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ひとこと通信欄

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SF「夜景都市」(未完)

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2013年8月

(逃避行)(11)

 ミルガレーテと名乗った女性の声は、さらに続けた。
≪従者の方が眠っていらっしゃる今なら、私も姿を現すことができます。差し支えなければ、金色の剣を、抜いていただけないでしょうか≫
 ゼラルドは、声の主を完全に信じたわけではなかったが、どのみち状況がこれ以上悪くなることもないだろうと考えた。長剣を取り出し、静かに鞘から引き抜くと――、さらさらと時の砂の流れるような不思議な感覚とともに、美しい姫君が姿を現した。薄く光をまとっているので、金を紡いだような髪も、抜けるように白い肌も、闇に浮かんで、はっきり見える。緊張のためか、姫君はうつむいて、胸の前でしっかりと手を組み合わせている。
 それから、ミルガレーテ姫は、そっと視線を上げ、手をほどいて、一礼した。
≪初めてお目にかかります、ゼラルド様。きちんとしたご挨拶は、また機会がありましたときに。今は、あまり時間がありません。お伝えしたいことは2つあります。ひとつは、あなたが関所を通らずに大境界を跳び越える手段があるということ。もうひとつは、その方法では、従者の方を連れて行くことはできないということです≫
≪・・・その方法を、具体的に聞かせてもらえるだろうか、ミルガレーテ姫≫
 ゼラルドは半信半疑で促した。術によって≪大境界≫を越えるすべがないのは、世の中の常識だ。≪大境界≫を挟んだ向こう側については、遠見も瞬間移動もできないのはもちろんのこと、聖札で占うことすら難しい。逆に言えば、それらの術が≪大境界≫を通り抜けてしまったら、世界が混沌に陥りかねない、ともいえる。
 ミルガレーテは頷いて、説明した。
≪大境界は、複数の人が力を合わせても通り抜けできないようになっていますが、一人の人が複数の術を同時に使うことについて考慮していません。また、実際に、月の力と太陽の力を両方使える人であっても、同時に両方を発動させることはできません≫
 ゼラルドは無言で頷いた。まさしくそれは、彼自身のことだ。ミルガレーテは続けた。
≪けれど、両方の力を共に引き受けられる媒体が存在するなら、話は別です≫
≪ああ。しかし、そのような媒体は存在しない≫
≪あるのです。それが、その剣です≫
 ゼラルドは、驚いて手元の剣を見下ろした。ミルガレーテは続けて、
≪その剣の刃は、ただの金ではありません。太陽の力だけでなく、月の力も受け止めることができます。両方の力を流し込めば、2つの力による瞬間移動を融合発動できます。それは、大境界の想定していない力です。大境界を越えることができるのです≫
≪・・・だが、未知の場所には転移できない≫
≪わたくしが導きます。わたくしは、人であって、人でない者。大境界の東側でも西側でも、宝剣のあるところに出現できますし、内陸にも心当たりの場所があります≫
≪そうか。そして、融合した術の発動者は大境界を越えるが、私の従者は、月の力しか使わないから、媒体があったとしても越えることは叶わない・・・≫
≪そのとおりです≫

(逃避行)(10)

 翌日は風が強く、白い砂がもうもうと舞い上がって、追うものと追われるもの、双方の視界を遮った。遠見しても砂漠を見通すことができる者は一人もおらず、砂漠に踏み入った誰もが、術で砂嵐から身を守りながら、ただひたすら歩くより他になかった。
 ゼラルドとリオンは、≪大境界≫を目指し、広大な砂漠を西へと進んでいた。どのような術も通さない≪大境界≫を越えることができれば、ひとまず二人は自由を手に入れることができる。一方、追手も、だいぶ離れてはいたが、同じように西へと進んでいた。なるほど、聖王家に属する者を占えるのは聖王家の者だけだが、従者に関してなら、誰もが占える。もちろん、そのことを王子が予期できないはずはなく、したがって従者は囮だろうと考える向きもあったが、少なくとも従者が「誰かと」共にいることは聖札から読み取ることができたし、他に手がかりがない以上、まずは従者を捕えてみるしかない。
 暗殺者たちは、すばやく移動した。術で身を守りながら砂漠を駆け抜け、力が尽きると仲間の術者をその地点まで呼び寄せて交代する。これを繰り返して、追跡対象との距離を確実に縮めていき、ついに、その日の昼過ぎに、一度で跳べる距離にリオンを捕捉した。
 捕捉されたことを、リオンも検知した。彼は冷静に、主に報告した。
「来ます。ひとり、ふたり、・・・5人です」
「わかった。ぼくを守れ」
 ひゅん、と、砂嵐の中に、黒い衣の暗殺者たちが出現した。暗殺者たちは、リオンと共にいる王子を認識し、ためらうことなく全力で襲い掛かった――ためらったら最後、自分たちの命が危ないと知っていた。彼らはリオンの張った結界を破るために、ほんの僅かな時間を割き、その遅延によって命を落とした。呪文の詠唱を終えていたゼラルドの手から、銀色の鋭い刃が5本放たれて、暗殺者たちの胸を正確に貫いたのだ。暗殺者たちは、地面にくずおれて動かなくなった。
「私ひとりの命を守るために、何人を殺めることになるのだろうか・・・」
と、王子は低く呟いた。すぐに追手の増援が来るだろう、こちらも手加減する余裕はない。
「ゼラルド様、どうか今は、御身を守ることのみをお考えください」
 追うものと追われるものとの死闘が始まった。少しずつ西へと場所を移しながら、戦いは昼も夜もなく続いた。明け方、少しだけ攻勢が弱まった、その貴重な時間を、主従は移動でなく休息に充てた。近づきつつある≪大境界≫。逃れるのが先か、力尽きるのが先か。
 立ったままでの休憩だったが、ゼラルドがふと見ると、リオンはうつらうつらしていた。すっかり巻き込んでいる。暗殺対象はゼラルドであって、リオンではないのに。
 そのとき、王子の頭の中に、直に響く声があった。細く、切羽詰まった、若い女性の声。
≪どうか、わたくしに、大境界を越えるお手伝いをさせてください!≫
 ゼラルドは警戒しながら、声に出さずに問うた。
≪汝は何者か≫
≪わたくしの名はミルガレーテ。あなたがお持ちの剣に、ゆかり深き者です≫
 剣――。ゼラルドは、故郷の海から贈られた金色の長剣のことを思い出した。

(逃避行)(09)

 一方、ユリア姫の誕生日を祝って盛大な宴を催していた白亜の城では、兄王子とその従者が国外に出たことを、夜になって初めて感知したところだった。
 最初に気がついたのは、ユリア姫だった。お気に入りのドレスで義兄と踊りたかったユリアは、侍女たちに命じて王子を探させたのだが、侍女たちが困惑しきって持ってきた答は、「お城のどこにもいらっしゃいません」だったのだ。ユリアは細い眉をひそめた。
「おかしいわ。ついさっきまで、すぐそばにいらしたと思ったのに。いったいどこへ・・・」
 侍女たちは顔を見合わせて、目と目で相談したあと、言った。
「あのう、ユリア様。王子殿下なら、ずいぶん前に退出なされました」
「いいえ、そのようなはずがありません。お兄さまは、今日はずっと私のそばに・・・」
 言いかけて、ユリアの言葉が途切れた。黙って記憶をたどってから、認めた。
「そういえば、わたくし、確かめていなかった気がするわ。ずいぶん前って、いつごろ?」
「バルコニーでのご挨拶のあと、すぐ」
「すぐ?」
 ざわざわと、よくない胸騒ぎがした。
 ずっとそばにいるとおっしゃったのに、すぐに退出なさったお兄さま。
 今は城のどこにもいらっしゃらないお兄さま。
「お兄さまの従者に尋ねたら、行き先がわかるのではなくて?」
「それが、リオン様も見つからないのです」
 従者を連れていなくなったお兄さま。私の、私だけの、大切なお兄さま。
「わかりました。わたくしが自分で探します」
 ユリアは、少し疲れたからと王妃に伝えて、広間を出て自室に戻った。
 机の上に、使い慣れた聖札を並べた。聖王家の者のことを占えるのは、同じ聖王家の者だけ。ユリアには慣れた手順だ。並べ終えた聖札に向かって、問いかけた。
「月の女神のご加護を受けて、わたくし、ユリア・ルイーラ・ルーズヴェルンが尋ねます。わたくしの義兄、ゼラルド・ルイーラ・ルーズヴェルンは、今どこにいらっしゃるの」
 聖札はわずかに光ったが、答えなかった。そのようなことは今までに一度もなかった。
 城の中にいるの?――回答なし。
 国の中にいるの?――回答なし。
 いま生きているの?――回答なし。
「わたくしが動揺しているから、視えないのかしら」
 ユリアは聖札を揃えて片付けて、水晶玉を出した。
「どうかお願い。お願い、お兄さまのいる場所を教えて」
 透明な水晶玉は、何かを映し出した。真っ暗な夜の色。その中に、銀色の結界。
 それだけだったが、十分だった。お兄さまは屋外にいて、遠見を阻む結界を張っている。
 ―― お 兄 さ ま が 、 私 の も の で は な く な っ て し ま う 。 ――
 ユリアは青ざめた唇を引き結んだ。そして、すみやかに、義兄は国外に出たのではないか、と国王に報告した。国王は、城じゅうを隈なく探させるとともに、いくつかのことを確認した。また、たしかに二人、国境を越えた術者があったことも分かった。調べれば調べるほど、計画的な出奔だった。
 暗殺者たちが放たれた。

(逃避行)(08)

「砂漠を半分近く越えたようだ。天候に恵まれて良かった」
と、結界を張った中で簡単な夕食をとりながら、ゼラルドが静かに言った。
「城からここまで、一度で跳べる者はいない。とはいえ、ぼくたちは目印がないから小刻みにしか移動できないが、刺客たちには、ぼくたちという目印がある。もし明日、彼我の距離がもう少し縮まることがあれば、彼らは、ぼくたちを目がけて一息に跳んで来るだろう。このような危険な道に、よく同行する気になったものだね、リオン」
「これまでにも何度か、ゼラルド様を狙う暗殺者とは対峙したことがあります。異国からの者もあれば・・・国内からの者もありましたが」
と、リオンは目を伏せて言った。
「説得できたこともあれば、やむを得ず排除したこともあります。おそらく、わたくしの目の届かないところで、ゼラルド様が自ら対処なさったこともおありなのだろうと存じます・・・いずれにしても、わたくしは、これまで通りに務めを果たすだけです」
「祖国を捨てて去る王子のために?」
「いつ何が起こって離れ離れになるかもしれませんから、これだけは申し上げておきます」
 リオンは視線を上げて、砂漠を跳びながら考えていたことを言葉にした。
「ゼラルド様は、ご自身が、守るべき国と民を捨てて逃げた、と、お思いなのかもしれません。ですが、それは違います。逃げたのではなく、逆に、運命に立ち向かわれているのです。国と民とユリア様を守り、ご自身をも救い出し、皆で生き延びて前に進むべく、御身の選ばれた道なのです。誇りを持ってお進みください。お忘れになりませぬよう」
「生き延びて前に進むべく・・・。リオン、私は・・・」
 ゼラルドは逡巡しながら何かを言いかけたが、そのとき。二人は、はっと警戒して、立ち上がった。結界のすぐ外に、ひたひたと悪しきものの集まって来る気配があった。目には見えない、もやもやとした死霊の群れ。
「どうやら追手とは別だ。砂漠をさまよう悪霊だろう」
「結界には入って来られないと思いますが、これでは追手の気配を感知できません」
「そうだね、彼らを永遠の眠りに返すこととしよう。浄化する。ぼくを守れ」
「承知いたしました」
 リオンが結界の維持を引き継ぐと、ゼラルドは長い呪文の詠唱に入った。ゆっくりと十を数えるほどの時間ののちに、詠唱は終了し、ゼラルドがさっと手を振ると、二人を中心とした大きな銀色の輪が現れて、水の波紋のように瞬く間に広がり、鋭利な刃で周りの死霊をことごとく切り裂きながら、闇の中へと消えて行った。これを3度繰り返すと、二人の周りには、もはや一匹の死霊も残らなかった。
「では、ぼくたちも休もう」
 王子は息ひとつ乱していない。疲れていないはずはなかったが、リオンは敢えて気遣う言葉を口にせず、代わりに「おやすみなさいませ」と言った。
 明日が勝負だ。とにかく、どうにかして≪大境界≫を越えなくてはならない――

遅れてすみませんsweat02 まだ何回か続きます。

(逃避行)(07)

 国境までは、空間転移で一跳びだった。国境を訪れたことのないリオンは、王子の跳んだ軌跡を辿って跳んだ。目の前にどこまでも白い砂の広がる、かろうじて岩ひとつが目標物となる地点に、揺るぎなく出現できたところを見ると、どうやら王子は今までにも、しばしば一人で国境を訪れていたようだ。何のために・・・と、リオンの表情が語っていたのだろうか、王子はぽつりと、「国境で砂漠を臨むと、心が落ち着く」と言った。届け出ることなく自らの意志で国境を一歩越えれば、王族はみな、その瞬間から暗殺者に追われる身となるのに。
「よく、ついて来られたね」
と、ゼラルドは不思議な微笑を浮かべた。妖しく謎めいて、冷ややかに、美しい。そうか、それでは、王子はこの長い跳躍で、リオンを試し、足手まといと思えばそのまま置いて行く心づもりもあったのか、と、悟った従者は少々傷ついた。
「おそれながら、わたくしの称号はルイーラです。月の塔でも5本の指に入る術者です。ご自身の従者を甘く見られては困ります」
「だが、引き返すなら、今だよ、リオン。というより、むしろ、引き返せ、と。命じてみようか」
 ゼラルドは首をかしげて、そんなふうに言う。リオンは苦笑した。
「お気遣い、いたみいります。しかしながら、国境までやって来て、いまさら命令ひとつで従者を追い帰せるなどと、本当にお考えでいらっしゃいますか」
 ゼラルドは、ふ、と笑った。
「では、もう何も言うまい。ぼくは勝手に跳ぶから、そなたも勝手についておいで」
 そう言って、王子は次の目的地に向けて姿を消した。リオンも迷わず、後に続いた。
 届け出ることなく国境を越えたことにより、聖なる国ウェルザリーンの第一王位継承者ゼラルドは、諸外国には公表されていない法により、継承権を保持したまま、国家による暗殺対象となった。

 未知の場所への空間転移は困難を伴う。距離を測りつつ遠見して、見えた場所へと空間をつなぐのだ。砂漠は、とりわけ跳ぶのが難しい。なぜといえば、砂で形づくられた光景は刻々と変わるため、出現位置が特定できなくなるからだ。
 それでも、うまく制御できれば、歩くより遥かに速く移動できる。追手がかかる前にできるだけ距離を稼ぎたい二人は、広大な白い砂漠の中、黙々と空間を跳び続けた。目指すのは≪大境界≫、その最も近くの関所だ。古代王国レティカの崩壊後、太陽の力と、月の力と、魔法とを縒り合わせて作られた≪大境界≫は、内陸と東方諸国とを厳然と分け、月の聖者にも太陽の聖者にも魔法使いにも、越えることはできない。適した通行手形を持たない二人は、どうしても、関所を破って渡らなければならない。
 日は徐々に傾いて、やがて西の空に沈んだ。あたりが闇に染まったところで、主従は休息することにした。すでに追手はかかっていようが、移動できないのは追手も同じだ。

(逃避行)(06)

 実り月13日。ユリア姫の誕生日。
 その日は朝からよく晴れていた。他の王族の誕生日と同じように、城下では、おふれ係が、祝いの言葉をふれまわりながら、菓子を配って歩いた。城中も城下も、お祭り気分で浮き立っていた――海に目を向けた者だけは、いつもと違う紫色にぎょっとしたが、すぐ、聖王家の祝典の日であれば常にないことも起こるだろう、くらいに考えて、むしろ得心できた思いで、胸騒ぎを忘れてしまうのだった。
 宴は昼からだった。ゼラルドも盛装した。白地に銀と紫を配した服を身に着け、まぶたに薄く群青色の粉を乗せ、青紫の耳飾りを付ける。身支度さえ整えてしまえば、今朝は他に何の予定も入っておらず、主従は旅の準備に専念することができた。
 午後になり、ゼラルドが祝宴の広間に足を運ぶと、ユリアは、この日のためにあつらえた、白と紫のふんわりしたドレスを着て、にこにこと上機嫌で義兄を待っていた。
「とても綺麗だね、ユリア」
と、ゼラルドは微かに笑みを浮かべて言った。お世辞ではなく、本当によく似合っていた。
「ありがとうございます、お兄さま」
と、ユリアは答えて、ぽっと頬を染めた。ゼラルドは穏やかに続けた。
「今日は、訪れる人たちの声をよく聞いてあげなさい。ぼくも、ずっとそばにいるから」
「はい!」
 嬉しそうに答えたユリアは、自分が軽い暗示にかけられたことに気づいていなかった。「ずっとそばにいるから」――その言葉が嘘だったと彼女が気付くのは、夜、来賓の対応をすべて終え、踊ろうとして義兄を探したときのこととなった。

 実際には、ゼラルドはほんのひとときを広間で過ごしただけだった。彼が退出しても、引き止める者は誰もいなかった。ゼラルドとリオンは旅装に着替え、ひっそりと城を出た。
 国境へと跳ぶ前に、主従は太陽の塔に立ち寄った。祝宴のために人の出払った塔では、かつて王女の呪詛を受けながらゼラルドに救われたギースが、ひとりで留守居をしていた。もともと、太陽の塔は月の塔に比べて、抱えている聖者の数が少なく、訪れる者も少ない。誰かひとりに留守を任せるにあたり、志願したギースがそのまま指名されたのだ。
「お待ちしておりました、ゼラルド様」
「ギース。そなたを巻き込んですまない」
「お気遣いは無用です、わが君。必要なことを、速やかに済ませましょう」
 いくつかの手続きが粛々と実行され、ギースは厳かに述べて儀式を締めくくった。
「ゼラルド・ルイーラ・ルーズヴェルン。汝に、新たなる名を与える。汝の称号は、本日この時点より、ルインドゥーラとなる」
 それは、≪月の力≫と≪太陽の力≫を共に操るゼラルドに、真の名を与える儀式だった。
 ゼラルド・ルインドゥーラ・ルーズヴェルン。それが王子の、新しい真の名となった。

次回、すこし間が空くかも…。

(逃避行)(05)

 去るべきはユリア姫であって、王子ではない! ――と、リオンは主張したが、王子の心は決まっているようだった。王子は、何かを諦めたかのように、力なく笑って言った。
「では、言い方を変えよう。私はもう、ここに自分の生きる場所を見出せなくなったのだ。積み上げられる屍の上に立ち、あるいは自らも生ける屍となり、あるいは追い詰められて妹を弑する算段を迫られる、そのような境遇が嫌になったのだ。守るべき国と民を捨てて逃げる私を、そなたは、それでも主と呼ぶのか」
 何かがまだ隠されている・・・と、リオンには思われた。常ならば、主は決して、「捨てて逃げる」ことを良しとする人物ではなかった。それでも選ぶなら、何か理由があるのだ。
 とはいえ、吐露された心情もまた真実に違いなかった。リオンは跪き、穏やかに言った。
「鳥籠の鳥ですら、自由を求めて自ら扉を開けるのです。まして、尊い御身が新しい世界を求めることを、誰が責められましょう。どこまででも、お供させていただきます」
 ゼラルドは驚いたようだった。しばらくリオンを見つめていたが、ふいと横を向いて、「そなたは愚かだ」とつぶやいた。そして、もう、従者の任を解くとは言わなかった。

 秋になれば、ユリア姫の誕生日がある。王女は頭は良いのだが、ちやほやされるのが大好きだ。宴の主役となる当日は、細かいことにまで気が回るまい。義兄を見張る目にも隙ができるだろう。その日に発とう、と主従は決断していた。幸か不幸か、ゼラルドは厄災を呼ぶ者として、人々から恐れられている。長く場を外していても、ユリア以外の者たちは、その不在を喜んで黙認することだろう。
 日々は確実に過ぎていった。いよいよ王女の誕生日を明日に控えて、宴の準備でみな忙しくしている昼下がり、ゼラルドは一人で城を抜け出し、誰もいない浜辺を歩いた。立ち止まり、潮風に吹かれながら海原を眺めれば、穏やかな海は、いつか見た紫色に染まっていた。ゼラルドは、海に向かって、ひとり静かに話しかけた。
「今まで、見守ってくれてありがとう。明日、ぼくは、ここを発つ」
 そのまま、しばし佇んでいると、足元に波が打ち寄せて、何かを残して行った。拾い上げれば、それは、見事な細工を施した鞘におさまった、ひとふりの剣だった。金色の鞘から刃を引き抜くと、刀身までもが金で出来ており、もしゼラルドが剣士であれば、役に立たないと言って打ち捨てたかもしれなかった、が、彼は術者だった。術式の力を増幅させるのに、ちょうど良さそうな剣。なぜか、他の誰かの失せ物だとは思わなかった。
「これを・・・ぼくに?」
と、ゼラルドは独り言のようにつぶやいた。海は何も答えない。波が寄せては引くばかり。
「ありがとう。大切にする」
 持ち帰って従者に見せてみると、不思議なことに、リオンにはその剣が抜けないのだった。自分のための剣なのだと、ゼラルドは改めて理解した。初めて、目に見えぬ何者かが、自分の選択を後押ししてくれた気がした。
 そして、夜は明けて――、その日が、来たのだった。

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