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  • (2017/4/29朝) そして、3月に続いて4月もまた、溶けるようにして消え去って行くのであった…。

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2015年7月

誕生日の姫君(02)

 日の沈む頃、戻って来たセレンが馬から下りると、外にいたフィリシアが駆け寄って来た。
「おかえりなさい、セレン!」
「ただいま、お姫様」
 セレンは、にこ、と笑って、
「おみやげがあるよ。いや、これといって特別なものは無かったのだけれど・・・、でも、本当に何も無いよりはマシかと思って」
 荷袋から、大きめのビン詰めをふたつ取り出した。青い髪の姫君は、セレンが差し出したビンを、代わる代わる覗き込み、ぱあっと明るい表情になった。
「干した果物と、木の実の蜂蜜漬け。ありがとう! わたし、両方とも大好き!」
「良かった。たいしたものではないけれど、ぼくたちからの、誕生日のお祝い」
「ありがとう! 明日、みんなでいただきましょう。それに、これだけあるなら、たぶん・・・、わたし、おかみさんに相談してみる」
 ビンを受け取ろうとするフィリシアに、セレンは笑って、重いから自分が運ぼうと言った。フィリシアは素直に受け入れて、嬉しそうに、先に立って宿の台所へと向かった。
 もちろん、セレンとしては、贈りものをこれだけしか用意できなかったのは、不本意きわまりなかったのだ。だが、喜んでもらえたのだから、まあいいか、と、言われるまま台所にビンを置いて引き上げ、もう一度外に出て友人の姿を探して歩き回ってみると、フルートとゼラルドは村はずれにいて、牛たちが草をはむのを眺めながら、何事か話していた。セレンは少し呆れながら、歩み寄った。
「君たちは、姫君を放りだして、のんびり何をしているんだい」
「おかえり。それは違うぞ。さっきまでフィリシアもここにいた。君が帰って来るのが見えたから走って行った。置いていかれたのは、ぼくたちのほうだ」
 フルートは弁明してから、いたずらっぽく笑った。
「ぼくたちの親愛なるフィリシア姫は、明朝は早起きして、牛の世話を手伝うそうだよ」
 セレンは、聞き違えたのかと思って、聞き返した。
「・・・牛の世話?」
「乳絞りが得意だと言っていた。不思議なお姫様だ」
 聞き違いではなかった。そうだね、と曖昧に同意して、セレンは自分の任務の首尾を報告した。ひとまず、姫君への贈りものは完了だ。
「明日、何も起こらなければいいけれど」
 心配するセレンに、フルートも、真面目な顔で応じた。
「フィリシアは日の出とともに起床すると言っていたから、ぼくたちとしては見張りやすい。無事に過ぎることを祈ろう」
 若者たちの胸は、おのずと似通った祈りを抱いた。願わくば、姫君が心穏やかに、明日という日を一日楽しく過ごせますように。

誕生日の姫君(01)

 北の国で滅びた、かの恐ろしき魔女の残した呪いによれば、大国クルシュタインに生まれた王女フィリシアは、長じてのち、「自分の国の、自分の城で、気がふれて死ぬ」ことになっていた。
 そして、王女は自ら、その呪いを解くために祖国を離れ、仲間たち――騎士たちと言い換えることもできそうだが――とともに、聖泉<真実の鏡>を目指しているのだった。
 呪いは次の誕生日に発動するのだと、両親から聞かされていた。「自分の国の、自分の城」を離れて、はや幾月かが過ぎ去っていたが、初夏、いよいよ問題の誕生日を迎えるにあたって、胸がざわざわして落ち着かないのは、さすがに仕方のないことだった。

 旅の一行は、間違ってもフィリシア姫にとって「自分の国」に当たらないような、歴史上クルシュタインと縁の薄い国を選んで旅程を組んでいた。とはいえ、じきに訪れるフィリシアの誕生日当日については、何が起こるか分からないので、人の少ない、のどかな村の小さな宿屋で過ごすことにしていた。
 本来なら、国をあげての祝宴が催されてしかるべき誕生日を、このような片田舎で迎えなければならない姫君のことを、仲間たちは不憫に思っていた。だが、青い髪の姫君は努めて、表面上はいつもと変わらぬ朗らかさで日々を過ごしていたから、仲間たちも普段どおりに振舞うことにしていたのだった。

「それでも、せめて、何かお祝いの品を調達するとか、お菓子を取り寄せるとか・・・」
と、フィリシアが側にいないときにセレンが未練がましく言い出したのは、姫君の誕生日の前日だった。
 居合わせたフルートは、困った顔をした。彼としても、考えないわけではなかったのだが、ゆっくり準備する時間も無いまま移動を続けて、今日という日まで来てしまったのだ。言葉に出しては、こう言った。
「贈りものに思いつく大抵のものは、大荷物になるし、いまさら間に合わない。小さな宝飾品にしても、めったに使わない今の境遇では、やはり邪魔ではないのか」
「それは、そうなんだけれど・・・」
と、セレンは悩みながら、
「似合いそうな宝飾品なら、いくらでも思いつくのにな。色とりどりの宝石を連ねた首飾りとか。ころんとした丸い形の・・・違うな、少し平たく細工してあるほうが首に沿うよね」
 脱線しかけて、友人を余計に困惑させていることに気付き、苦笑して締めくくった。
「そうしたら、せめて何か甘いものでもないか、一番近い町まで行って来るよ」
「ぼくも行く」
「いや。彼女も本当は心細いのだと思うから、君は、ついていてあげたらいいと思うよ」
 そう言って、セレンは馬を引き出して、隣の町まで出かけて行った。

予告:「誕生日の姫君」 & 小冊子完成

お待たせしました~。
フィリシアにかけられた呪いが発動するとされる、やや緊張をはらんだ誕生日のお話です。
「お祝いはしたの?」とか、「自国から離れてるから、何も起こらなかったよね?」とか、
そのへんのことを明らかにするお話です。
全3回か4回になると思います。
あさって火曜の夜にスタート予定です。(予定が狂ったらごめんなさいsweat01

***

別件でお知らせ。
「風に揺れる花の中で」の小冊子、できあがりました。すべすべで綺麗ですheart
若干の余裕があるので、送付希望の方はコメント欄にその旨を書いて、「メールアドレス欄」に連絡先メールアドレスを入れてください(Web上には公開されません)。
※冊子(A5サイズ)は無料ですが、封筒と郵送料はご負担いただきたいと思っております。

それでは、どうぞよろしくお願いいたします☆

ひとやすみ:ファイアーエムブレム祭に行って来た!

(明日か明後日には、フィリシア誕生日の予告を出せると思います。タイトル悩み中☆)

東京ドームシティホールで開催された「愛と勇気の25周年 ファイアーエムブレム祭」に行ってきました!
「ファイアーエムブレム」というのは、ゲームの名前です。夫も私も好きなゲームです。
シリーズ最初の作品が世に出てから25年経ったことを記念して、歴代タイトルの音楽をオーケストラで演奏してくれるというので、夫と二人でチケットを取って、聴きに行きました。

会場は、ほぼいっぱい。10代~40代くらいの、男女半々のお客さんを見ると、幅広く愛されているゲームであることが良くわかります。
みんな、「ファイアーエムブレム」を愛する仲間、仲間!

入場してすぐのところには、こんな素敵な飾りつけがしてありました。入場時は混雑していて撮影しづらかったけど、終演後は撮影しやすかったです♪

Fe25
イベント内容は、オーケストラの演奏をメインとして、合間に、歌もあり、声優さんたちのミニドラマもあり、開発関係者さんたちのトークもあり。あっというまの2時間半。
とても楽しい、良いイベントでした。もし、5年後に30周年のイベントがあったら、また行きたいですheart01

夏の日の青い空(トーナメント参加用)

 この町で一番、体格が良くて腕っぷしが強いのは、明るい茶色の髪と目をした、鍛冶見習いのナッジだ。青年自警団の長をしており、働き者で、面倒見もいい。唯一の欠点は、むしゃくしゃすると喧嘩っぱやくなることだ。
 そして、ナッジは今日、この気持ちよく晴れた夏の日の午後、ゆえあって、まさに、猛烈に、むしゃくしゃしていた。だから、その様子を見て取った皆がこっそりと逃げ出す中、ずんずんと大股で道を歩いて行って、不運な誰かの肩にぶつかったときには、腹の底から轟く声で、
「おい、気を付けろ!」
と怒鳴ったものだし、相手が「ああ、悪い」と素直に脇にどいても、
「気に入らねえ!」
と、拳を握りしめて突き出したものだった。
 ところが、ナッジの繰り出した拳を、相手はひょいと横にかわして、かすりもしなかった。抗議するように「おいおいおい」と言うのを見れば、この町の人間ではない。金髪に青い目の、見目良い若者だ。
 ナッジは、有無を言わせず二発目を繰り出した。若者は再び、すっとよけた。ナッジは少なからず驚いた――まぐれではなく、よけられているのだ、この俺の拳が。いや、もしかしたら、知らない奴だからと、自分が無意識に手加減してしまったのかもしれない。
 ナッジは気を引き締めて、真剣に相手に向き直った。金髪の若者は、「何なんだよ」と、ぶつくさ言いながら、逃げる様子はみじんもない。ナッジはタイミングを見計らいながら、拳を次々に繰り出した。シュッ、シュッ。シュッ。すべて空を切る。おかしい。そんなことが、あってたまるものか。
 シュッ。シュッ、シュッ。焦るナッジとは反対に、避け続けている若者のほうは、なんだか楽しそうな様子になって来ていた。紙一重のところで避け続けながら、口元に笑みを浮かべている。シュ、シュッ。シュッ。シュ、シュッ。
 どれくらいそうしていたものか。正直なところ、何がどうなったのか、ナッジにはよくわからなかった。ただ、相手が初めて素早く拳を突き出したのを見た、と思ったら、自分の体が宙に飛んでいた。
「あっ、悪い、つい!」
という、いくらか慌てた声を聞きながら――、ナッジの意識は、暗転した。

 幸い、気を失っていたのは、ほんのわずかな間だけだった、らしい。
 ナッジが路上で、手足の感覚を確かめながら上半身を起こすと、駆け寄って来た弟分の少年が、ほっとした顔で、
「大丈夫かい、ナッジ」
と声をかけてくれた。「ああ」とうなずきながら前方を見やると、目の前では、日ごろナッジを兄のように慕ってくれている町の若者たちが、あちこちから飛び出して来て、余所者に詰め寄っていた。口々に、「何をしやがる!」とか、「ナッジに謝れ!」とか、勝手なことを喚いているようだ。
 金髪の若者はといえば、大勢に囲まれて閉口しながら、
「わかった、わかった、悪かった。おい、放せよ」
 誰かが若者を捕えようとしたようだ。ナッジはひやりとして、声を張り上げた。
「みんな、やめろ! 俺は何ともない!」
 その場にいた皆が、ナッジのほうへと顔を向けた。ナッジは大声で続けた。
「元はといえば、俺が売ったケンカだ。俺が悪かったんだ。これ以上、おまえたちが難癖をつけたところで、俺の恥の上塗りになるだけだ」
「へえ! まともな話もできるじゃないか」
と、金髪の若者。「なんだと」「このやろう」と、周りの若者たちがいきりたつのを、ナッジは「よせ」と、たしなめた。さっきまでの、むしゃくしゃした気分は消えて、冷静に物を考えられるようになっていた。
 もし、この美しい若者がもう少し短気だったら、今頃、ナッジと仲間たちは、こてんぱんに伸されて仲良く転がっているはずだ。そうなっていないのは、ひとえに若者の度量のおかげ。そりゃあ、ナッジとしても、多少は腕に覚えがあるのに、かなわないと認めるのは癪ではある、が、今ここで出会ったのも何かの縁かもしれない、というのも――。
 金髪の若者は、すたすたと歩いてきて、路上に座り込んでいるナッジに手を差し伸べた。
「まあ、俺も悪かったよ。大丈夫か」
「ああ。俺はナッジだ。あんたの名前を聞いてもいいか」
「ルーク」
「じゃあ、怒らないで聞いてくれ、ルーク。あんたの力を貸してもらいたいことがある」
「は?」
 ルークは、手を差し伸べたことを後悔するような顔をしたが、ナッジは既に、その手をしっかりと掴んでいた。

「とにかく、ゆっくり話のできるところに行こう」
と言って、ナッジはルークを、開店前の酒場に連れて行った。
「おやっさん、場所、借りるぜ」
「はいよ。見慣れない顔を連れてるな」
「例の件で、助っ人を連れて来た」
「ほう!」
 店のあるじは、カウンターから出て来て、テーブルに酒瓶と二人分のコップを置いた。
「店のおごりだ。昼間だから、こんなもんしか出せねえが、よろしく頼むよ」
「俺はまだ、受けるとも受けないとも」
 呆れた顔のルークに、「いいから飲めよ」と、ナッジは片手で瓶を持ち、果実酒をついだ。
「実はな」
「うん」
と、ルークは、飲みものを口に運びながら、ともかくも耳を傾ける。
「おととい、貴人を騙る男が来た。いや、騙りだと思っているのは俺のカンで、証拠があるわけじゃ無いんだけどよ。それを言ったら、本物だという証拠だって無いんだからな。
 そいつは、旅の途中で路銀が尽きたと言って、金を出せと言った。自分ちに帰ったら返して寄越すと言うんで、聞いてみれば、べらぼうな金額だ。しかも、美味いものを食わせろだの、女を差し出せだの、好き勝手を言いやがる。宿も気に入らないと言って、町長の家に押しかけて、今はそこに泊まっている。
 そいつは剣を持っていて、そこそこ腕も立つんだ。とびかかった若いのを何人か軽くあしらって、奴は、金と女を用意するのに3日待つと言った。つまり、期限は明日だ。もし用意できなければ、力づくで奪って行くし、国の偉いさんに告げ口して、町に重罰が下るようにすると言った。
 町の住民は、それからずっと話し合って、結論が出たのは今日の午前中だ。当たり前のことだけどよ、本物だろうと偽者だろうと、あれこれ差し出せと言われて、はいそうですかと渡せるわけがないんだ。だから、力づくで奪えるものなら奪ってみやがれ、総力戦だ。たとえそいつが、名乗ったとおり本当に、リーデベルク国のフルート王子だとしても!」
 飲みながら聞いていたルークは、げほげほと盛大にむせた。ナッジは眉根を寄せて、
「どうした?」
「いや、なんでもない。そいつ、俺に似てるか?」
「ちっとも似てねえな。なんでそんなことを聞くんだよ?」
「似てれば、俺でも騙りが出来ると思ってさ」
「ばかを言え。で、手伝ってくれるよな?」
「そうだな」
と答えて、ルークはにやりと笑った。
「負ける気もしない。明日と言わず、今日これから殴り込みに行こうぜ!」

 ナッジとルークは、そろって町長の家に乗り込んで、厄介な滞在者を呼び出した。
 居間に出て来た、自称「リーデベルクの王子フルート」は、痩せて青白い顔をしていた。
「何か用か。期限の延長なら、聞かぬぞ」
 物憂げに言う男を、ルークはじろじろと眺めた。男の髪は、褪せた金色。瞳は、薄い青色。口元は、人を見下したように歪んでいる。そう見て取ったルークは、不満そうに、
「本物が迷惑するから、騙りはやめろよな。素直に悔い改めて退くなら、荒っぽいことは」
「私は本物だ」
と、男は鼻で笑った。実際、育ちの良さを感じさせる風体ではあった。落ちぶれた旧家の出か何かかもしれない。だからといって詐称が許されるわけではなかったが。
「私を力づくで追い出そうというのか? それなら、まずは私の従者が相手をしよう」
 男が言うと、奥のほうから、ナッジと同じくらい体格のいい男が、腕をボキボキと鳴らしながら現れた。縮れた髪は金色で、瞳は薄い緑色をしている。
 ルークが「え」と言って目を丸くしたため、ナッジは「おや」と思いながら、「そいつは俺が」と前に出た。だが、ルークは別に、怖気づいたわけではないようだった。
「なあ、もしかして、もしかすると、あんたは」
 言いかけるルークを遮って、「従者」は野太い声で名乗った。
「王子の一の臣下、セレン・レ・ディアだ!」
「やっぱり!」
 ルークは弾かれたように笑った。
「あはは、もう少し調べて来いよ、『セレン』! 背丈しか合ってないぞ!」
「知ったことか!」
 「従者」は吠えて、飛びかかって来る。ルークとナッジは身をかわして、
「ともかく、おもてに出て勝負しよう」
 4人はなだれるように外に出て、自称「王子」は勿体ぶって剣を抜き――
 ――決着は、あっというまについた。
 「従者」のほうは、ナッジが投げ飛ばして、しめあげた。
 「王子」のほうは、ルークと剣を交えて2合ももたず、すぐに「参った」と音を上げた。
 本物の貴人でないと割り切れれば、最初から、それほど恐れる相手でもなかったのだ。
「私たちは本物だ!」
と、後ろ手に縛られながら、「王子」は叫んだ。
「この町の者は、全員罰せられるぞ! 今なら間に合う、縄をほどけ! 褒美もやるぞ!」
「いいや、あんたらは偽者だ」
と、ルークは、きっぱりと言った。それから、ナッジに笑いかけて、
「俺は、町長と一緒にこいつらを連行して、役人と話してくる。今日は戻って来られないかもしれない。その間に、もし俺の友達に行き会うことがあったら、いきさつを説明してやってくれないか。セレンっていう奴。この町で落ち合うことになってるから」

 翌日も、すっきりと良く晴れて、いい天気だった。前日の悪者退治のことで、ナッジの話を聞きたがる者も多かったが、ナッジは遅れた仕事を片付けるべく、親方と一緒に鍛冶仕事に没頭した。
 昼どきに、ふうと手を休めて汗をぬぐっていると、工房の開け放った戸口から、物柔らかな若者の声がした。
「失礼します。ここに、ナッジさんという方はいますか?」
「おう、俺だ」
と答えて振り返ったナッジは、びっくりした。なるほど、昨日の詐欺師が本物の貴人であるはずがない。本物の貴人とは、こういう者のことを言うのだ。
 さらさらと長い金の髪。見るからに仕立ての良い、明るい緑色の服。戸口に立って首をかしげているだけなのに、優雅で、どう見ても一般人ではない。深い緑色の瞳でナッジを見て、若者は、にこ、と笑った。
「セレンといいます。ルークという友人のことを宿で尋ねたら、あなたを紹介されました」
「ああ、それは・・・」
 ナッジは戸口へと向かった。そういえば、昨日の詐欺師の片割れも、セレンと名乗っていたっけ。リーデベルクでは、よくある名前なのだろうか。
 近寄ってみると、若者はナッジと同じくらいの背丈だった。華奢に見えるが、かなりの長身ということだ。ふと、ナッジは昨日のルークの言葉を思い出した――「もう少し調べて来いよ、『セレン』! 背丈しか合ってないぞ!」――
 体格の良かった詐欺師の名乗りは、たしか――
「――セレン・レ・ディア?」
「はい」
 ああ、やっぱり、貴族の若者だ。と、今さら思いながら、ナッジは少し緊張する。
「ええと、実は昨日、こんなことがあって」
 ナッジは、ルークと一緒に偽王子と偽臣下を捕まえた話をした。髪の長い若者は、驚いた様子で話を聞いて、聞き終わると笑いながら感想を述べようとしたけれど、
「よう、セレン。ナッジも」
 ひょいと、外からルークが顔をのぞかせた。
「やっと帰してもらえた。話、聞いたか、セレン」
「いま聞いたところ」
「ありがとな、ナッジ。すぐ発つだろ、セレン。馬を取って来る」
「うん」
 ルークを見送って、セレンはあらためて感想を述べた。
「聞いた限りでは、偽王子のほうも似ていませんね。フルート王子は、なんといえばいいのか・・・、そう、今日のような、雲ひとつない夏の空のような方ですから」
「ふうん」
 ナッジは、よくわからなかったので、あいまいに返事をした。セレンは気にせず、
「では、これで。お世話になりました」
「あ、いえ、どうも」
 ナッジはセレンの後ろ姿を見送って、工房で弁当を広げ、考えた。
 もし、きのうの「偽セレン」が、今の若者の偽者だとするならば。「王子の一の臣下、セレン・レ・ディア」は、こんな異国の町角を、ふらふら歩いていていいのだろうか? で、王子は「雲ひとつない夏の空のような方」・・・って、どんなだよ、さっぱりわからん。
 どこまでも青い今日の空。ふと、ルークの澄んだ青い目を思い出す。はは、まさかね。そもそも、偽王子とちっとも似ていないし・・・待て。「偽王子のほうも似ていませんね」?
 ナッジは、衝撃とともに思い出した。初めてルークに偽王子の話をしたとき、ルークが最初に言ったこと――「そいつ、俺に似てるか?」――!
「ナッジ」
「わっ! ル、ルーク?!」
 戸口に、彼が立っていた。陽光のような金の髪。迷いのない青い瞳。楽しそうな笑み。
「俺、行くけどさ、ひとつだけ。通りすがりに殴りかかるのは、やめたほうがいいぜ」
「あ、ああ・・・。そうだな。気をつける」
「じゃ」
と、軽く手を上げて。
 本物の王子は、ナッジの視界から立ち去った。
 輝く太陽と、雲ひとつなく晴れわたった青い空の印象を残して。

(完)

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第9回 自作小説ブログトーナメント参加用です。
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進捗状況報告(2015/07/20)

カレンダー通りの三連休をいただくことができました。
予定は入れず、たくさん眠って、ゆっくり休んで、うん、少し回復できたみたいですhappy01
創作のことも、いくらか考える余裕が出てきました。

で、そろそろ何か派手なお話もやりたい、とは思いつつ(たとえば竜退治とかね)、
そういうのは時間がかかりそうなので、ちょっと置いといて、
さしあたって、フィリシアの誕生日のお話なんて、どうかなあ、と考えています。
「自分の国の、自分の城で」呪いが発動するとされるせいで、「故国から遠く離れた」「片田舎の宿」で誕生日を迎えるフィリシアのお話です。

まだ、もやもやとして、あまり固まっていませんが、次回は予告を出せたらいいな~。

こぼれ話:ハンバーガー(?)の食べ方

「遥かな国の冒険譚」において、食事シーンは、たまに出て来ますけれども、それほど細かく書きこんでありません。
これが重厚な「ファンタジー」だったら、そのものがありありと目に浮かぶような具体的な描写が望ましいように思うのですが、半分「メルヘン」なので。
単に「食べもの」「飲みもの」と書いて、いかようにでも想像していただくのが、私の望みなのです。

それはそれとして。
主人公たちは、みな育ちがいいので、食事のしかたは大変きれいです。
が、一般人を装っているときに、町の食堂で、パン(あるいはパンに似た何か)に色々はさんだ、オープンサンドもしくはハンバーガーみたいなものが出て来たら、どう食べるかといいますと。
ルーク:何の気負いもなく、大口をあけて、かぶりつきます。
フィア:すこし躊躇したあと、意を決して、あーんと口をあけて、かじりつきます。
セレン:器用に一口サイズに千切りながら食べます。手が汚れるのを嫌がりながら。
ゼラルド:このひとも一口サイズ派。こっそり指先で術を使って切り分けている模様。

いずれ、このへんの様子については、お話の中でちゃんと書けたらいいな、と思います。
当面は予定がないので、今日のこぼれ話ですhappy01

ひとやすみ:ゲーム音楽の演奏会 & トーナメント結果

秋に、ネットワークゲーム「Phantasy Star Online(ファンタシースターオンライン:略称PSO)」シリーズに使われている音楽の、コンサートがあります。
うちでは夫婦で遊んでいるゲームで、使われている音楽も好きなので、抽選に申込みましたhappy01note

SFチックな雰囲気がいいんですheart04
初代PSOの音楽は、たとえば、こんなふう。

いい曲ですよね~。
コンサートのチケット、買えるといいな!

***

さて、先日のトーナメント結果のご報告です。
海をテーマにした関する創作文学ブログトーナメントに参加した「海を映す庭」は、7作品中、3位をいただきました。(3位決定戦がないので、2作品が3位に位置します。)
応援してくださった皆様、どうもありがとうございました☆

こぼれ話:印刷してみる~♪

せっかく表紙を描いてもらったので、「風に揺れる花の中で」を印刷に出してみようと思いますconfidentheart01
ブクログのパブーで作った電子書籍なので、そのまま印刷サービスを注文すれば製本できちゃうflair
ページ数が少ないので、二つ折りして中心をホチキスで止める「中綴じ」製本になりますが、自宅のプリンタで薄い紙に印刷するよりは、数段きれいに出来上がりますbookshine

ささやかに作って、家族や友人に、「こんなん出来たよ~」って配ろうと思っていますが、もし、「それ欲しいな」という読者の方がいらしたら、コメント欄にてご相談くださいねnoteswink
(追記:コメント欄には個人情報は書かないでくださいね☆)

ちなみに、電子書籍といえば、少し前に「夏の日の青い空」をリリースしたところ、「風に揺れる花の中で」をあっさり抜いて、閲覧数が一番多くなりました。軽いお話が好まれるのかな?
でも、次に表紙を描いてもらうことがあったら、夜の絵をお願いしたいと思っているので、ターゲットは「夜を越えて」か、「火の鳥」になると思いますnight

今までに作った電子書籍の一覧は→ こちらです~。
今後ともよろしくお願いいたしますhappy01

ひとやすみ:近況

人事異動に伴って、週の半ばから勤務地が変わりました。
10分くらい遠くなったのと、電車が今までより混んでいるのが残念です。
新しい職場のお仕事を引き継いでいますが、ちょっぴり疲れています…。

土曜日は休みなので、きのうは1日、自宅で、ぽやーっとしていました。
録画してあった7月期アニメなど見つつ…、大当たりはないけど、ハズレも少ない、かな?
今日は、前々から約束していた友人が遊びに来たので、一緒にお昼を食べて、ネットゲームのレクチャーなどして、少し前に駅まで送って来たところです。

バイオリズムが低下して創作エネルギーが不足気味なので、ブログ更新は少し間があいています。
そういえば、旅に出て疲れちゃった誰かがダウンするお話を、まだ書いてないなあ。
基礎体力が比較的低いフィリシアと、環境が変わって神経使ってるセレンは、きっとダウンするだろうと思うんだけど。

ふにゃー。
復活するまで、少々お待ちくださいね~。

(追記:よく考えたら、フィリシアがダウンする話は「夢の牢」で書いてましたね。セレンのも書きたいな。)

海を映す庭(トーナメント参加用)

 海辺の大国ウェルザリーンの城には、いくつかの庭があった。散策して楽しむための、花の咲く庭。眺めを愛でるための、孔雀のいる庭。そして、物思いにふけるための、静かな砂の庭。
 砂の庭は、城の敷地の外れにあった。風に舞わぬようまじないをかけた白砂を広く敷き詰め、白壁に青いタイルを嵌めた小さなあずまやを配した、簡素な庭だ。砂の下に土があるため、1年を通して、そこかしこに薄青い平たい花が咲いた。何代か前の王が好んで訪れたという静寂の庭を、ゼラルド王子はことのほか気に入っているようで、天気の良い日の昼下がりには、しばしば、あずまやの中に黒髪の王子の端正な姿を見ることができた。
 王子はそこで、護衛や従者を遠ざけて、書物を書き写したり、聖札をめくったり、あるいは単に思索したりしていた。おひとりでは危険なのではないか、と言う者もあったが、とにかく周りは開けた砂地である。もし不遜な輩が近づこうとしても、王子に気づかれずに済むとは思われないし、また、王子は優れた<月の力>の使い手だ。したがって、心配は無用であろうというのが、大勢の見方なのだった。
 義妹のユリア王女が、あずまやにいる王子を訪ねて来ることもあった。王女も、この場所ではお付きの者たちを遠ざけるのだが、こちらも<月の力>を縦横に駆使する聖者であるから、あえて押しとどめる者もない。聖王家の兄妹が、小さなあずまやの中、ふたりきりで何を語らっているのかについては、良からぬ憶測をする者もないではなかったが、表だって口に出されることはなく、それというのも聖王家、ことに王子について陰口を叩けば、原因不明の体調不良を患うことになると、皆が暗黙のうちに了解していたのだった。

「ごきげんよう、お兄さま」
 ユリア姫は、いつもと同じように、あずまやの入口で愛想よく言って、優雅にお辞儀をした。丹念にくしけずってある、つやつやした黒髪が揺れた。むろん、兄王子のほうは、庭を横切って近づいて来る妹姫に早くから気づいていたが、声をかけられてから初めて顔をそちらに向け、妹が頭を上げるのを待って、無言で頷いた。彼には、妹を迎えるときに掛けるべき言葉というものが、よく分からなかった。彼に近しい者たちが次々と病に伏す原因が、妹の嫉妬による呪いなのだと知っているから。そして、やめるように何度言っても逆効果なのだと、暗く苦く悟っているから。
 だが、それでも、不思議なことに、彼は、他の場所ではなくこのあずまやでなら、妹と過ごすひとときを、それほど嫌いではなかった。他者に聞かれる心配なく、思うままを語らうことのできるこの場所で、いつか自分の言葉が相手に届く日が来るのではないかと、心のどこかで期待しているのかもしれない――違うのかもしれない、よくわからない。
「ねえ、お兄さま」
と、ユリアは、尊敬と憧憬をこめたまなざしで兄を見つめて言った。
「わたくし、お兄さまに以前言われたことについて、考えました。聞いてくださる?」
 わけもなく胸のざわつきを感じながら、王子は静かに、「話してごらん」と答えた。
 姫君は、兄王子に向かい合うようにして石造りのベンチにかけ、話し始めた。
「ひとの命はみな大切なものだから、害することのないように・・・と、お兄さまはおっしゃいました。でも、わたくし、考えてみたのですけれど」
と、ユリアは、行儀よく膝の上で手を揃え、慎み深く目を伏せながら、熱心に言った。
「まず、わたくし自身の命は、すこしも大切なものではありません。たとえば、これまでにお兄さまと共に過ごした、どの一瞬のためにでも、何度でも喜んで差し出せるようなものです。そして、そうであることを思えば・・・」
 ユリアは、無邪気に、真剣に、熱っぽく、続けた。
「わが国の民の一人ひとりも、聖王家の正統な後継者であるお兄さまのために、何度でも命を捧げる覚悟がありましょう。ましてや、お兄さまのお心を少しでも悩ませたり、わずらわせたりしようとする者がいたならば、その者の命など、誰から見ても、大切なものであるはずがありません」
 ユリアは言い切ってから、遠慮がちに目を上げて、微笑んだ。
「お兄さまは、ご自身が貴い方でいらっしゃるから、他人もみな同じように貴いような気持ちになってしまわれるのではありませんか。でも本当は、お兄さま以外の誰の命にも、大した価値などありはしないのです。どうぞ、ご自身が特別であることを、もうすこし、ご自覚なさってくださいね」
 ゼラルドの胸は重くふさがった。もし彼が、言葉を尽くし、世の中の一人ひとりの命には価値があるのだと説くならば、ユリアは「兄から認められた人々」に嫉妬して、思い当たる一人ひとりを呪いにかかるだろう――というより、それはまさしく、彼が先日、一度犯した過ちなのだった。王子がユリアを説き伏せようとしなければ、苦しまないで済んだかもしれない、大勢の人々がいた。
「ユリアは」
と、王子は重い口をひらいた。そのとき急に降って来た言葉が、そのまま滑り落ちた。
「ユリアは――もうすこし、ユリア自身の命について、かけがえのないものであると学んだほうがよいだろうね」
 その言葉は、口にした王子自身を驚かせた。同時に、不思議と彼を納得させもした。母親が国王と再婚するまで、ひっそりと隠れるようにして暮らしていたユリア。自らの命の重さを適切に量ることができなければ、なるほど、他者の命の重さを量ることもできまい。
 ユリアは、不意を突かれたような顔をした。それから、何をどう受け止めたのか、頬を薄く染めてうつむいた。か細い声が、
「この世に、お兄さまと私の、ふたりだけしか、いなければいいのに」
と、言った。
「そうすれば、お兄さまは何者にも煩わされることはなく、私も心穏やかにいられるのに」
「・・・このように?」
 自らの真意を理解しかねながら、ゼラルドは空中に聖なる語句を刻んで、あずまやの中からだけ、その幻が見えるようにした。
 ユリアは、おずおずと顔を上げて、それを見た。
 ついさっきまであずまやを取り巻いていた白砂は、今は、青く果てしない海に変わっていた。穏やかに凪いだ水面が茫洋と続き、本来なら見えるはずの城は影も形もなく、その大海原の真ん中に、あずまやは、ぽっかりと浮かんで、兄妹ふたりだけを乗せているのだった。
 ユリアは、その光景に見入った。長い長い沈黙のあと、
「お兄さま・・・」
 ささやくように呼びかけた途端、幻は消えた。あとには、白い砂と、薄青い平たい花が、何事もなかったかのように広がっているばかり。
 ユリアは傷ついた顔をした。そして、あきらめた。
「・・・失礼いたします」
 落胆をにじませた声で退出の挨拶をした義妹に、ゼラルドは無言でうなずいた。

 王女が去ったあと、王子もまた去った。
 それでも、ふたりの心の中に、その日の海は、しっかりと焼き付いたのだった。

(完)

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海をテーマにした関する創作文学ブログトーナメント参加用です。
地味なお話ですが、海のお話なので。約2,780字。

作者より:「にじむ闇」

闇姫が最初に彼らの前に現れてから、再び姿を見せるまで、作中の時間はひと月しか経っていませんが、物語の外では、実に4年近くの歳月が流れてしまいました。
闇姫に心惹かれるとおっしゃって、続きを待ってくださった読者の方々を、大変長いことお待たせしてしまいました。
これが、「邂逅」の続きのお話です。どうか皆様のお気に召しますように。

次作は特に決まっていません。
少し書きたくなっているのは、セレン&フィリシアの組み合わせです。このふたり、仲が良い描写はちょくちょくあるものの、焦点を当てているお話はあまりないんですよね。ぱっと思いつくのは「命令の指輪」後半くらい。
にしても、このひとたち、全員一緒に行動している時間と、分岐行動している時間、どっちが長いのかしらん…。

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にじむ闇(02)

 やがて、黒く塗りこめた前方の闇の中、やや上のほうに、女の青白く細い手が2本、にゅっと突き出された。若者たちが剣の鞘を払って構えると、さらに上方に、女の青白い顔が浮かび上がった。顔の下半分は黒いベールで覆われ、闇に溶けている。
 宙に浮かんだ女の、虚ろな深淵のような目が、若者たちを見据えた。まちがいなく、ひと月ほど前に二人が遭遇した<闇姫>だった。ベールの下から、生気の乏しい、かすれた声が告げた。
「ほう・・・。わらわが近づくのに気付いていたか。小憎らしいことよの。だが、今宵のわらわは下僕たちを引き連れておるゆえ・・・たとえ、そのいまいましき宝剣に妨げられ、わらわがこの手で滅することができずとも、わが眷属がそなたらを滅ぼしてくれようぞ」
 <闇姫>は青白いまぶたを半分閉じ、ゆっくりと両腕を広げた。
「さあ、皆のもの、闇より出でよ」
 とたんに、<闇姫>の背後の暗闇は、幾多の気配に満ちた。わらわらと、様々な姿をした妖魔が飛び出して来る――鋭い牙をガチガチと噛み鳴らすもの、骨ばった翼をバサバサと打ち鳴らすもの、尖ったひづめをゴツゴツと踏み鳴らすもの・・・。
 妖魔たちは、焚き火を前にして怯む様子を見せたが、<闇姫>がクツクツと笑って、
「結界なぞ、わらわが解こう。ほれ、このとおり」
 細い爪をツーッと動かすと、ピシリと結界の破れる音がして、同時に火も消えた。すかさず、魔物たちが躍り出る。
 二人の若者の持つ宝剣の刃は、しかし、みずから光を放ち、あるじたちの戦いを助けた。容赦なく襲い掛かって来る妖魔のすべてを、フルートは金色に輝く剣で切り払った。迷いのない刃が、流れるような速さで魔物を屠ってゆく。ジュッと音を立てて千切れた妖魔は地に落ちて、ぶるぶると震え、なおも寄り集まり立ち上がろうとするのだったが、ゼラルドの長剣から放たれる閃光に打たれて、ぶくぶくと泡立ち、黒い靄となって消えて行くのだった。
 そうして、どれだけの妖魔を斬っただろうか、100か?200か? ふと、闇より出でしものたちの攻勢が弱まった。ついで、波が引くようにして、魔物たちは退却を始めた。若者たちは、青白く浮かぶ<闇姫>のほうを見上げた。<闇姫>は無表情だったが、ベールの下から発せられる声には、乾いた憎悪がこもった。
「口惜しや。時間切れじゃ」
 いつのまにか、夜が明けようとしていた。<闇姫>は、闇の中へと、ずぶずぶ後退した。
「待て、<闇姫>!」
 フルートが叫んだが、<闇姫>はそのまま姿を消した。辺りを覆っていた闇の帳が消えると、夜明け前の薄暮の中に、木立の影が戻った。闇の眷属は、こうして去った。

 ふたりの若者は、しばし体を休めた。まもなく陽が昇り、木立の間から光が差し込んだとき、周囲の異変に気づくことになった。
 森の木立は、すっぽりと生命の色を失ってしまっていた。葉はすべて地面に落ちて、黒い炭のようなものに変わっていた。木々の幹や枝は黒灰色に染まっており、触れると脆く崩れた。まるで、闇が森を浸食し、世界の一部に滲み入ったかのような光景だった。
「ゼル、これは偶然だと思うか」
と、フルートがつぶやいた。黒髪の若者は、意味を測りかねた。
「・・・偶然とは、何のことだろうか」
「いや、いい。すまない」
 フルートは打ち消した。そして、ふたりでしばらく辺りを調べてみたが、森の生命を取り戻すすべを見つけることは、ついにできなかったのだった。

(完)

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