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ひとこと通信欄

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夜を越えて【トーナメント参加用】

 ルークが町の酒場で一杯やりながら情報収集を終え、そろそろ宿に引き揚げようかと考えていたとき、店の入り口から、音もなく入って来た人影があった。黒いマントに身を包み、フードを目深にかぶったその客は、気配というものをほとんど感じさせないまま、ひっそりと、隅のテーブルの、隅の席に座った。気付いたのは、それこそルークくらいのものだった。
 うん?とルークは瞬きをした。それから、黒ずくめの客のテーブルまで歩いて行って、その隣に座った。フードの中をちらりと覗き込んで、
「やっぱり君か。どうしたんだい、珍しい」
「ルークか。そういえば――」
 黒髪の若者は静かな声で応じて、
「たしか君は――以前、ぼくが占いで生計を立てられるどうか、疑わしそうにしていたね」
「そうだったか? まあ、そうかもしれないな」
「試してみよう」
 ゼラルドは一組の聖札を取り出して、テーブルの上にするすると手を滑らせた。と見るや、テーブルの上には白い札が整然と並べられていた。一般的な遊興用のカードより小さく、厚みから考えれば高級な紙でできているに違いないのだが、見た目はまるで骨に模様を彫り込んだような質感だ。
 そのまま、ゼラルドは客を引くでもなく、フードをかぶって座ったまま静かに待った。ルークも邪魔をせずに、テーブルに肘をついて見守った。酒を飲みに入れ替わり立ち代わり訪れる客は、たいていゼラルドには注意を払わなかったが、中には「占い師か」と気付いて足を止める者もおり、そうした客は小銭を差し出して、恋人への求婚の是非や、引越しの吉日等の占いを希望した。ゼラルドはその都度、札をさらりと並べ替え、なでるようにして何枚かをめくっては、「うまく行くだろうが、急いだほうが良い」とか、「半月待ったほうが厄介事を避けられる」などと告げた。
 そのうちに、テーブルの近くを通りかかった一人の男が、はっとした様子で足を止め、卓上に並んでいるカードを見つめ、数え始めた。
「1、2、3・・・縦に13枚。1、2、3・・・横にも13枚。あんた、もうしばらくここにいてくれるか。俺はいったん家に帰るが、すぐに戻って来るからよ」
 ゼラルドが無言でうなずくと、男は店を飛び出して行き、言ったとおりすぐに戻って来て、人目をはばかりながら、どさりと皮袋をテーブルに置いた。
「死んだひいばあさんが、よく言ってた。もし、カードを縦に13枚、横に13枚並べている占い師がいたら、そいつには何でも視えるんだって。なあ、俺があんたに何を占ってもらいたいか、あんたに分かるか」
 ゼラルドは札を並べなおして、何枚かをめくり、つぶやくように答えた。
「妻の病気を治す方法・・・か」
「そう、そうなんだ! この袋に、俺の全財産が入ってる。どうかこれで。どうかこれで・・・」
 皮袋を押し付けて来ようとする男を、ゼラルドは手で制した。
「すまないが、私は医師でもないし<癒し手>でもない。細君の病気は気の毒だが、その金子は医師の診療と薬の代金に充てたほうがよかろう」
「薬なら飲ませてみたが、バカ高いだけで、ちっとも効きやしない。医者には匙を投げられた。いいから、まず受け取ってくれ。そして、あんたに出来る限りのことをしてくれ。金ならまた稼ぐからいいんだ。俺はあんたに賭ける。さあ」
 半ば無理やり渡された皮袋を、ゼラルドは仕方なさそうに受け取った。それから、
「では、出来る限りのことをしよう。しばらく静かに」
と言って、並んだ札をあれこれ開いたり伏せたり混ぜたりしていたが、やがてマントの下から小さな水晶の棒を取り出して、何かつぶやきながら一枚のカードの上にかざした。水晶の棒には、何か細かい模様が彫り込んであったが、ゼラルドがすうっと棒を横に動かすと、なぜか中心からポキリと折れた。ゼラルドは二本目の水晶棒を取り出して、同じことをした。今度は棒は折れなかったが、動かし終わったときには彫り込まれた模様が消え、表面がつるりとなっていた。ゼラルドは三本目を取り出した。今度は、動かし終わっても特に変化はなく、細かい模様もそのまま残った。
 ゼラルドは紫色の小さな布を取り出して、この三本目の水晶棒を包んだ。
「手を」
 男が神妙に出した手の上に、ゼラルドは包みを乗せた。
「家に着いたら、包みを開け、中の御守りを細君に持たせたまえ。病が癒えるまでにはしばらくかかろうが、いずれ快復するだろう」
「ありがたい」
 男は疑う様子もなく、頭を下げて包みを押しいただき、大事そうに懐にしまうと、
「さっそく帰って、女房に渡すよ。恩に着る」
 何度も何度も頭を下げながら、店を出て行った。
 ゼラルドはテーブルの上をなでるようにして聖札を回収した。
「ルーク、ぼくたちも出よう。今夜の商いは終了だ」
「なけなしの全財産を、受け取ってしまって良かったのか」
 ルークの問いに、ゼラルドは軽くうなずいた。皮袋を開けないままルークに渡した。
「受け取らねば、かえって疑われただろう。大丈夫、彼の妻はこの処置で治る」
「君は立派に商いができたわけだ。驚いたな」
「伝わるところには伝わっているからね。聖札169枚、すべて使うのは本物の術者だと」
「金・銀・銅貨と・・・これは」
 ルークは皮袋の中を覗いて、小さな宝飾品を取り出し、
「片方だけの耳飾りだ」
「・・・祈りの力を感じる」
 ゼラルドが差し出した手に、ルークは紅色の耳飾りを乗せた。
「・・・対になる飾りを持った者が助けを求めている」
 ゼラルドは言って、ルークを振り返った。
「聖者のことわりでは、これは偶然でなく必然だ。応じなければならない。君は先に」
「一緒に行くさ」
 金髪の若者は笑って、皮袋をゼラルドに返した。
 ゼラルドは受け取って、うなずいた。ルークの腕に軽く触れて、
「呼んでいる者のところまで跳ぶ」
 言った次の瞬間、二人の姿はその場から消えた。気付いたものはおらず、酒場にはいつもの喧騒が残された。

 ルークとゼラルドは、静かな夜の闇の中、何やら石造りの建物の中に、ふわりと降り立った。壁石の隙間から、かすかに月光が差し込んでいる。
 よくよく耳を澄ませば、ささやくような女の声が、ずっと同じ言葉を繰り返しているのが聞こえた。曰く、
「慈愛深き月の女神よ、わが祈りを聞き届け給え。願わくば御使いを遣わせしめて、汝が信徒を邪神の手から救い出し給え・・・」
 祈りの言葉を聞き取って、ルークが面白そうにつぶやく。
「ぼくたちは月の女神の御使いなのか?」
「そうなのだろう」
と、真顔でゼラルドが応じた。そのやり取りが聞こえたのか、祈りの声は途切れて、
「・・・誰? 誰かそこにいるの?」
 震える声が問うた。すぐ近くだ。声のするほうに数歩歩けば、そこに牢があった。牢の中には、明り取りの窓の下、月光に照らされて、一人の若い娘が床に座り込んでいた。娘は二人を見て何か叫ぼうとしたが、ルークが素早く、
「静かに! 俺たちは敵じゃない」
 言葉をかけると、かろうじて声をのみこんだ。よく見ると、右耳にだけ、紅い耳飾りを嵌めている。
 床には、聖札が13枚ずつ2段並べられており、うち2枚のカードが表を向いていた。ゼラルドがちらりと見て、
「祈り届けば、救いの手、来たりなん」
 無表情に読み上げると、娘ははっとゼラルドを振り仰ぎ、うなずいて、
「何度やっても、そうとしか出なかったから・・・」
 かすれた言葉の終わりは、か細く消えてしまった。ゼラルドは首をかしげて、
「何度やっても? まあいい、まずは、これを返そう」
「あ・・・あたしの・・・」
 鉄格子の隙間から、娘は耳飾りを受け取って、左耳に嵌めた。
「どこかで失くしたと思ってた・・・。ありがとう」
「それで、君の望みは何なのだろう。見張りはいないようだが、牢から出せばいいのかな」
「それもあるけど。それだけじゃないわ・・・」
 娘はゆるゆると首を振った。
「できることなら、あたしを捕まえた狂信者たちを、何とかしてほしいの。そうでなければ、また誰かがさらわれて、殺されてしまう。彼らの神を、よみがえらせるために」
「滅びた神が生贄を得て復活するというのか。もし本当なら、邪神に間違いないが」
 ゼラルドは眉をひそめ、娘はうなずいた。
「百の贄をささげる、と言っていたわ。あと少しだ、とも。明日、日が昇ったら、あたしは祭壇に引き出されて、殺されて、荒ぶる神に喰われるのだと聞かされたわ・・・」
「・・・とすると、贄を逃がせば儀式も中止になり、大元を絶てなくなってしまう」
 ゼラルドは考え込んだ。娘はその様子をじっと見ていたが、
「必ず、助けてくれる・・・?」
「ああ」
「じゃあ、あたし、儀式まで捕まったままでいるわ・・・」
 それまで壁にもたれて黙っていたルークが、驚いたように体を起こした。
「いいのか?」
「あたしは巫女なの・・・。祈り届けば、救いの手、来たりなん。あなたたちを信じるわ」
「では、いくつか確認させてもらおう」
と、ゼラルドは静かに話を進めた。
「狂信者たちは何人くらいいて、どのような格好をしているか、わかるかな」
「あたしが見たのは、10人くらいだったわ・・・。リーダー以外はあまりしゃべらなくて、全員、黒いマントを着ているの・・・あなたみたいに」
 巫女はゼラルドの服装を指した。ゼラルドは少し戸惑ったようだったが、
「それなら紛れ込めるかもしれない」
 ひとりごとのように言いながら、自分の聖札を取り出し、手の中で混ぜて、何枚かをめくった。めくったカードを見ながら、ふと首をかしげ、もう一度カードを切りなおして数枚めくった後、顔を上げて、告げた。
「その10人は、おそらく教団の中心となる構成員だ。そして、明日の儀式には、さらに30人ほどが集まるだろうが、その30人は、実のところ30体、全て屍だ。指導者の意のままに動くように術をかけられている」
 巫女は驚いたようにゼラルドを見上げた。
「そうなの・・・? そんなことまでわかるの・・・? 札を並べてすらいないのに・・・」
 ゼラルドは意に介した様子もなく、
「君は、捕まったとき、血の一滴か、髪ひとすじを、奪われなかったか」
「髪を抜かれたわ・・・」
「では、ぼくにも一本くれるかな。術者が君を操るのを阻止する」
 巫女は長い髪を一本抜いて、ゼラルドに渡した。ゼラルドは、いくつか嵌めている指輪のひとつを外して、受け取った髪の毛を巻き付け、また指に戻した。
 ルークが手を挙げて尋ねた。
「戦闘になったとき、その30人だか40人だかの中に君が紛れ込んでいたら、どうやって見分ければいいんだ?」
 ゼラルドは、自分の着ているマントのすそをつまんで、軽く振った。すると、黒ずくめだった彼の服装は、マントの中まで、一瞬で白ずくめになった。
「紛れる必要がなくなったら、こうする。これなら区別がつくだろう」
 返答を待たずに、また同じ仕草をして、黒ずくめに戻る。ルークが半ばあきれたように、
「手妻のようだな」
と言えば、
「似たようなものだ」
と、ゼラルドは冷ややかに応じた。
 さらにいくつかのことを打ち合わせてから、ルークとゼラルドは、見回れる範囲を簡単に見回って、そのあとは朝まで休憩を取った。気がつけば、巫女の娘も、安心したのだろう、牢の中で横になって、すやすやと眠っていた。
 そして、夜が明けた――。

 まだ陽光の微かな早朝の薄闇の中。フードをかぶった黒マントの群れが、さわさわと石牢を訪れて、無言で巫女の娘を引っ立てた。娘は後ろ手に縛られて、うなだれて牢を出た。
 少し離れて隠れていたルークとゼラルドは、視線を合わせて軽くうなずき、ゼラルドはフードを目深におろして一団に紛れ込んだ。教団の指導者が姿を現すまでは、感づかれないよう、術は使わないと決めてあった。
 そうして、ルークが物陰に隠れながら後を追って行くと、なるほど、昨夜ゼラルドが予見したとおり、さらに多数の黒マントの群れが現れた。新しい一団は皆、ずるり、ぺたり、ずるり、ぺたり、と歩いた。そう、それらは命なく、術をかけられた屍人なのだった。
 黒マントたちは、合流したかと思うと、また、ふたつの集団に分かれた。それぞれ、生きている者の半分が、屍人の半分を従える構成のようだ。片方の集団は、巫女を連れ、祭壇を目指して神殿奥へ進んでいく。もう片方の集団は、階段で上の階に向かっている。
 ルークは、巫女のいる集団をゼラルドに任せ、自分はもう片方の集団を追って階段を上った。全体を大きく二分したからには、こちらの集団にも何かの役割があるはずだ。儀式の阻止と、指導者の排除という目的を達成するためには、その役割を果たさせてはならないだろう。
 階段の上は行き止まりの廊下だったはずだが・・・と、前の晩に確かめた構造を思い起こしながら後をつけていくと、その廊下の突き当りで、黒マントたちはいくつかの壁石を押し込み、先に続く道をひらいた。隠し通路だ。ルークはためらわず、最後のひとりに続いて自分も通路を通った。
 通り抜けた先は、石造りの広間だった。天井と壁の一部が壊れて瓦礫の山ができているため、ルークの姿は集団から隠されている。広間の真ん中では、黒マント5人が外向きに輪になって座り、目を閉じ、手をつないで、詠唱を始めていた。
「よみがえれ、荒ぶる神。帰り来たれ、われらが神・・・」
 屍人たちも、5人を取り巻くように座って、輪を形づくる。つめたい体は、ゆらゆらと前後左右に揺れている。
「よみがえれ、荒ぶる神。帰り来たれ、われらが神・・・」
 5人の詠唱は徐々に熱を帯びた。
「帰り来たれ、われらが神・・・ここに、われらが信仰の証を捧ぐ・・・」
 5人の黒マントのうちの一人が、ひれ伏すように頭を低くし、その傍らで、屍人が立ち上がり、剣を振り上げた。
 自ら首を刎ねられる気か! ぞわりと背筋に寒気を感じながら、ルークは反射的に飛び出して、剣を持った屍人に切りつけた。ずぶりと屍肉を切った傷はジュッと音を立て、屍人はどうと倒れて動かなくなった。
 しかし、この場ではルークのほうが邪魔者だった。ひれ伏していた黒マントは、体を起こし、敵意を剥き出しにした。
「何者だ! 儀式を妨げる奴め」
「その儀式に何の意味がある。自らの命を失えば、得るものは何もない」
「われらの神が蘇れば、われらには新しい永遠の命が与えられるのだ。邪魔をするな!」
 5人は詠唱をやめ、互いに手を放して立ち上がり、剣を抜き放った――おそらくは今まで幾多の贄の血を吸ってきた剣を。屍人たちにも号令をかけた。
「しもべたちよ、あの者を倒せ!」
 屍人たちは、のろのろと立ち上がって、これも全員が何らかの武器を抜き放った。
 ルークは剣を構えた。階下に異常を知られてはならない。こうなってしまったからには、できる限り速やかに戦闘を終わらせる必要がある。
 朝日の差し込み始めた広間に、金色の刃が風となって走った。
 広間に立っているのは、ルークひとりになった。
 ルークは剣を振って血糊を払うと、広間を横切った。続きの間の床は大きく崩れている。ルークは床に膝をつき、階下の様子を窺った。

 一方、囚われの巫女を引き連れた黒マントの一団は、もう半分の集団と分かれたあと、神殿の最深部、祭壇のある大広間へと進入していた。ゼラルドは、気配を消して屍人の群れの中に身をひそめながら、あたりの様子を注意深く観察した。頭上から、かすかに祈りの声が聞こえて来るのは、もうひとつの集団が上の階で、補助となる儀式を始めたものと思われた。
 先導する5人の黒マントの指示で、一同は立ち止まり、石床に膝をついた。5人は深く頭を垂れ、呼ばわった。
「われらが指導者よ、おでましあれ! おでましあれ!」
 屍人たちは頭を下げなかったので、ゼラルドは屍人に紛れ、フードの陰からそっと様子を見ることができた。すぐに、幹部5人の目の前の空間がゆらゆらと揺らいで、人の形を作った。教団の指導者が、離れた場所から転移して来たのだ。この気配からして、月の聖者か。
 指導者は、黒っぽい服の上に、やはり黒いマントを羽織っていたが、フードはかぶらず、白い肌、黒い髪、黒い瞳をあらわにしていた。ゼラルドは複雑な思いがした。もしや、故国を同じくする者ではないのか・・・。
「つとめ、大儀である」
と、指導者は独特の抑揚で、ひれ伏す幹部たちに言葉をかけた。それから、
「月の女神の巫女よ、祭壇に進み給え。前座の儀式が済み次第、百人目の贄として、その喉を切り開くゆえ」
 巫女は引っ立てられ、背を押されて、よろめきながら祭壇に向かって歩き出した。
 ゼラルドは静かに言った。
「巫女よ、その必要はない」
 巫女は立ち止まった。指導者はさっと振り返って屍人の群れを見渡した。発言者を特定できないまま、指導者がもう一度巫女のほうを振り返ったときには、ゼラルドはすでに巫女の傍らにおり、懐剣で、彼女の腕の戒めを切ってやっていた。
 指導者は声を荒げた。
「巫女よ、その刃を奪い、その者を刺し殺せ。命令である。逆らうことはできないはずだ」
 聞いてゼラルドは冷笑し、巫女の腕に軽く触れて、一言、二言、何かつぶやいた。巫女の足元に銀色の輪がパッと広がったかと思うと、まもなく巫女の姿はかき消えた。
 指導者は、しばし唖然となったが、はっと気を取り直すと、
「貴様、月の聖者か。よくも、特別な贄を逃がしてくれたな。こうなれば、巫女の代わりに、貴様を贄としてやろう。皆の者、奴を確保せよ!」
 幹部5人と屍人たちは、すぐさま立ち上がり、武器を抜いて指示に従おうとした、が、ゼラルドのほうが対応は早かった。彼がさっと手を振れば、大きな弧を描く銀色の光が一同の身体を通り抜け、幹部たちは痺れた体を抱えてうずくまり、屍人たちは糸の切れた人形のように、床に崩れ落ちて動かなくなった。
 ともかく指導者を捕えなければならない。もはや他の者には注意を払わず、指導者に向きなおったゼラルドは、しかし、予期せぬ光景を見ることになった。
 指導者は、この不利な状況の中、逃げ出すでもなく、襲いかかって来るでもなく、いつのまにか祭壇の前に立ち、叫んでいた。
「わが神よ! 我を贄として捧げ奉る! 甦り給え!」
 そして、自らの喉を掻き切って祭壇の上に倒れ伏した。ほとばしる血が祭壇を染めた。
 いけない。聖者の血を供物として捧げては・・・!
 祭壇の上に流れ出たおびただしい血は、すぐにブクブクと泡立ち始めた。何か、ひどく良くないものが、血の海の中に蘇ろうとしていた――おそらくは、いにしえの悪しき神が。
 神。だとしたら、人の子がその復活を阻むことなど、できるものだろうか?
 祭壇から、にゅっと緑色の巨大な腕が突き出され、こぶしを開いた。人の胴回りほどもある太い腕の先は、指が7本生えた巨大な手だった。腕は祭壇の外へと伸び、広間の床にバシンと手をついた。同様に、もう一本の巨大な腕が現れて、これもまた広間の床に手をついた。両の手で体を支えながら、こちら側に出て来るつもりなのだ。
 距離をとって身構えたゼラルドの目の前で、しかし、2本の腕はドロドロと溶け落ちた。地の底から響く声が、呻いた。
≪足リヌ・・・。足リヌ・・・。モット寄越セ・・・≫
 そうか、贄の数が足りていないのだ。不完全な神――。
 ならば復活を阻むこともできるかもしれない、とゼラルドは決意を固めた。そもそも、聖なる国の王家に生まれ、太陽の神からも月の神からも最大限の恩恵を受けている自分が為さなければ、いったい他の誰が邪神の復活を阻めるというのだ。
 祭壇から突き出された新しい腕に、ゼラルドは銀色に輝く光の刃を放った。光は巨大な腕を通り抜けたが、腕は何の反応も見せず、祭壇の外にバシンと手をついた。ゼラルドは術を切り替え、次には金色に輝く光の刃を放った。今度は、光が通り抜けたあと、腕は少し怯んで、祭壇の外に出した手をひっこめかけたが、結局ひっこめずに、手をつきなおしただけだった。
 なるほど、とゼラルドは冷静に分析し、レティカの宝剣を抜き放って、その黄金の刀身に、太陽の力をいっぱいに溜めた。恐れずに踏み込んで緑色の手首を薙ぎ払えば、邪神の手首はジュウと音を立てて切り落とされ、残った腕部はくねりながら祭壇の中に戻って行こうとする、そこへゼラルドは追いすがり、宝剣によって腕を祭壇に縫い止めた。腕はシュウシュウと音を立てながら、干からびて行く・・・。
 祭壇に倒れ伏していた教団指導者が、急に体を起こした。喉元はぱっくりと裂けており、もはや流れ出る血も残っておらず、とても生きているとは思えない。宝剣を放して跳びすさったゼラルドを、指導者は濁った眼で見て、口を開いた。言葉など出るはずがないのに、聞こえた。
≪寄越セ・・・オマエノ血・・・≫
 邪神に死体を乗っ取られている! ゼラルドが金色の光の刃を放つと、指導者はぶるぶると震えたが、おかまいなしに歩み寄って来る。ゼラルドは目の端で祭壇の宝剣を確認した。まだ邪神の本体は散り切っていない。あの剣を引き戻すわけにはいかない。
 もう一本、宝剣があれば。そう思ったとき、ゼラルドはルークのことを思い出した。ルークは宝剣を持っている。そういえば目印として服を白くするのだった、と、今さらながら全身を白に変えながら、階上の様子に耳を澄ますと、さっきまで聞こえていた祈りの声が聞こえない。階上の儀式はどうなった?
 襲い来る指導者から逃れ、術の力を借りて大きく跳躍し、広間に積まれた瓦礫の山の上に軽やかに降り立ったゼラルドに向かい、指導者は口を大きく開き、その口の中がボウッと光り始めた。攻撃の光を吐くつもりだ。ゼラルドがもう一度跳躍しようと身構えたとき。
 凛とした声が、遥か頭上から降った。
「ゼル、使え!」
 その言葉とともに、目の前の瓦礫に、レティカの宝剣が突き刺さった。ルークの剣だ。
 ゼラルドは宝剣を引き抜いた。ただちに、その刃に太陽の力を満たし、指導者に向かって跳んだ。朝日の中に、純白のマントがひるがえる。金色の刃が指導者を切り下ろした。
≪ギィィィィィ・・・!≫
 指導者の体は真っ二つになり、灰となって散った。
 今度こそ、終わり、だった。

 教団幹部の10人は、いずれも、簡単には動けないくらいのダメージを負っていたが、命まで奪われてはいなかった。
「生贄を捧げる儀式を邪魔するのに、生贄を斬り捨てるわけにもいかないだろ」
とルークが言ったのは、まさしくその通りで、ゼラルドが幹部らから聞き出したところによれば、百の贄まではあと6人だったらしい。つまり、幹部1グループの命を奪っていたら、巫女の代わりに指導者が死んだ後、蘇るのは完全なる神だったかもしれないわけだ。
 傷ついた幹部たちは一ヶ所に集められた。儀式が失敗し、指導者を失って、彼らは呻きながら「永遠の命が・・・不老不死の体が・・・」と繰り返していたが、ルークはおかまいなしに、彼らを適当に縛り上げた。
「で、俺たちは帰るけど」
と、ルークは巫女に言った。
「君は一人で街まで行けるか? うん、それじゃ、街まで行って、あいつらのことは衛兵か自警団に回収してもらえよ」
「そうするわ・・・」
 また、ゼラルドのほうは、
「協力してくれた礼というわけでもないが、これをあげよう」
 紙帯で封がされている一組の聖札を巫女に手渡した。淡々と、
「神殿用の26枚で何度占っても同じ結果になるなら、さらに数段並べて読める力があるはずだ。試してみるといい」
「・・・あなたは、何段並べるの?」
「13段」
「全部・・・。それは、世界のすべてが視えるってこと・・・?」
「さあ、どうかな」
 興味がなさそうに言って、ゼラルドはルークの腕に軽く触れた。ルークは人懐こい笑みを浮かべて、別れの挨拶を口にした。
「じゃあな!」
「さよなら。ありがとう・・・」
 巫女はぺこりと頭を下げ、再び頭を上げたときには、もう二人連れはいなくなっていたのだった。

 眠っている妻に水晶の御守りを握らせて、いつのまにか自分もベッドの傍らで椅子にかけたまま眠ってしまっていた男は、背後でガタンと音がしたため、はっと目が覚めた。目の前のベッドは空になっていて、シーツの上に、御守りだけが残されていた。
 うしろを振り向くと、台所で、妻がテーブルに手をついて体を支えていた。寝たきりになって久しい妻が、一人でそこまで歩いたのは何ヶ月ぶりのことか、すぐには思い出せなかった。驚いている男に向かって、妻は恥ずかしそうに笑った。
「起こしちゃった? ごめんね、あたし、おなかがすいちゃって」
「今すぐ粥を煮る! 寝てろ、寝てろ」
 妻をベッドに戻して御守りを握らせ、自分が台所に立ちながら、男の表情はおのずと明るくなった。昨夜まで妻の上を覆っていた暗い死の影は消え去っていた。やつれてはいても、笑みに力があり、食欲も戻り、動こうという気力がある。病は峠を越えたのだ。
 偶然のわけがなかった。男は、不思議な占い師と、ずいぶん前に他界した曾祖母に感謝した。自らも相当の占い師だった曾祖母は、いつも言っていた。13列13段のカードを使う術者には、世界のすべてが視えるだろう、と。そして、本当に困ったときに、もしそのような人物に出会うことが叶ったら、全財産と、これを渡しなさいと言って、紅色の耳飾りをひとつ――なぜかひとつだけ――、遺してくれたのだった。

「ところで」
と、遅い朝食を共にしながら、不意にゼラルドが言った。
「うん?」
「剣を投げてくれたとき、君は、ぼくを何と呼んだ?」
「覚えてないけど、君の名前だろ?」
と、ルークは困惑気味に応じた。
「そうか。覚えていないなら別に――」
「ゼラルドとか、ゼルとかさ。呼び間違えたりはしないと思うぜ」
「・・・」
 そうして、その話は、それきりになった。

(完)

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独立して読めそうな作品を選び、元は連載記事だったものを1つにまとめてみました。

約10,280字。

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