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ひとこと通信欄

  • (2017/4/29朝) そして、3月に続いて4月もまた、溶けるようにして消え去って行くのであった…。

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2010年12月

作者より:(妖精の首飾り)

クルシュタイン国の王妃マデリーン(=フィリシアのお母さん)は、
お隣リーデベルク国の王妃アイリーン(=フルートのお母さん)と従姉妹です。

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(妖精の首飾り)(05)

 驚くフィリシアの首の周りで、首飾りはぱあっと光を放ち、そしてフィリシアの体の中に吸い込まれていった。
 フィリシアは目をぱちぱちさせたが、気がつくと、咳は止まっていた。
 はっとして小机の上を振り返ると、妖精たちはまだそこにいて、揃ってこちらを見つめていた。
「よかった」「よかった」「よかった」
「でも、おくりものが・・・わたしのせいで・・・」
「また作るわ」「満月はまた来るわ」「光り姫さまも喜ぶわ」
「ごめんなさい・・・」
「あなたは悪くないわ」「大丈夫」「気分はどう?」
 言われて気がついた。単に咳が止まっただけではなかった。いつも感じていた、体の力を何かに吸い取られていく嫌な感じが、すっかり無くなっていた。
「ありがとう、とてもいいわ」
「よかった」「よかった」「よかった」
 最初の妖精が言った。
「私たち、今夜は帰ります。でも、また機会があったら、お水をくださいね」

 この日を境に、フィリシアはみるみる健康になり、ばら色のほおの、ふつうの女の子になった。王と王妃の喜びは、いかばかりだったことか。
 そして、フィリシアの寝室の水差しにはいつも水が満たされることになり、時折なぜか、夜のうちに空になっているのだった。
 のちにフィリシアが、光り姫そのひとの友となるのは、それはまた、別のお話。

 

(完)

 

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(妖精の首飾り)(04)

 やがて、キラキラと輝く光の首飾りが完成した。妖精たちは、できた、できたと大はしゃぎで、首飾りをみんなで持ってくるくると回った。
 フィリシアはうっとりと見とれた。それから、がまんできなくなって言った。
「あのね、わたしも、さわっていい?」
「だめ!」「だめ!」「だめ!」
 あっさりと断られて、しょんぼりしたフィリシアに、一人の妖精が言った。
「あなたはとても良い子。でも、呪われている人に贈り物をさわらせてはいけないの」
「のろわれてる? わたしのこと?」
 フィリシアはびっくりして、その拍子に、また咳き込んだ。首飾りに咳がかからないように、ちゃんと横を向いた。けほ、けほ、けほ。咳が止まらない。でも、水はもうない。
 だれかよびにいかなくちゃ。でも、そうしたら、ようせいさんたちは。
 妖精たちは、おろおろしていた。
「どうしよう」「どうしよう」「どうしよう」
 咳が止まらずに涙ぐんでいるフィリシアには、妖精たちの声しか聞こえない。
 誰かが言っていた。
「ねえ、聞いて。私たち、水をくれたこの子に、お礼をしたいと思ってたわよね?」
「思ってたわ」「思ってたわ」「思ってたわ」
「私たち、この子の呪いを解くことはできないけれど、軽くすることはできる」
「できるかしら」「できないわ」「できないわよ」
「光の姫様だって、きっと、この子を助けたほうが喜ぶわ。だから・・・」
 しーん、と場が静まりかえったのがわかった。何が起きているのか、フィリシアにはわからない。けほ、けほ、けほ。くるしい。だれか、たすけて。
 そのとき。何かとても眩しいものが、フィリシアの視界に入った。眩しいものは、上から下へと移動して、フィリシアの首にかかった――それは、光の首飾り!

 

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(妖精の首飾り)(03)

「ありがとう」
 妖精はあでやかに笑って、窓のほうを向いて言った。
「みんな、お水がもらえるわ!」
 フィリシアが驚いたことに、すると、わーっと小さな歓声が上がって、十数人ばかりもの妖精たちが、手に手にボウルを持って窓から入って来た。
「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」
 唖然として見守るフィリシアの目の前で、水差しの前には妖精の行列ができ、どんどん水は注がれて、ちょうど最後の妖精で、水差しは空になってしまった。
 それでもフィリシアが抗議できなかったのは、妖精たちが皆、とても嬉しそうに見えたからだった。妖精たちは飛んで行って、窓際の小机の上にボウルを並べ始めた。フィリシアは歩いて行って、椅子によじ登り、その様子を眺めた。
 妖精たちはやがて、面白い作業を始めた。水を張ったボウルに月の光が映るのを、さっと掬いあげて糸に通し始めたのだ。楽しそうに歌いながら。「月の首飾り。星の首飾り。光り姫に、光の首飾り差し上げましょう」
「ひかりひめって、ようせいさんのおひめさま?」
と、フィリシアは尋ねた。手を休めないまま、妖精たちは口々に答えた。
「すこし違って、もとは人間の姫君でいらしたの」
「お淋しそうなの、だから少しでもお気が晴れるように」
「私たち、贈り物を差し上げることにしたの」
 その間にも、首飾りはどんどん出来上がっていく。
「できた!」

 

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(妖精の首飾り)(02)

 ある春の夜、静養の城にて。
 小さなフィリシアがけほけほと咳き込んで目を覚ますと、いつもなら飛んでくるばあやが、飛んで来なかった。それでフィリシアは、自分で水を飲もうと、ベッドから下りた。
 月の明るい夜だった。窓のほうを見ると、月明かりに照らされた小机の上で、何か小さなものが動いたような気がして、フィリシアは思わず目をこすった。それは、小さな人の形をしていて、背中に透き通った羽を生やしており、ふわふわと漂っていた――
(――ようせいさん!)
 フィリシアは興奮したが、咳も止まらない。けほけほと言いながら、仕方なく、まずはベッド脇の水差しを取った。なんとか上手にコップに注いで、水を飲む。
 コップを置いて振り返ると、妖精は、窓際からこちらへ向かって飛んで来るところだった。フィリシアはどきどきした。
 妖精は水差しの前まで飛んで来て、ちらとフィリシアを見た。
「あら? 私が見えてるのかしら?」
 フィリシアは大きくうなずいた。妖精もうなずいた。
「そう。眠りの粉が足りなかったのかしら。じゃあ、あなたの許しをもらいたいのだけれど、お水を少し、いただけるかしら?」
「すこし?」
「このくらい」
 妖精がそう言うと、水差しは勝手に動いて傾いた。そして、妖精が差し出したボウルの中に水を注いだ。フィリシアの片手の手のひら一杯ぶんくらい。
 フィリシアはうなずいた。
「そのくらいなら、どうぞ」

 

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(妖精の首飾り)(01)

 クルシュタイン国の王女フィリシアは、幼いころ、体が弱く、病気がちだった。
 それは、王妃であるマデリーンがかつて受けた呪いのせいだったが、王と王妃は、幼い娘に秘密を話す気はなかった。小さな王女の小さな胸を、呪いなどという恐怖で曇らせる必要がどこにあるだろう?
 代わりに王は、静養のための城を用意した。空気の良い田園地方にあるこの城を、気休めかもしれないが護符で囲って、王女が安心してゆっくり過ごせる環境を作った。
 王はめったに都を離れなかったが、王妃と王女は、しばしばこの静養の城に出向いて、長期間滞在した。
「このお城は、わたくしの故郷のお城に、少し似ているのよ」
と、静養の城で、王妃はフィリシアに言うのだった。
「周りが緑で囲まれていて。いとこのアイリーンと、よく遊んだわ。でもね」
と、ここで声をひそめ、とっておきの秘密を語る声で、
「妖精さんが見えるのは、あなたの母さまだけだったのよ? すごいでしょう!」
「ようせいさん? いたずらする?」
 フィリシアも、つられたように声をひそめて尋ねる。寝込みがちなフィリシアは、物語を聞くのが大好きで、その中に、いたずら好きな妖精の話があったのだ。
「良いいたずらも、悪いいたずらもするのよ。でも、仲良くしていれば大丈夫。母さまは大人になって、妖精さんが見えなくなってしまったけれど、もしフィリシアが妖精さんに会ったら、親切にしてあげてね」
「ひとには、やさしくするんだもん」
「そうよ。いつまでも、やさしい子でいてね、フィリシア」

 

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作者より:「ゆがんだ城」

13本の宝剣、とか言っていますが。

この作品群の中には4本しかありません。

(フルート、フィリシア、セレン、ゼラルドの各1本ずつ)

あとの9本は別の時代に見つかった、ということで。

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ゆがんだ城(08)

 ゼラルドは、短剣に手をかざし、何か唱えて清めていた。そして、それが済むと、セレンにまっすぐ向かい合って立った。
「セレン、手を見せて」
 彼は冷ややかに言った。セレンは片手を前に出した。白く細い、女のような手。ゼラルドはそれには目もくれず、静かに付け足した。
「さきほどぼくに剣を投げた手を。君の利き手は右だろう」
「でもどうして」
「いいから早く。どんな怪我だって驚きはしないから」
 セレンは目を伏せて右手を出した。瘴気に触れてしまったその手は、火で焼かれたように激しく爛れていた。
「・・・」
 ゼラルドは何も言わず、そっと、セレンの手を自分の手の上に受けた。セレンはびくりとして目をあげた。ゼラルドは人に触れられるのを嫌っていて、こんなふうに人に触れることはほとんどなかったのだ。
 手を引こうとするセレンの手首を、ゼラルドの手が素早くとらえた。その力があまりにも弱かったため、かえってセレンは手を引けなくなった。表には出さないものの、ゼラルドは疲れ切っているのだった。
「セレン。少し、がまんして」
「え?・・・痛っ」
 ゼラルドは左手でセレンをつかまえたまま、聖句を唱え、右手をそっとセレンの手の上に重ねた。セレンは鋭い痛みに悲鳴をこらえて身を固くした。
 しかし、しばしののちにゼラルドが右手を外したとき、セレンは目を見張った。ゼラルドの手の上にあったのは、白い無傷の彼の手だった。忌まわしい傷は影もとどめず、ゼラルドは彼の手を完全に治してしまったのだった。
「もういいよ、セレン」
 言われて手を引くと、ふらりとゼラルドの足元がぐらついて、が、すぐに体勢を立て直す。
「大丈夫? その・・・ありがとう」
「さっきの礼と思ってほしい。今度何かあっても治しなどしないよ」
 ゼラルドはセレンに心配などされたくはなかったし、セレンも心配などしてやりたくなかった。二人はそれぞれ、セレンは大丈夫かと気遣ったことを、ゼラルドは自分が疲れを見せてしまったことを悔いた。
「行こう、セレン」
 ゼラルドは冷ややかに言った。
「早く君をフルートに引き渡さないと、ぼくの体がもたない。まったくどうして君などがフルートの友達なのだろう」
 セレンは応じて、
「一緒に来いと言ったのは君だろう。どうせぼくは人間離れした力は持っていないさ」
「可哀そうにね」
「フルートにもそう言うのか」
「彼は君のようなばかではないだろう」
 そして二人はいつものように言い争いながら、ゆがんだ城のあった場所から離れ、平和な日常の中へと帰って行ったのだった。

(完)

 

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ゆがんだ城(07)

 と、そのとき、セレンの頭の中に、涼やかな声が聞こえて来た。
≪セレン、聞こえる?≫
「聞こえるよ」
 セレンの視界の中で、ゼラルドは壁を背に、かろうじて身を守っていた。しかし、セレンに呼びかけて来た声は、いつものとおり、落ち着いて澄んでいた。
≪口に出さずとも、考えるだけでいいよ≫
≪何かぼくにできることは!≫
≪何もない≫
 ゼラルドの声は穏やかだった。
≪安心していいよ、セレン。ぼくが死んでも、君はきちんと元の場所に帰してあげるから。そう・・・フルートに約束してしまったからね≫
 女の剣がゼラルドの短剣をはねとばした。女が勝ち誇ったように剣を振り上げる。
「ゼラルド!」
 わけのわからぬ衝動にかられて、セレンは自分の剣を思い切り投げた――黄金の剣を。
 ゼラルドは飛んで来た剣を見つけ、その柄をつかんで、目の前の女をないだ。剣は、女を取り巻く銀色の光を突き抜けた。
「きゃああああああ・・・」
 女は空気を引き裂く甲高い悲鳴をあげて床に落ちた。青い剣は消え、ゼラルドは宙に舞う自分の剣を手に収めた。
 女の体は急速にしなびていった。しわだらけになり・・・縮んで・・・骨となり・・・あとには服と宝石をまとった骸骨が残った。ピシッと音を立てて、血の色の宝石が砕け、部屋に立ち込めた瘴気が消えていく。
 ゼラルドは横を向いて吐き気をこらえた。そして、人を吸い込むような底知れぬ瞳を、セレンのほうに向けた。
 セレンは、真っ青な顔で立っていた。女の変化を見たからではない。さっき剣を投げたとき光の壁から出てしまった手に、焼けつくような痛みが走り、気が遠くなりそうだったのだ。
 ゼラルドはそれに気付いたのか気付かなかったのか、かすかに眉をひそめたが、
「この剣は?」
と、いぶかしげに尋ねたきりだった。
「ぼくの剣だ」
「君の?」
 ゼラルドは二本の剣を並べて見せた。二本ともよく似ていたが、ゼラルドの剣の柄には透明な宝石が、セレンの剣の柄には緑色の宝石がはめこまれていた。
「ゼラルド、さっきの話は一体?13本の宝剣?」
「・・・まさか、知らないなどと言うつもりではないだろうね」
「知らない。この剣は使ったこともなかったし」
 ゼラルドは怪訝な顔をした。が、
「その話はあとでしよう。主から解放されたこの城の住民を、時の流れに戻してやらなければ」
 丁寧に剣を持ってセレンに返すと、
「ありがとう」
と義務的な口調で言って、先に立って歩き出す。入って来たのと反対側のドアを開けると、そちらには広い廊下が続いていた。
 二人は廊下を歩き、階段を下り、下の階へ行った。奇妙な造りの城の中を、どういうわけか迷いもせずにゼラルドは歩いていき、やがて二人は、来た時の広間に通じる扉に行き着いた。中で人の魂がざわざわしているのが、セレンにもわかった。
「中に入ったら口をきくのではないよ」
 無造作に言い捨てて、ゼラルドは扉を開けた。闇の中にうごめくものの気配がしていた。
 ゼラルドが声高に聖句を唱えると、辺りに銀色の光が広がった。闇に生きる者たちが苦しみ出し、足音がせわしなくなった。銀色の光はどんどん強くなり、やがてセレンの目に、ひとがたが見え始めた。ひとつ、ふたつ、と白いひとがたは浮かび上がり、喜びと感謝を表して消えていった。ひとがたはどんどん増えていったが、気味悪くはなかった。解放された歓喜に満ちて、血肉を失った者たちが帰っていくその光景を、セレンは銀と白の渦巻く光の中で見ていた。最後のひとつが消えると、ゼラルドが前に現れた。光の中に、澄んだ声が響いた。
「呪われた花々ももう清めた。行くよ、セレン」
 見ると、前方に不思議な扉が見えた。赤い革のように見えたかと思うと、次の瞬間にはどっしりした木の扉に変わっているのだった。
 その扉を、ゼラルドは恐れげもなく大きく開いた。そして二人は外に出て、見なれた太陽の沈む道に出た。
 セレンが振り返ると、もう扉は影も形もなかった。むろん、城も。
 馬たちは無事だ。夕陽の光、木の匂い、道の色。すべてが妙に懐かしく思えた。

 

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ゆがんだ城(06)

 つい、と、気を取り直した女が動いた。青い剣がその手にひらめいて、黒髪の若者の上に斬りかかってくる。ゼラルドは黄金の長剣を抜いてそれを受け止めた。女は驚きの声をあげた。
「黄金は太陽神の力を受けるはず。なぜこの剣は、月の女神の力を受けることができるのかしら」
 ぎらぎらと、青い剣の光が強まった。黄金の華奢な剣は、今にも溶けるか折れるかしてしまいそうに見える。しかし、ゼラルドはその剣をよく知っていた。故郷の海から贈られたこの剣は、太陽の力も月の力も受けることのできるこの剣は、見た目に反して、限りなく強かったのである。
 二人が剣を合わせている間、部屋の中では様々な変化が起こっていた。いろいろな物、たとえば本やナイフやグラスなどは、宙に飛び、半分に分かれて、一方はその主人の、一方はその美しい客の、それぞれ隙を狙って待ちかまえていた。部屋の空気は赤黒く淀んでおり、対決する二人の体は、瘴気から身を守る銀色の光に包まれていた。剣と剣のぶつかる音が、異様なほど辺りに響き渡っている。
 一方、セレンのほうは、動くなと言われた部屋の隅で、息をつめ、しかし苛立ちながら、目の前の光景を見守っていた。彼は薄青い光の壁の中で、ほとんどいつもの彼を取り戻していた。自分にできることが何もないのがつらい。そもそも携えている剣だって、先日の事件で失ってしまった剣の代わり、ただのお飾りの――
 そのとき、女の声が高らかに響き渡った。
「わかったわ、これは古代レティカの宝剣! 聖者達が魂とひきかえにしてでも欲しがっている、世界に散らばった13本の宝剣! そのうちの一本なのね!」
 同時に、セレンは自分の剣を手に、驚きの声をあげていた。
「なぜ・・・この剣が抜けるなんて!」
 幼いころに手に入れたその剣は、抜けない剣だった。時が来れば抜ける気がして今回の旅に持参し、使っていたほうの剣が失われたため形ばかり身に着けていたその剣は、今、なにげなく手をかけただけで刃をあらわし、重みを得てセレンの手の中にあった。
 そして、間をおかず、ゼラルドの剣がはねとばされた。セレンの声に一瞬気をとられてしまったのである――彼らしくもなく。
 黄金の剣を女はつかみ、狂喜の声をあげた。試みにその剣を使おうとして失敗する。なぜなら、古代レティカの宝剣は、その剣の認めた持ち主が自身で望まない限り、その持ち主を傷つけることはないからだ。
 その間に、ゼラルドは闇の中から光の剣を作り出した。女の剣と違って白く光る剣だが、それを女は黄金の剣で受け止めた。青い剣から手を離すと、それはゼラルドのほうへ飛んで来て、彼を傷つけることこそできないものの、彼の視界をさえぎり、動きを阻もうとする。
 不意に、青い剣はその光を強め、あらぬほうへと飛んだ。ゼラルドはその行く先を見定めることもせずに聖句を唱え、セレンの周りの壁が銀色に変わった。青い剣はその壁で跳ね返り、同時に、ゼラルドの手からも光の剣が消えた。ゆがめられた時空間での戦いは、ゼラルドに不利なのだ。
 今度は、新しい剣を作りだす時間は与えられなかった。青い剣は女の手に戻り、ゼラルドはそれを短剣で受け止めるしかなかった。表情ひとつ変えなかったけれど、あっというまに、黒髪の若者は部屋の壁際に追い詰められてしまった。
 セレンは息をのんだ。どうしたらいいのだろう。自分を取り巻く光の壁から出たら、その瞬間に死が訪れるのだろうと思われた。彼はなすすべもなく、己の剣をつかんだまま迷った。

 

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ゆがんだ城(05)

「ふん。人、人、人。愚かな種は、せめて自ら死を受け入れるべきよ」
 女の目が光り始めた。ぎらぎらと光るその目で、すうっと横のほうへ視線を移動させる。ゼラルドはその先に何があるか知っていた――セレンの姿。
 ゼラルドは、手に持っていたグラスを、女に向けてひょいと投げた。グラスは、女の視線をさえぎる位置で砕けた。女は舌打ちして指を動かし、聖句をつづってゼラルドのほうに向きなおった。グラスのかけらはいくつかゼラルドに向かって飛び、ゼラルドはそれを短剣で払い落とした。
 セレンが大きく息をついたのがわかった。グラスを砕いた女の視線は、どうやら害を与えていないようだった。ゼラルドの対応も早かったし、何より、いつもならすぐに壊れてしまっただろう繊細な感受性が、今は麻痺して無感覚になっているためと思われた。女はそれに気付くと、残念そうにゼラルドに呼びかけた。
「あんたが連れを壊されたときの顔を見てみたかったけど」
 床にあるグラスの破片が、また一つ飛んできて、ゼラルドはそれをまた短剣で打ち落とした。
「あんたの前で連れだけ殺すのは難しそうね。仕方ない、あんたが先よ」
 女の手には、いつのまにか青白い剣が握られていた。
「もう一度言っておくけど、あんたの力はこの城のこの部屋では効かないわ。ここでは、どんなに強くても、太陽神の力は消えるの」
 女は凄まじい笑いを浮かべた。セレンがびくっとした。その目に生気が戻って来つつある。さきほどの女の視線は、結果的には彼に荒療治を施したようだった。
 女は立ち上がり、二人の客も立ち上がる。
「あんた達がどんなに抵抗したって、所詮あたしの敵じゃない。おとなしく殺されるがいいわ!」
「いやだね」
 ゼラルドは静かに言った。黒い瞳はまっすぐに女を見据えているが、妖しさをたたえて深く輝いていた。
「セレン。守ってあげるから、そこを動かないでくれるかな。君なんかとは思うけれど、フルートに感謝することだね」
 セレンはゼラルドの声をきちんと認めたが、彼が何か答えるより早く、女の高笑いが響いた。
「あれだけ言ったのに、まだわからないんだね!あんたは無力なんだよ。わかるかい、無力って言葉の意味が」
 ゼラルドは、あの、見る者をぞっとさせるほど冷たく美しい、彼独特の微笑を浮かべた。
「おあいにくさま」
 彼の指は優雅に宙をすべり、セレンの周りに、ぼんやりと青く光る壁ができる。女の顔から侮りの色が消えた。
「ぼくの名はゼラルド・ルインドゥーラ・ルーズヴェルン。つまり、太陽神の力と同じように、月の女神の力も使えるのだよ」
 女は呆然としていた。うわごとのように、
「ルインドゥーラだなんて・・・そんなばかな。しかも・・・ルーズヴェルン? それではウェルザリーンの王子!」
 つぶやいて、ゆらゆらと首を振る。
「ウェルザリーンの王子がなぜここに・・・。なるほど、ウェルザリーンの王子なら、血とキルケと葡萄酒の区別くらい、見るだけでできるでしょうね」
 ゼラルドはそれにはとりあわず、広い場所へと移動しながら、
「いいかい、セレン。絶対に、そこから動くのではないよ。その壁の外に出たら、どうなっても知らないからね」
「・・・わかった」
 セレンは言った。彼は、自分が今、ただの足手まといであることを知っていた。

 

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ゆがんだ城(04)

「さてと」
 女は話し始めた。
「この城の話だったわね。さっきも言ったように、この城は神の城だったの。月の女神ルーラが地上に持つ城のひとつだったのよ。ところが・・・<不幸な娘>の伝説は知っているかしら? ルーラの娘のうちの一人なのに、どこへ行っても禍々しい不幸をもたらして<不幸な娘>と呼ばれたあの娘が、ある日、この城へもやって来た。折悪しく、城のあるじは不在。それでもあるじの娘だから、と招き入れられた<不幸な娘>は、知らぬうちに<不幸>を撒き散らした。あるじが帰って来たときには、もう城も庭園も、救いようのない禍々しさに汚染されたあとだった」
 女はグラスの液体を少し飲んだ。セレンはぼんやりと女を見、ゼラルドを見、我知らず見とれた。つややかな黒髪、冷たい輝きの黒い瞳、そして不思議な妖しい雰囲気――その美しい横顔は、なんとよくこの場に似合って見えることだろう。
 ゼラルドは黙って話の続きを待った。女はしばらく品定めをするように二人の若者を眺めていたが、やがてまた話し始めた。
「<不幸>の汚染は、放っておけば、この城から世界へと広がっていく類のものだった。だからルーラはこの城を時空間から切り離したの。そうして、この城は見捨てられた。城の住人はみんな逃げたはずだった・・・けど、一人だけ、逃げ遅れた者がいたのよ。それが、このあたし、ウェラ・ルイーラというわけ」
 女の目に異様な光が宿り、しかしそれはすぐに消えた。
「この城はルーラの時空間から切り離されているから、あたしは年を取らないの。いいでしょう? でもね、ゆっくりゆっくり、おなかはすくのよ。そうして、ちょうどあたしがおなかをすかせる頃にね・・・迷いこんで来る人間がいるの」
 女は低く、くつくつと笑った。ゼラルドに向かって、
「あんたはどう思う? 人を食べるのは罪だと思う? この間食べた人が、そんなことを言っていたわ。だけど、生きるためだもの、仕方ないじゃない? それにあたしは月の女神の侍女だったのよ。そして今は不老不死。より女神に近い存在よ。自分より下等な生き物を食べるのは、自然のことわりよね。人間なんて、あっというまに死んでしまって、何もできやしない、ちっぽけな、ちっぽけな生き物。今のあたしには、それがわかるの」
「長い年月によどんだ空気はすべてをゆがませる」
と、ゼラルドは言った。落ち着いた静かな声だった。
「人は確かに小さいかもしれない、けれど、生きられるわずかな時間の中で、精一杯のことをして生きている。たったひとつの生の中で、人を愛し、憎み、神をあがめ、呪いながら。その人間の命の尊厳を忘れ果てているならば、おまえの言うことは歪んで間違っている」
「ゆがんでいる? そうね、だって、神がこの場所の時間と空間を捻じ曲げてしまったんだもの。でも、人なんてものはね、自分のことしか考えないし、お互いに首をしめあって生きるものよ。あたしが食べてあげるのは、一番有効な命の使い方だわ」
「私はそうは思わない」
 ゼラルドの口調はいつしか変わっていた。昔、白い宮殿で暮らしていた頃と同じ、高貴な者の口調。
「人はまだ、人を愛することも、信ずることもできる。彼らは愚かな種であるかもしれないが、神と共存していることができる。彼らの一生は短いが、子に託すことができる。子はまたその子に夢を伝える。人は、その小ささにもかかわらず、時々驚くべきことを成し遂げてきたではないか」
「――あんたは誰? そして、なぜそうやって人間の肩を持つ?」
 女の目に、初めてちらりと疑惑の色がよぎった。ゼラルドは冷笑して、
「誰であろうと関係はあるまい。私が人を弁護する理由は、私もまた人であるからだ」

 

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ゆがんだ城(03)

 その部屋は、胸苦しいようなどろりとした空気に満ちていた。
 そして、その女はそこに立っていた。
「なんてうれしいこと! あたしに二人も客が来た」
 若くきれいな女の外見だったが、その身には何百年という長い年月を経た空気がまとわりついていた。古風に結いあげられた黒い髪には、糸に通した宝石が飾られているが、髪も宝石も、どこかくすんだ色をしている。曇りないものはただ、額に輝く血の色の宝石だけだった。
「なんてきれいなお客人だろう! 庭を通り抜けられたようで良かったわ、花たちにやってしまうのは惜しいもの。若くて美しい客人ほど、あたしの命を永らえてくれるものはないの」
 紅い唇から、どこかなまめかしい声がすべり出る。女はにっと笑った。
「そうそう、さっき下から太陽神の力が伝わって来たけど、ここらでは使えないわ。この城に太陽神の力は届かないのよ。特にこの部屋にはなんにもね」
 ゼラルドは軽く肩をすくめた。セレンはぼんやりと目の前のやりとりを眺めている。
 ゼラルドは口を開いて、
「おまえは何者だ? おまえの名を」
 女はおかしそうに笑った。
「自己紹介しろって? ふふん、どうせ知りたいのはあたしの称号よね? まあいいわ、あたしはウェラ。称号込みだとウェラ・ルイーラ。あいにくだったわね。でも、どっちにしたって、あんたは太陽神の使徒だから、この城のこの部屋では戦えやしなかったのよ」
「ルイーラ、ね」
 ゼラルドはつぶやいた。ルイーラという称号は、月の力を使う者の中で、ひときわ高い能力を持つ者に与えられるものだった。
「ならば、ウェラ・ルイーラ。おまえはぼく達をどうするつもりなのだ?」
「さあねえ」
 女は無造作に長椅子に腰かけ、客たちにも椅子をすすめた。
「しばらく話をする気はあるわよ。あんたたちを殺すのはそのあと・・・あら、しゃべっちゃった」
 女はまたにいっと笑った。ゼラルドは聞こえないふりをした。すすめられた椅子にかけながら、
「では聞かせてほしい。この城はどこの国のものなのだ? 見たところ、かなり古い城のようだ」
「この城?・・・そうねえ」
 女は何か考えるようなそぶりをした。
「そう・・・この城は、神の城だったのよ。話してあげる」
 パチンと指を鳴らす。と、グラスが三つ、紅い液体をたたえて飛んで来た。
「お飲みなさいよ」
 女はそう言い、ゼラルドがグラスに口をつけるのを見ていた。
「血の味がする」
 ゼラルドがつぶやくように言うのを聞いて、満足そうに、
「そうよ、人間の血を薄めたの」
と、自分のグラスに口をつける。ゼラルドは笑って、
「おまえのグラスはそうかもしれないが、ぼくのはキルケの果汁だ。そしてこちらは」
 セレンの前から、ひょいとグラスを持ち上げる。
「毒入りの葡萄酒」
「・・・よくわかったわね」
 女は意外そうだった。グラスはみな全く同じ色をしていた。女は、連れの若者を殺してもこの黒髪の若者の冷静さが崩れないものなのか、試してみるつもりだったのだ。
 当のセレンは何を感じたようでもなく、ぼんやりとしているが、
「ほら、今度は普通の葡萄酒。あなたもお飲みなさい」
 新しく来たグラスを見、ゼラルドが何も言わないのを確認して口をつけたところをみると、一応、鈍いながら意識はあるらしい。

 

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ゆがんだ城(02)

 大きな扉は、すでに客を迎え入れるために開かれていた。しかし、城の中は暗く、扉が閉まると重たい闇となった。
 間をおかず、辺りがぼんやりと明るくなる。ゼラルドが力を使ったのだった。その明かりで、幅の広い短い下り階段と、その先の大広間が見えた。
 そして、その広間から、不気味な足音が聞こえてきたのだ・・・ひたひたという、たくさんの足音。
 セレンは思わず、ゼラルドに触れそうになるほど近づいて――もちろん、つかまるのは彼のプライドが許さなかったし、そんなことをしたら何をされるかわかったものではなかった――、そのがらんとした広間を見つめた。
 がらんとした、というのは適切ではない。そこにはたくさんの気配が満ちていたのだから。しかしまた、その気配は実体を持たず、目に見える形をとってはいなかったのだった。広間は、何もない空間の中に、よどみ、ねっとりした、不吉な匂いのする空気を抱え込んでいた。
「いやだね、ここは」
 セレンをすっとよけながらゼラルドが言った。
「ここに、なんとたくさんの魂があふれていることだろう」
 つぶやくようにそう言うと、先に立って階段を下り、広間の端のほうを歩きだす。急いでセレンが後を追う。
 ゼラルドが手でふわりと円を描くようにすると、あたりの明るさはゼラルドの手の上に凝結した光球となって、まばゆい白い光の輪を投げかけた。周りでは、眠りを妨げられた者たちの足音がひたひたと続いていたが、その音は明るい輝きの輪の中には入って来られないのだった。
 やがて、小さなドアが見つかった。ゼラルドは一瞬ためらって、それからドアを注意深く押した。それは簡単に開いた。ドアの外には、狭い上り階段が続いていて、壁にともっているろうそくが、絨毯を暗く照らしている。
 二人はドアの外に滑り出ると、用心しながら階段を上り始めた。ゆらゆらとろうそくの灯が揺れる。重い空気の中で、白い光球だけが、熱っぽく明るく輝いている。
 階段を上りきると、真っ暗な廊下があった。廊下を渡りきると、またろうそくの灯る階段があった。階段、廊下、階段、廊下、階段・・・。二人は無言でその繰り返しを歩いて行ったが、どうやらこの城は、だいぶ奇妙な造りの城らしかった。廊下は微妙に傾いていて、階段を上っても上っても、実際にはたいして上っていないようだった。ずいぶん長い間歩き続けて、さらに長い時間が過ぎても、部屋のひとつにも行きあたらないまま、それでも確かに前進していることの証に、あたりの空気はどんどん濃く不吉に淀んで来ている。
 廊下の途中で、ゼラルドはふと立ち止まって振り返った。セレンは足を止め、ゼラルドを見た。その目の中に、一瞬の安堵の色を見て、ゼラルドはぷいと顔をそむけた。周りの狂気は、セレンには少し荷が重いのだ。仲の悪いゼラルドと目が合って安堵してしまうほどに。心弱い者なら、とうに叫びだしているだろう。そうでない者の思考は麻痺させられる・・・。
 セレンを守るために、今できることは。とゼラルドは少し思案したが、結局何もせずに再び歩き出した。命には別条ない、放っておこう。フルートに約束させられたとはいえ、ぼくがセレンを守らねばならない理由は何もないし、それに・・・正気でいるほうが、これからもっと大変かもしれない。
 ゼラルドはセレンの心配をやめ、ただ後ろの足音だけは常に確かめるようにして、周囲に気を配りながら進んで行った。手の上の光球は、彼が一歩進むごとに、ぴりぴりと光を乱すようになっていた。城の狂気はどんどん強まっていく。聞こえる音といえば、二人分の足音と、ろうそくの燃える音、時々感じられるお互いの呼吸のみ。その暗い沈黙の中――
 ――突然、階段の途中で、パリンと音を立てて光球が割れた。かけらは飛び散って、不思議なゆらめきを残して消えた。ゼラルドは少しの間立ち止まって、光球の消えた自分の手を見つめていたが、すぐにまた階段を上り始めた。むろん、その表情には何の変化も表れてはいない。そして、その階段の終わりに。
 ろうそくに囲まれた細い長い廊下がまっすぐに続き、つきあたりに、ひとつの扉が見えていた。漂う凄まじい妖気・・・しかし、彼らは扉を開けなければならなかった。行き着くところまで行き着かなければ後戻りはできない。もっとも、行き着くところもまた、永久の眠りであるかもしれなかったが。
 ゼラルドはためらわずに歩き出した。セレンにちらりと無感動な目を向ける。セレンはぼんやりと虚ろな目をして、あとについてくる。
 妖気は、耐えがたいまでに強くなった。遠い記憶を振り払って扉に近づきながら、ゼラルドは扉に触れたくないと思った。
 しかし、扉は自然に開いた。音もなく、内側に。旅人たちは、中に入った。

 

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ゆがんだ城(01)

「またおかしなことになりそうだね・・・君といると、ろくなことはないな」
 黒髪の若者は低く言った。その涼やかな瞳は相変わらず何の感情も見せてはいない。
 彼より背の高い、長い金髪の連れのほうは、むっとして言い返した。
「ぼくではなく、君のせいだろう、ゼラルド。こういう奇妙なことになるのは」
 というのも、この若い二人連れの周りには先ほどから濃い霧が立ち込めて、二人は馬をひいて立ち往生していたのだが、ようやくぼんやり周囲の様子が見えてくると、目の前にはなぜか、不吉な姿の古城が出現していたのだ。
 ゼラルドは黒髪をかきあげて、指差した。
「どうする、セレン。ぼくたちは招かれているようだ。ほら」
 古びた門がギーッと軋んで開いてゆこうとしていた。セレンは嫌そうな顔をした。
「嘘だろう・・・」
「ここは特殊な場所だから、逃げられはしないよ。こうなったら、中に入るしかないね」
「仕方ないな」
 セレンはため息をついた。
「わかった、行くよ。今頃、フルート達はどこにいるんだろう」
「ぼくも早く合流したい。君の面倒を見切れなくなる前に」
 馬をつなぎ、門を抜け、まっすぐに城へと続く道を歩きながら、セレンが時々あたりを見回して立ち止まりそうになるのを、ゼラルドは振り返って促した。
 邪悪というより狂気というべき異常な空気。その危険さを、ゼラルドはよく知っていた。そして、今の状況はあまりよくなかった。セレンを連れているからだ。
 華奢な金髪の若者は――ゼラルドが何と言っているにせよ――決してばかではないし、弱くもない。むしろ――ゼラルドは認めないにしても――頭の回転は速く、剣の腕も立つ。けれども、セレンはこうした奇妙な空間のゆがみ、神秘のベールに包まれた特殊な世界には、まったく免疫がなかった。
 セレンはまた立ち止まった。目を見張るようにして辺りの様子を眺めている。ゼラルドのほうは付近の景色に感銘を受けた様子もなく歩いて行ってしまうが、たしかに普通の人間ならば、立ち止まってしまうのも無理はなかった。
 小道には、たくさんの薔薇の花が咲いていた。が、その花々はすべて、空中に漂う銀色の花だったのである。時折、その銀の花びらの先が紅く染まってくるかと思うと、ぽたんと一滴、紅い滴が落ちる。あちらこちらで血の色の滴をしたたらせている銀色の花々は、とても不気味で、しかし妙に美しく、人の目をひきつけた。
 セレンはしばらく、魅せられたように花々を見つめていた。ひとつの花を見つめれば、見ている花がゆるゆると大きく広がっていくような錯覚に襲われる。大きく大きく咲き誇り、セレンを飲み込もうとするように花びらをのばし――むせかえるような薔薇の匂い・・・
 不意に、セレンの目の前が真紅に散った。手荒く突き飛ばされて、セレンははっとした――そして、ぞっとした。
 巨大な妖花は、幻ではなかった。そこに、異様に大きな薔薇の花が血しぶきをあげていた。花は溶け、多量の血とともに地面に吸収され、あとには清らかな光を放つ短剣が一本残った。ゼラルドのものだった。静かに歩みよってそれを拾い上げたゼラルドの冷たい黒い瞳と、動揺したセレンの緑の瞳が合った。
「気をつけてほしいね、セレン。今度同じことをしたら、助けなどしないよ」
 息も乱さずにそう言うと、何かつぶやきながら短剣の上に手をかざしてそれを清め、ちょっと肩をすくめてゼラルドは歩きだす。
 セレンはふうっと息をつくと、明るい金髪を後ろに束ねて、今度は気をつけて、止まらず歩いて行った。

 

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作者より:「金の砂の塔」

オチのない話ですみません。

オチのない話と「序・破・急」にあこがれて書いた話ですが、
どのくらいうまく行ったかしら・・・coldsweats01

全部がこんな話ばかりではないので、
この話から読み始めた方は、
もう1篇くらい読んでみてくださいね。

→ 目次に戻る

金の砂の塔(03)

胸を押さえて、あたりを見回すフィリシアを、王子が鋭い声で呼んだ。
「フィリー、早くこちらへ!」
呼ばれるのと、異変に気づいたのは同時だった。いま閉じた本の上に、小さな金色の砂の山が積もっている・・・。
フィリシアは頭上を見上げ、それからあわててフルートのもとに駆け戻り、さっき上ってきたばかりの階段を、今度は二人で駆けおり始めた。
塔が崩れている!
「フルート、先に逃げて」
「何を言っている、ほら」
フルートは手を伸ばして、遅れがちなフィリシアの手を取った。そのまま手を引いて駆け下りる。
「ごめんなさい、私が、本を、閉じたから!」
「そう読めたのだろう」
「ええ」
「それならいい」
駆け下りる二人のうしろで、塔はどんどん崩れ落ち、壁も階段も、上のほうから塔の内部へと流れ落ちて行く。
あと少し、下まで降り切らないうちに、崩落は二人の背後まで迫った。崩れた壁から、外の景色が見える。
フルートは目で距離を測ると、立ち止まり、
「失礼」
王女を抱えあげて、そのまま、跳んだ。
降り立ったところも、すでに砂の上だった。二人が振り返ると、塔は今まさに、巨大な砂の山となり果てたところだった。
その山がサラサラと崩れ、足元に砂が押し寄せ、あわてて飛びのく。
けれども、崩れた砂はきらきらと輝きながら消えていった。淡雪のように。
流れて消えた砂の下からは、道が現れた。さきほどまではなかった道が、荒れ野を緑野に変えつつ、すうっと延びてゆく。遠くには、向こうから来る人の姿さえ浮かび上がった。
フィリシアはフルートを見た。フルートはうなずいた。
「行こう」
そして二人は、道すがら、行きあう人々に金色の塔のことを聞いてみたのだが、誰も、そんな塔があったことすら知らなかったのだった。

(完)

 

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金の砂の塔(02)

入り口をくぐると、塔の中は広く、内壁に沿って長い螺旋階段が上に伸びていた。中央は吹き抜けの空間になっている。
さわるとザラザラする金色の壁には、上部に明かり取りの窓がいくつも開けてあって、差し込む陽光が塔の中を隅々まで照らし出していた。
「疲れたら言ってくれ」
「ありがとう、がんばってみる」
二人は、大きな渦を描く螺旋階段を上った。塔の中はしんと静まって、神聖な感じがした。
金色に煙る光の中を、無言で上り続け、何事もなく、ようやくてっぺんまで辿り着くと、そこには祭壇らしき場所があった。
吹き抜けの中心に向かって一人分くらいの足場が張り出していて、その先端に、円形の台がひとつある。
先に見に行ったフルートは、台の上をしげしげと眺めて、戻ってきた。
「本がある。何も書いていない」
フィリシアは、あがった息を整えてから、自分も見に行った。できるだけ、足元の高さのことは考えないようにして。
なるほど、台の上には、台から彫り出したかのような厚い金色の本が、開いて置いてあり、そこには何も書いていなかった―――が。
フィリシアの見ている前で、金色の文字が不意に浮かび上がった。
『私を閉じて。私を閉じて。私を閉じて・・・』
ためらいながら、フィリシアは手を伸ばし、バタンと本を閉じた。
本の表紙はなめらかに平らで、何も書かれてはいなかったが、そこにも新しい文字が浮き出した。
『ありがとう。逃げて』

 

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金の砂の塔(01)

緑の丘の連なる中を、多くの人の踏み固めた一本道が、ゆるやかに淡々と続いていた。
青い髪の王女は、横座りで馬上に揺られながら、のんびりと風景を眺めていた。
遠くから見えていた金色の塔が、もうじきだ。いちだん高い丘の上にある。何のための塔なのか、人に聞いてみたかったが、今はちょうど往来が途絶えてしまっている・・・。
馬を少し先に進めて、その塔のあたりまで見に行っていた王子が、戻ってきて言った。
「すまない、フィリシア。戻ろう。行き止まりだ」
「えっ」
王女が驚いて聞き返したので、金髪の王子は、馬を並べながら繰り返した。
「この先の塔で、道は行き止まりだ」
「そうなの?」
「行ってみようか?」
遠くからでもキラキラと光って見えた、金色の塔。その塔の前まで、二人で行ってみた。
たしかに、道はぶつりと途切れており、丘の向こうは、急に、茫洋とした荒れ野になっているのだった。
「どこで道を間違えたのだろう」
「でも、ずっと一本道だったのよ」
話しながら、二人の視線は、自然と塔に向かった。
その入り口は、ぽっかりと四角く空いていて、誰でも入れるようになっている。
しばしの沈黙が落ちたあと、フルートは馬を下りて振り返り、
「君も行く?」
と尋ねてくれた。
「行くわ!」
と言って、フィリシアは馬を下りた。

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目次

各タイトルの登場人物等を添え書きした「目次・改」もあります。お好みで使い分けてください。

初めてお越しの方には → 試し読み用の目次 のほうを強くおすすめします。

※ 下の目次は作品発表順になっておりますが、お話の時系列順とは一致しません。
※ 比較的読みやすいのは、cloverマークの付いた青字のタイトルです。
※ タイトルにカッコが付いているのは番外編です。 

金の砂の塔 01 02 03 *

ゆがんだ城 01 02 03 04 05 06 07 08 *

(妖精の首飾り) 01 02 03 04 05 *

(夏の訪れ) 01 02 03 04 05 06 *

(海辺にて) 01 02 03 04 05 *

赤い小鳥の姫君 01 02 03 04 05 06 07 08 *

竜王の館(前編) * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 *

竜王の館(後編) 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 *

(仲たがい) * 01 02 03 *

(月の娘) 01 02 03 *

化身の魔女 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 *

三つの果実 * 01 02 *

clover(光り姫) * 01 02 03 04 05 *

(凶宴) * 01 02 03 04 *

花園の夢 * 01 02 03 04 05 06 *

clover始まりの物語 * 01 02 * ← 全体のプロローグにあたるお話。

華飾の町 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

邂逅 * 01 02 *

(仲直り) * 01 02 03 *

命令の指輪 * 01 02 03 04 05 06 07 08 *

勇者パックス * 01 02 *

暖炉 * 01 02 03 04 05 *

(雪) * 01 02 *

訪問者 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 *

clover 空色のドレス * 01 02 03 04 05 *

clover (跳ぶ) * 01 02 03 04 05 06 *

(幼きもの) * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

clover 救出の報酬 * 01 02 03 04 05 *

clover (従者試験) * 01 02 03 04 05 06 07 08 *

クルミの行方 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

断章:数える… * 01 *

clover 夜を越えて * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 *

clover 髪を編む * 01 02 *

花嫁候補 * 01 02 03 04 05 06 *

夢の牢 * 01 02 03 04 05 *

(満月の夜に咲く花) * 01 02 03 *

暗殺者 * 01 02 *

甘い、すっぱい * 01 02 *

clover (あの子どこの子) * 01 02 03 04 *

石の大蛇 * 01 02 03 04 *

clover 火の鳥 * 01 02 03 04 05 06 07 08 *

clover (逃避行) * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 *

clover 髪を編む(ルーク編) * 01 *

小人のお茶会 * 01 02 03 04 05 06 *

clover 風に揺れる花の中で * 01 02 03 *

金と銀の翼 * 01 02 03 *

雨やどり * 01 *

clover 夏の日の青い空 * 01 02 03 04 05 *

clover お姫様と猫 * 01 02 03 *

clover 見えない守り手 * 01 02 03 *

clover 風の贈りもの * 01 02 *

霧の中 * 01 *

clover (夢みたもの) * 01 02 *

clover 朝の鈴 * 01 02 03 04 *

笑わない娘 * 01 02 03 04 05 06 *

黄昏色の旋律 * 01 *

野に休む * 01 02 *

一角獣の角 * 01 02 03 04 *

大道芸人の賭け * 01 02 03 04 05 *

辻占い * 01 02 03 *

夢のような * 01 02 03 04 05 06 *

人さらいと馬 * 01 02 03 04 *

あかずの扉 * 01 02 *

さまよう人形 * 01 02 03 04 *

(海を映す庭) * 01 02 *

にじむ闇 * 01 02 *

誕生日の姫君 * 01 02 03 04 05 06 *

clover (封じられた剣) * 01 02 03 04 *

滝遊び * 01 02 *

聖なる森 * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 *

clover泥より出でしもの * 01 02 *

おかしな縁結び * 01 02 03 *

憩いの時間 * 01 02 *

clover聖者の護符 * 01 02 03 04 *

雨の日の窓辺で * 01 02 *

幻術の塔 * 01 02 03 04 05 *

星降る夜に * 01 02 03 *

人魚の歌 * 01 02 03 04 05 *

竜に乗って * 01 02 03 *

三本角の怪物 * 01 02 *

目は口ほどに * 01 *

冬の森、ひとやすみ * 01 02 *

忘れられた町 * 01 02 *

冥婚騒動 * 01 02 03 *

旅へ * 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 *

うちの子同盟

登場人物

下記の人物が一緒に旅をしていますが、途中で分かれたり合流したりするので、ひとつの話に全員出るとは限りません。
ここでは最小限の紹介のみを書きます。読者の方ひとりひとりが、読み進めながら自由な想像で補ってくだされば幸いです。

フルート(ルーク)
内陸の大国リーデベルクの王子。おしのび時はルーク。
金髪、青い目。カンが鋭く、潔い性格だが、時々不器用。

フィリシア(フィア)
内陸の大国クルシュタインの王女。おしのび時はフィア。
波打つ青い髪、青い目。しとやかだったり、おてんばだったり。

セレン
リーデベルクの大貴族の息子。フルートの親友。
長い金髪、緑の目。人当たりがよく優しいが、神経質なときも。

ゼラルド
東の大国ローレイン(ウェルザリーン)の王子。
黒髪、黒い目。静かで冷淡。魔法に似た不思議な力を使う。

(ミルガレーテ)
妖精を統べる姫。金髪、金の目。若干の魔法を使う。
ときどき現れるが、姿を現すことができるのは、新月を過ぎてから満月までの間。

年の順、背の順は、ともに、、
セレン > フルート > ゼラルド > フィリシア です。
ミルガレーテは半不老不死、背丈はフィリシアくらい。
各数値はどこにも書きませんので、お好みでwink

ちょこっとイメージ画像が欲しい方は、ちゃんりおメーカーで作ったデフォルメ絵ならありますが、参考になるでしょうか?→こちらです。

 

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ようこそ。(最新作は「旅へです。

このサイトでは、ファンタジーとメルヘンの、あいのこのような物語を綴っています。
具体的には、解呪のために旅する一行(お姫さま、王子さま、その友人たち)の、現在と過去のエピソードを交ぜ織っています。

初めていらした方や、試し読みがしたい方は、こちらへどうぞ→ 試し読み用 目次
無料の電子書籍というのを見に来たよという方は → パブ―へ (外部サイトに飛びます)
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自分を楽しませるために書き始めた物語ですが、
願わくば、別のどなたかを楽しませる物語でもありますように bookshine

通常版の目次は2種類ありますので、お好みに応じて選択してください。
 目次(1回刻みのリンク) または 目次・改(各タイトルの予告にリンク)

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