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三本角の怪物(02)

「話せるとも。我はその昔、人と親しく暮らしていたのだからな」
 怪物は、ゆっくりと話した。怪物が口を開けるたび、鋭い牙が見え隠れした。
「我は、裏切られたのだ。我は、快適な住まいを与えられるはずであった。だが、実際に与えられたのは、この暗く湿った迷宮であった。どういう魔術なのか、あるいは我が愚かなだけか、ともかく、我はここから出ることが叶わぬ」
「なるほど。では、この迷宮を人が通り抜けることについては、どう思っているのか」
「無事に通り抜けてほしいと願っているとも。その手助けもしよう」
 その言葉を聞いて、迷える人々は、おお、とどよめいた。ゼラルドは冷静に会話を続けた。
「手助けとは」
「天井に穴の開いた場所がある。そこまで案内しよう。地揺れがあったときにできた穴だ。我には届かない高さの、我には小さすぎて通れない穴だが、人の子ならば、我の背に登って脱出できる。今までにも多くの客人を、その穴から見送ったものだ」
 ゼラルドは少し考えて、納得した。今までこの迷宮に入れられた者が逃れ出た試しはないと聞いていたが、怪物が別の秘密の抜け穴から虜囚を逃がし、その穴が別の街につながっているとしたら。虜囚は元の街には戻るまい。話のつじつまは合う。
 怪物は向きを変え、のそり、のそりと歩き始めた。人々はおそるおそる、後に続いた。
 彼らは、またしばらく歩き続けた。小さな子らが、もう歩けないとベソをかくと、怪物は子供たちを背に乗せてくれた。果たして、ようやく怪物が立ち止まったとき、その真上には人ひとりが通れるほどの穴があって、外から光が差し込んでいた。
 怪物は、進んで人間たちの踏み台になった。とらわれた人々は、喜んで怪物の背に登り、次々に穴から外に出て行った。ゼラルドは、怪物の傍らで静かに人々を見守っており、ついに彼ひとりが残されると、怪物が不思議そうに聞いた。
「なぜ、おぬしは登らないのだ」
「最後のひとりを逃がす気はなかろう。気づかぬふりで殺されてやるわけにもいかない」
「・・・」
「その牙は、肉を食らう牙だ。また、食らわねば、生きてはおられまい」
「・・・そのとおりだ。ここには他に食べるものがない」
 怪物は認めた。ゼラルドは、じっと怪物の目を見つめて、言った。
「試してみる気があるなら、私が、そなたを迷宮から出そう。そなたは、現在の領主が他の食べものを差し出すかどうか、見定めたらよいだろう」
 怪物は目玉をギョロギョロと動かして、答えた。
「聞かぬぞ。人間が再び我をだまそうとしても、そうはゆかぬ。逃がすものか」
「そうか」
 怪物は牙の生えた口を大きく開けて迫った。ゼラルドはトンと地を蹴って、術の力でふわりと浮かびあがると、金色の長剣を抜き放ち、怪物の首を一息に切り落とした。
 三本の角を持つ獣の頭が、ごろりと地面に転がった。何かを言おうとするように顎がもぐもぐと動いたが、すぐに動かなくなった。

 その日、迷宮の出口で番兵たちの守る扉から、初めて人が現れた。迷宮を通り抜けた若者は、三本の角がある獣の首を引っさげており、あわてて駆け付けた領主が、
「そんなばかな。あの迷宮の出口は・・・」
と、動転して口走りかけるのへ、物憂げに、
「今日より、あの迷宮には出口がある。迷宮のぬしは、このとおり、もういない」
 そう言って、怪物の首を置いて立ち去った。若者を引き留める者はなかった。
 ――怪物の首は、目を閉じて、笑っているように見えたという。

(完)

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