吹き抜けの中心に向かって一人分くらいの足場が張り出していて、その先端に、円形の台がひとつある。
先に見に行ったフルートは、台の上をしげしげと眺めて、戻ってきた。
「本がある。何も書いていない」
フィリシアは、あがった息を整えてから、自分も見に行った。できるだけ、足元の高さのことは考えないようにして。
なるほど、台の上には、台から彫り出したかのような厚い金色の本が、開いて置いてあり、そこには何も書いていなかった―――が。
フィリシアの見ている前で、金色の文字が不意に浮かび上がった。
『私を閉じて。私を閉じて。私を閉じて・・・』
ためらいながら、フィリシアは手を伸ばし、バタンと本を閉じた。
本の表紙はなめらかに平らで、何も書かれてはいなかったが、そこにも新しい文字が浮き出した。
『ありがとう。逃げて』

 

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金の砂の塔(01)

緑の丘の連なる中を、多くの人の踏み固めた一本道が、ゆるやかに淡々と続いていた。
青い髪の王女は、横座りで馬上に揺られながら、のんびりと風景を眺めていた。
遠くから見えていた金色の塔が、もうじきだ。いちだん高い丘の上にある。何のための塔なのか、人に聞いてみたかったが、今はちょうど往来が途絶えてしまっている・・・。
馬を少し先に進めて、その塔のあたりまで見に行っていた王子が、戻ってきて言った。
「すまない、フィリシア。戻ろう。行き止まりだ」
「えっ」
王女が驚いて聞き返したので、金髪の王子は、馬を並べながら繰り返した。
「この先の塔で、道は行き止まりだ」
「そうなの?」
「行ってみようか?」
遠くからでもキラキラと光って見えた、金色の塔。その塔の前まで、二人で行ってみた。
たしかに、道はぶつりと途切れており、丘の向こうは、急に、茫洋とした荒れ野になっているのだった。
「どこで道を間違えたのだろう」
「でも、ずっと一本道だったのよ」
話しながら、二人の視線は、自然と塔に向かった。
その入り口は、ぽっかりと四角く空いていて、誰でも入れるようになっている。
しばしの沈黙が落ちたあと、フルートは馬を下りて振り返り、
「君も行く?」
と尋ねてくれた。
「行くわ!」
と言って、フィリシアは馬を下りた。

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目次

各タイトルの登場人物等を添え書きした「目次・改」もあります。お好みで使い分けてください。

初めてお越しの方には → 試し読み用の目次 のほうを強くおすすめします。

※ 下の目次は作品発表順になっておりますが、お話の時系列順とは一致しません。
※ 比較的読みやすいのは、cloverマークの付いた青字のタイトルです。
※ タイトルにカッコが付いているのは番外編です。 

金の砂の塔 01 02 03 *

ゆがんだ城 01 02 03 04 05 06 07 08 *

(妖精の首飾り) 01 02 03 04 05 *

(夏の訪れ) 01 02 03 04 05 06 *

(海辺にて) 01 02 03 04 05 *

赤い小鳥の姫君 01 02 03 04 05 06 07 08 *

竜王の館(前編) * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 *

竜王の館(後編) 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 *

(仲たがい) * 01 02 03 *

(月の娘) 01 02 03 *

化身の魔女 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 *

三つの果実 * 01 02 *

clover(光り姫) * 01 02 03 04 05 *

(凶宴) * 01 02 03 04 *

花園の夢 * 01 02 03 04 05 06 *

clover始まりの物語 * 01 02 * ← 全体のプロローグにあたるお話。

華飾の町 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

邂逅 * 01 02 *

(仲直り) * 01 02 03 *

命令の指輪 * 01 02 03 04 05 06 07 08 *

勇者パックス * 01 02 *

暖炉 * 01 02 03 04 05 *

(雪) * 01 02 *

訪問者 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 *

clover 空色のドレス * 01 02 03 04 05 *

clover (跳ぶ) * 01 02 03 04 05 06 *

(幼きもの) * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

clover 救出の報酬 * 01 02 03 04 05 *

clover (従者試験) * 01 02 03 04 05 06 07 08 *

クルミの行方 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

断章:数える… * 01 *

clover 夜を越えて * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

clover 髪を編む * 01 02 *

花嫁候補 * 01 02 03 04 05 06 *

夢の牢 * 01 02 03 04 05 *

(満月の夜に咲く花) * 01 02 03 *

暗殺者 * 01 02 *

甘い、すっぱい * 01 02 *

clover (あの子どこの子) * 01 02 03 04 *

石の大蛇 * 01 02 03 04 *

clover 火の鳥 * 01 02 03 04 05 06 07 08 *

clover (逃避行) * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 *

clover 髪を編む(ルーク編) * 01 *

小人のお茶会 * 01 02 03 04 05 06 *

clover 風に揺れる花の中で * 01 02 03 *

金と銀の翼 * 01 02 03 *

雨やどり * 01 *

clover 夏の日の青い空 * 01 02 03 04 05 *

clover お姫様と猫 * 01 02 03 *

clover 見えない守り手 * 01 02 03 *

clover 風の贈りもの * 01 02 *

霧の中 * 01 *

clover (夢みたもの) * 01 02 *

clover 朝の鈴 * 01 02 03 04 *

笑わない娘 * 01 02 03 04 05 06 *

黄昏色の旋律 * 01 *

野に休む * 01 02 *

一角獣の角 * 01 02 03 04 *

大道芸人の賭け * 01 02 03 04 05 *

辻占い * 01 02 03 *

夢のような * 01 02 03 04 05 06 *

人さらいと馬 * 01 02 03 04 *

あかずの扉 * 01 02 *

さまよう人形 * 01 02 03 04 *

(海を映す庭) * 01 02 *

にじむ闇 * 01 02 *

誕生日の姫君 * 01 02 03 04 05 06 *

clover (封じられた剣) * 01 02 03 04 *

滝遊び * 01 02 *

聖なる森 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 *

clover泥より出でしもの * 01 02 *

おかしな縁結び * 01 02 03 *

憩いの時間 * 01 02 *

clover聖者の護符 * 01 02 03 04 *

雨の日の窓辺で * 01 02 *

幻術の塔 * 01 02 03 04 05 *

星降る夜に * 01 02 03 *

人魚の歌 * 01 02 03 04 05 *

竜に乗って * 01 02 03 *

三本角の怪物 * 01 02 *

目は口ほどに * 01 *

冬の森、ひとやすみ * 01 02 *

忘れられた町 * 01 02 *

冥婚騒動 * 01 02 03 *

旅へ * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 *

なりゆきの英雄 * 01 02 03 04 *

お祝いのお菓子 * 01 02 03 04 05 *

軽薄な石像 * 01 02

うちの子同盟

登場人物

下記の人物が一緒に旅をしていますが、途中で分かれたり合流したりするので、ひとつの話に全員出るとは限りません。
ここでは最小限の紹介のみを書きます。読者の方ひとりひとりが、読み進めながら自由な想像で補ってくだされば幸いです。

フルート(ルーク)
内陸の大国リーデベルクの王子。おしのび時はルーク。
金髪、青い目。カンが鋭く、潔い性格だが、時々不器用。

フィリシア(フィア)
内陸の大国クルシュタインの王女。おしのび時はフィア。
波打つ青い髪、青い目。しとやかだったり、おてんばだったり。

セレン
リーデベルクの大貴族の息子。フルートの親友。
長い金髪、緑の目。人当たりがよく優しいが、神経質なときも。

ゼラルド
東の大国ローレイン(ウェルザリーン)の王子。
黒髪、黒い目。静かで冷淡。魔法に似た不思議な力を使う。

(ミルガレーテ)
妖精を統べる姫。金髪、金の目。若干の魔法を使う。
ときどき現れるが、姿を現すことができるのは、新月を過ぎてから満月までの間。

年の順、背の順は、ともに、、
セレン > フルート > ゼラルド > フィリシア です。
ミルガレーテは半不老不死、背丈はフィリシアくらい。
各数値はどこにも書きませんので、お好みでwink

ちょこっとイメージ画像が欲しい方は、ちゃんりおメーカーで作ったデフォルメ絵ならありますが、参考になるでしょうか?→こちらです。

 

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このサイトでは、ファンタジーとメルヘンの、あいのこのような物語を綴っています。
具体的には、解呪のために旅する一行(お姫さま、王子さま、その友人たち)の、現在と過去のエピソードを交ぜ織っています。

初めていらした方や、試し読みがしたい方は、こちらへどうぞ→ 試し読み用 目次
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自分を楽しませるために書き始めた物語ですが、
願わくば、別のどなたかを楽しませる物語でもありますように bookshine

通常版の目次は2種類ありますので、お好みに応じて選択してください。
 目次(1回刻みのリンク) または 目次・改(各タイトルの予告にリンク)

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