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  • (2017/12/11朝)また休日出勤などあったので、本編進んでおりません…。ふえーん…。

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2017年1月

旅へ(03)

 さて、フィリシアは、旅に連れて行く侍女を誰に決めたら公平だろうかと考え始めたものの、すぐに違和感に気づくことになった。というのも、フルートとセレンは、まず間違いなく、他に従者など連れて来ないだろう。彼ら自身も自由闊達な気性と見えたし、リーデベルクの現国王とクルシュタインの現国王が、若き日に二人きり、はるばるイルエンまで旅したことを知っているのだから、なおさらだ。それなのに、フィリシアは一人、侍女を連れて馬車に乗り、警護の者たちに守られていなくてはならないのだろうか?
 そもそも、フィリシアがフルートと、思いがけなくも互いを友人と認め合うことになったのは、あの夏の日にクルシュタインの城下町で鉢合わせたとき、フルートが「ルーク」で、フィリシアが「フィア」だったからだ。あのとき、二人の間で瞬時に通じ合った理解を思えば――、それに、旅の道中で目立たぬように気を付けるなら――、フィリシアは身分を隠し、「フィア」として徒歩か馬かで移動するほうが良く、侍女も警護も必要はない。そのほうが速く移動できるし、貴人を狙う賊に襲われる危険も減るのではないか。
 馬車も供もいりません、と娘から相談された王と王妃は、驚いたようだった。しばらく考え込んだあと、王が言った。
「・・・そう望むなら、それも良いだろう」
「まあ、陛下、フィリシアは非力な若い娘です。何かあったら――」
 王妃が憂えるのに向かって、王は微笑んだ。
「姫には弓があるよ、マデリーン。あなたと同じだ」
「弓では心もとなく思います。身の回りの世話をする者だって必要です」
「おや? あなたはふだん、身の回りのことは自分でできると誇っていたのではなかったかな。私たちは子供たちのことも、そのように育てて来たはずだ。そうだろう?」
「それは、そうですけれども」
 王妃は、夫から娘へと視線を移して、心配そうな顔をした。胸のうちに様々な不安がよぎった。ただ、ひとつひとつ考えると、そのどれもが、供を付けて小さな馬車を仕立てたくらいで解決はしないのだった。賊に狙われる可能性の他にも、たとえば、隣国の王子と共に旅することで噂が立つかもしれなかったが、馬車を仕立てたところで同じことだろう。
 フィリシアの弟のリュシオンが、もう少し年齢を重ねていれば、姉を守って同行してくれたでしょうに。と、王妃は思っても仕方のないことを思ったあと、尋ねた。
「フィリシア。ひとりで寂しくはありませんか」
「ひとりではありませんもの、お母さま」
 フィリシアは落ち着いており、にっこりと応じた。
「レティカの宝剣を持って行きますから、妖精の国のお友達と会うこともできます。もし、それでも寂しくなったら、行く先で同行者を探すこともできます」
「そう。そうね。私も、もしあなただったら、同じことを言ったかもしれない・・・」
 王妃は心を決めて、うなずいた。
「わかりました。リーデベルクに伝えておきます。少しでも、楽しい旅になりますように」

旅へ(02)

「当時、イルエンに集められていた多くの魔法使いと、聖なる術を使う人たちが、できる限りの力を尽くしてくれましたけれど、この呪いを解くことはできませんでした。それでも、ひとつだけ、未来において呪いを解く方法が判明しました。
 それは、生まれて来るあなた自身が、しかるべき時に、イルエンよりもさらに北、世界の果てにあるという、解呪の聖泉、<真実の鏡>を訪れること。そうすれば、泉から、呪いを体現する何かが現れるのだと聞いています。鍵か、鎖か、蛇か、何かそのようなものが。それを打ち滅ぼせば、あなたの呪いを解くことができるのです。
 私は、我が子がいつ旅立つべきかを知るために、魔法のナイフを1本授けられました。生まれたあなたの髪一房を切り落としたそのナイフの、鏡のように磨かれた表面が、血のように赤く染まったならば、次の誕生日を迎える前に、あなたはこの城を出なければなりません。そのナイフが、昨夜、まさに血のように赤く染まったので・・・、今日、こうしてお話をしています。
 いまは冬。あなたが誕生日を迎える夏までに、少しの猶予があります。まずは十分に準備をして、雪が溶けたら、聖泉を目指して出発してください。長い道のりになります。なるべく目立たぬほうが良いでしょう。連れて行きたい侍女を、ひとりかふたり、選んでおきなさい。警護の者については、陛下と私が、信じられる者を数名、選んでおきますから・・・」
 王妃は、話しているうちに零れてしまった涙をハンカチで拭い、言葉を続けた。
「そして、隣国リーデベルクの王妃となった、私の従姉のアイリーンが、かねてより、そのときが来たら息子を旅に同行させると言ってくれています。直系の王子は1人しかいないのだから、断ろうとしたのだけれど、どうしても、と。昨夏、あなたの誕生日のお祝いにいらしてくださった、フルート王子殿下を覚えているかしら? 気の合う様子に見えましたが、もし、あなたが嫌だったら、そう言ってお断りします。どうしましょうか」
 フィリシアは、ここまでの話を驚きとともに受け止めていたが、問いかけられて、トクンと胸が鳴った。昨夏、王子とその友セレンと仲良くなって共に城下町を散策したことや、王子が「旅をしたい」と言っていたことが、昨日のことのように鮮やかに思い出される。
 あの金髪の王子はきっと、理由がどうあれ、旅に出られる千載一遇の機会を逃したくはないだろう。フィリシアが断ったら、ずいぶん恨まれそうだ。そもそも、同行してもらうのは、少しも嫌ではない。昨夏と同じようにセレンも来るとして、二人とも、共に過ごした時間こそ短いが、もうフィリシアの友達だ。むしろ、そう・・・楽しみになるくらいだ!
「お申し出、ありがたいと思います」
と言って、フィリシアが微笑んだので、王妃も安心したように笑った。
「そう、良かったわ。お若いながら、剣術・馬術に優れていると評判の高い方ですから、きっと頼りになると思います」
 王妃は、もう一度だけ涙をぬぐい、優しい笑顔で言った。
「もう隠さなくて良いのだと思うと、胸のつかえが下りる気持ちです。悲しまないでくれて、ありがとう、フィリシア。あなたの旅の無事を、心より願っています」

旅へ(01)

 しんと冷えた、静かな冬の晩。内陸の大国クルシュタインで、誇り高き王城が、凍てつく星空を戴いて眠りにつこうとしていたとき。
 城の中から、ひとすじの悲鳴があがって、夜を切り裂いた。
 いち早く剣を取って駆けつけた国王は、しかし、愛する妃の部屋に何の異常も見ることはなかったので、戸惑いながら妻に視線を向けた。
 王妃は黙って、小さな鞘に納められた、ひとふりのナイフを差し出した。それで、国王にも合点が行った。
 王妃はうなずいた。涙があふれて頬を伝ったが、いまは落ち着いて、言った。
「そのときが来ました」
と。

 翌日、フィリシア王女は、両親に呼ばれて居間を訪れた。穏やかな日差しが、部屋の中をあたたかく照らしている。王と王妃は椅子にかけて微笑んでおり、王妃が口をひらいた。
「どうぞ、好きなところにかけて、楽にしてね、フィリシア」
「はい、お母さま」
 姫君は、お気に入りのふかふかした緑色の椅子に、姿勢よく掛けて、膝の上できちんと両手を重ねて待った。ゆるく波打つ青い髪は、両親から受け継いだものだ。
「フィリシア、あのね・・・」
 王妃は、迷うように言いかけて、言葉を探すふうだった。フィリシアは、しばらく待ったけれど、なかなか続きを聞くことができなかったので、そっと、自分から申し出た。
「お母さま。もしかして、私、旅に出るのでしょうか」
「・・・まあ!」
 王と王妃は、顔を見合わせた。それから王妃が、驚きを隠せない様子で、問うた。
「どうして、それを? あなたは、どこまで知っているの?」
「妖精の国に住む友達が、教えてくれました。私は、何か恐ろしい呪いによって、いずれ、自分の国にいられなくなるのだと。いつの日か、旅に出ることになるのだと」
 フィリシアは落ち着いて答えて、いつもと同じ笑顔で言った。
「心の準備なら、もうできています。ですから、ずっと私に伏せられていたことを、今こそ教えてください」
「・・・わかりました。よく聞いてくださいね」
 王妃は心を決めて、話し始めた。
「フィリシア、あなたも知ってのとおり、私はここから遠く北東にある国、イルエンの王族として生まれ育ちました。また、これも話したことのあるとおり、イルエンまで旅して来られたあなたのお父様と共に、悪しき魔女を滅ぼしました。
 けれども、魔女を倒したときに、私は呪われました。私が最初に産む子供は、いつか自分の国の自分の城で、気がふれて死ぬ運命となりました。あなたのことです、フィリシア」

予告:「旅へ」

一昨年くらいから、ちまちまと書いては消し、書いては消しして、なかなか思うように進まず、今もまだ書いている途中ではあるのですが・・・。
思い切って予告を出してみようか、という気持ちになって来たので、えい、予告です!
フルート、フィリシア、セレン、ゼラルドの4人が、初めて一堂に会し、旅を始めたときのお話です。
最短で全6回。延びると全8回くらいかな。

・・・と言いながら、3回目あたりで行き詰まって、「やっぱり難しい、まだ書けない」と言い出す可能性もあります。そのときはごめんなさい。
それでも、チャレンジしてみたいのです。
あさって火曜日にスタート予定です。
どうぞよろしくお願いいたします!

命令の指輪(トーナメント参加用)

 店の出窓に飾られた髪飾りを見て、フィリシア姫は――というより今は町娘のフィアは、心惹かれて、目を離すことができず、その場に釘付けになった。
 髪飾りは、大きめの白い花が連なった意匠で、派手すぎず、地味すぎず、可憐で、流行にも合っている。フィアの青い髪にも、きっと似合うだろう。
 だが、フィアの旅費もお小遣いも、元をたどればクルシュタインの国民の税金から出ているものだ。こんなところで無駄遣いしてはいけないのではないか、と、フィアはためらった。
「そのくらい、買えばいいじゃない」
「セレン」
 背後から声をかけられて、フィアは振り向く。長い金髪の若者は、にこりと笑った。
「思い出して、フィア。君には君の義務がある。代わりに、君の権利を行使することができる。だから君は、気に入った髪飾りを買っていい。どう?」
「そう・・・そうね」
 ほっと微笑みながら、それでも動けないでいるフィアの肩を、セレンはぽんと叩いた。
「それならプレゼントしてあげる。待っていて」
「えっ」
 戸惑うフィアの脇をすり抜けて、店の中に入って行き、出窓の髪飾りを手にとって、店の奥の主人に声をかける。
 セレンがフィアに背を向けていた、その、ほんのわずかな時間に――
 ――事件は起きた。
「もしもし、お嬢さん」
「はい?」
 振り向いたフィアの額に、何か硬い物が押し当てられる。
 反射的に離れようとしたが、遅かった。
「我に従え」
 早口でそう言われて、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
 これは何? と、言ったつもりが、声にならない。
 思考に靄がかかり、何も考えられなくなる。体から力が抜けて、立っていられない。
 どさり、と地に崩れ落ちたフィアの体を、銀髪の青年が担ぎあげて、傍らの馬車に乗せた。
「うまく行った。早く帰ろう」
 本当に、あっというまの出来事だった。
 店の中にいたセレンが、ただならぬ気配に振り向いたときには、すでに馬車は走り去るところで、セレンに続いて走り出て、同じく馬車を見送った店主が、
「ゴーエン公の馬車だ・・・」
と、つぶやいた。
 ゴーエン公。セレンは、その名に聞き覚えがあった。馬車の行き先がわかった以上、情報収集が先と考えて、店主から詳しく話を聞くことにする。
 店主曰く、ゴーエン公は年若い変わり者として知られており、魔法の品々を集めるのが趣味という。役に立つものも立たないものも、魔法の品といえば収集し、大事にしているのだとか。お気に入りは「命令の指輪」で、これを人の額に当てて「我に従え」と言うと、何人たりともゴーエン公の言葉に逆らえなくなる。幸いなことに普段は乱用しないが、珍しい来客を迎えるときなどに、この指輪を使って見目良い町娘をさらい、召し使いとして来客にプレゼントするという悪趣味な癖がある。
 あなたの連れの方がさらわれたというのであれば、今日の昼、おそらく貴人の来客があるのでしょう。お可哀そうに。と、いう話なのだった。
 セレンは礼を言って店を出た。実のところ、その「貴人の来客」にも心当たりがあった。誰あろう、フルート王子が、ゴーエン公の昼食に招待されていたのだ。
 これから宿に戻っても、入れ違いで出てしまっているだろう。だが、形はどうあれ、フルートがフィリシアを連れ帰って来るのなら、ひとまずそれを待ってもよさそうだ。
 セレンは念のためにゴーエン公を訪問するしたくを整えながら、金髪の王子の帰りを待つことにした。

 さて、フルートは、その日の昼、ゴーエン公のところで食事をごちそうになりながら、様々な魔法の品々を見せびらかされることになった。あまり趣味のいい遊びではないな、と考えながらも、退屈はしなかったので、にこにこと話に耳を傾ける。
 ゴーエン公は、フルートよりいくらか年上の、銀髪の青年だった。愛蔵のコレクションを取り出して、うれしそうに、次から次へと説明してくれる。
 ひとつだけ感心したのは、ゴーエン公が、これらの品々を必ずしも個人のためだけに集めているのではないことだった。有事の際、人々のために使うのだと説明された品の中には、なるほど素晴らしい値打ちのものがあった。たとえば、<尽きない水瓶>は、ひしゃくで水を汲み出している限り、水が尽きることはない。<広がる毛布>は、何人だろうと一緒にくるまって暖を取ることができる。
 逆に感心できないのは、何のために使うのかわからないような品までも、ただ魔法の品というだけで集め、値打ちあるもののように見せびらかしていることだった。<黒いロウソク>は黒い光を放って明るさを減じるロウソクだったし、<腐敗の石>ときたら、触れたパンを腐敗させる石なのだった。
「そしてこの指輪が、<命令の指輪>です」
 ゴーエン公は得意げに、嵌めている銀の指輪をフルートに見せた。真ん中が大きく盛り上がっており、そこに複雑な文様が浮き彫りにされている。
「この指輪を使うと、誰でも意のままに操ることができます。さきほど我が街で摘み取って来たばかりの名花を、殿下に献上いたしましょう。・・・さあ、出ておいで」
 青年が、部屋の奥にある衝立に声をかけると、その陰から現れたのは・・・女中の服を着せられた青い髪の娘。顔を見ればフィアだった。フルートは息がとまるほど驚いたが、フィアのほうはフルートに気付く気配はなかった。
 銀髪の青年は機嫌よく、
「さあ、可愛い女中さん。こちらの方が、おまえの新しい御主人さまだよ。言ってごらん、あなたにお仕えいたします、と」
 フィアの顔が、指し示されたほうに動き、その視線がフルートをとらえる。瞳の中にかすかな感情の色が動いたようにも見えたが、それはすぐに、鈍い麻痺の中に呑み込まれて行った。
「あ、なた、に・・・」
 フィアはかすれた声で、とぎれとぎれに言った。その目はうつろに曇っている。
「お、つか、え、いた、し、ます・・・」
 言い終わって、しかし、涙を一粒こぼした。フルートは胸をえぐられるような思いがした。大国クルシュタインの王女に何を言わせているのだ、この男は。
 銀髪の青年は、フルートの動揺に気付いたふうもなかった。
「そう、よく言えたね。じゃあ、今度はこんなふうに言ってみよう。あなたを心からお慕いしています、って」
「あなた、を・・・」
と、またフィアはかすれた声で言い始めた。揺れる視線でフルートを見つめながら。
「心から、お慕い、しています・・・」
 言い終わって、ぽろぽろと涙をこぼした。
 ――心にもないことを、無理に言わされているからだ。そう思ったとたん、胸がドクンといって、気が付くとフルートは席を立って青年の胸倉をつかんでいた。
 しまった、事を荒立てるつもりは・・・と、頭の片隅で考える声があったが、とどめようがなかった。
「このひとに、何をした」
 自分でも驚くほど物騒な低い声が出た。銀髪の青年はわけがわからない様子で、
「な、何をするんです」
「すぐに元に戻せ」
 ぐいと胸倉をつかみ上げる。ああ、なぐりつけてしまいそうだ。
 しかしそのとき、異様な空気に気付いて、フルートははっとフィアのほうを振り返った。いつのまに取り出したのか、フィアは護身用の短剣を抜いて、自らの喉元に突き立てようとしていた!
「よせ!」
 フルートはゴーエン公を離し、フィアに駆け寄って短剣を取り上げた。
 フィアはゆっくりとフルートを見上げた。涙に濡れた睫毛の下から、煙るような青い瞳がフルートを見上げ、かすれた声がため息のように告げた。
「好き・・・」
 それきり、フィアは目を閉じて、ぐったりと気を失ってしまったようだった。
 つかの間、フルートは、常になく激しく動揺し、うろたえていた。が、すぐに、フィアが「心にもないことを無理に言わされていて、そのせいで自害まで試みた」ことに思い至り、冷水を浴びせられたような思いで我に返った。
 そっとフィアを横たえると、フルートはゴーエン公に向き直った。
「彼女は私の知人です。元に戻していただきたい」
「そうだったのですか・・・」
 ゴーエン公は驚きつつ、納得した様子だった。そして、困った顔をした。
「しかし、申し訳ありません。実は、この魔法は、解くことができないのです」
「・・・何ですって?」
「いえ、時間が経てば自然と解けます。早ければ一ヶ月、遅ければ一年ほどで・・・」
「一年!」
 フルートの表情が険しくなったのを見て、ゴーエン公は、また乱暴されるのではないかと慌てたように、
「いえ、その方の場合、自分の意志が多少なりとも残っているようでしたから、ひと月もあれば元に戻るでしょう」
「指輪を壊したら魔法が解けるのではありませんか」
「な、何をおっしゃるのです。これは私の大事な、大事な・・・」
「壊してください」
 フルートはゴーエン公をにらみつけた。ゴーエン公は震えあがって、そっと指輪を抜きとり、さんざんためらったあげく、ナイフの柄を振り下ろした。ガチリと鈍い音がして、指輪は壊れ、不思議な文様も砕けた。
 魔法が解けているのかいないのか、フィアは眠り続けている。フルートはフィアを抱き上げた。
「ご協力に感謝します。それでは、これで失礼します」
 しかし、馬車に乗せて帰る間、フルートがどんなに声をかけても揺さぶっても、フィアは一度も目を覚まさなかったのだった。

 宿に帰りついて、フィア、すなわちフィリシア姫をベッドに寝かせると、フルートは、セレンとゼラルドに事情を説明した。フィリシアの名誉のために、彼女が何を言わされたかは伏せた。
 フィリシアは一向に、目を覚ます気配がない。
「もしかしたら、夢の中に逃げ込んでいるのかもしれない」
と、ゼラルドが言った。
「自害を試みるだけの意志が残っていたなら、無理やり命令に服従させられる現実から、夢の中に逃げ込むこともできたかもしれない。フィリシアが再び夢から現実に戻って来れば、もう指輪はないのだから、おのずと魔法も解けるはずだ」
「どうすればいい」
「他人の夢を覗くのは気が引けるけれど、非常事態だから。少し下がっていて」
 黒髪の若者は、そっとフィリシアの手を取って、何かつぶやいた。ポウッとフィリシアの体が白い光に包まれる。
 さらに何かつぶやいたあと、ゼラルドは顔を上げ、うなずいた。
「見えた。来て、彼女の手に触れてくれ」
 フルートとセレンがおそるおそる近づいてフィリシアの手に触れると、周りの景色がゆらいだ――
 ――そこは、深い森の中の、洞窟の前だった。
 戸惑うフルートとセレンに、ゼラルドは静かに告げた。
「ここはフィリシアの夢の中だ。この洞窟の中に、フィリシアがいる」
 三人は洞窟の入口に視線を向けた。苔むして、シダが垂れ下がっており、暗い。
 ゼラルドは続けて、
「この中からフィリシアが出て来れば、夢は覚めて、魔法も解ける。ただ、自ら洞窟に隠れたフィリシアが、簡単に出て来るかどうかは・・・」
「要は、連れ出せばいいんだろう」
 フルートが気短に言って、洞窟に入った。
「待てよ、フルート」
 セレンも慌てて後を追った。
 ゼラルドは、洞窟の入り口で、うつつとの境界を取り持ちながら、待つことにした。

 フィリシアは、洞窟の奥深くで震えていた。森の中で歌いながらイチゴを摘んでいたら、何か間違ったことを歌ってしまい、傍らに跳ねてきたガマガエル――の格好をした魔法使い――が、気に入らないと言って呪いをかけて来たのだ。おまえの肌もガマガエルのようになるがいい!
 フィリシアは、変わりゆく肌の色を見て、悲鳴をあげて近くの洞窟に逃げ込んだのだ。
「フィリシア?」
 洞窟の入り口のほうでフルートの声がして、フィリシアはびくっとした。
「フィリシア、そこにいるね?」
「来ないで!」
 フィリシアは思わず、悲鳴をあげてあとじさった。
「フィリシア? 一緒に戻ろう」
 かまわずに中に入って来る気配。
「来ないで! 近寄らないで! それ以上近づいたら、私・・・私・・・」
 ただごとではない様子に、フルートが立ち止まった。困惑しているようだ。
「フィリー、そんなことを言ったって・・・」
「君は少しどいていなよ、フルート」
 今度はセレンの声がした。やわらかな声。
「フィリシア、ぼくだったら、近くに行ってもいい? 何も無理強いはしないよ」
「・・・よくないわ」
「何があったのか、話を聞かせて。大声でどなりたい?」
「・・・いいえ。・・・わかったわ、もう少し近くに来て。でも、私を見ないでくれる?」
「こんな暗がりでは、見たくても見られないよ」
 セレンが近づいてくる気配。フィリシアはセレンに背を向ける。ぼんやりした闇の中、セレンはフィリシアの背中にやさしく話しかけた。
「さあ、お姫様。どうして君を見てはいけないのか、教えてくれる?」
「セレン。私・・・私ね、醜くなる魔法をかけられてしまったの。いまの私は、顔も手も足も、ガマガエルのようにぬらぬらして、いぼいぼしているの・・・」
 話す声は細くなり、震える。セレンはそっと聞いた。
「君の手に、さわってみてもいい?」
「・・・いいわ。でも、おねがい。びっくりしないでね」
 セレンはそっと、差し出されたフィリシアの手にさわった。ぬらぬらして、いぼいぼしている手。
「・・・ほんとだ」
と、セレンはやさしく言って、そっと、その手の甲にキスをした。
「セレン!」
 暗がりの中、びっくりしてフィリシアが振り返り、あわててまたそっぽを向く。
 セレンはフィリシアの手を両手で包みこみながら、
「お姫様、暗くて見えない君の顔に、さわってみてはいけない?」
 フィリシアは逡巡した。が、いつまでも隠していられることでもなかった。心を決めて、ゆっくりと振り向き、
「・・・いいわ。でも、おねがい。びっくりしないでね」
 セレンはフィリシアの手から片手を離し、そっとフィリシアの頬をさわった。ぬらぬらして、いぼいぼしている頬。
「ほんとだ」
とセレンはささやいて、次の瞬間、フィリシアはふわりと抱きしめられていた。
「フィリシア、そんなふうに泣かないで」
 言われて、フィリシアは自分がずっと泣いていることに気付いた。頬は涙で濡れていた。
 セレンはフィリシアの耳元で、
「フィリシア。君の、この可愛いカエルのほっぺにキスしてもいい?」
「な・・・な、な、何を言うの、セレン!」
「だめ? じゃあ、考えて、お姫様。もしぼくが、ガマガエルのような顔になってしまったとして、君はぼくを旅の仲間と認めてくれなくなる? フルートはぼくを友達と認めてくれなくなる? ゼラルドはぼくに優しくしてくれるようになる?」
 フィリシアはひとつずつ検討して、最後の質問には吹き出して、答えた。
「いいえ。そんなことはないと思う」
「それなら、君も今まで通り、一緒に来てくれるね?」
「それは・・・でも・・・」
「じゃあ、洞窟の入口にいるフルートとゼラルドを追い払ったら、ひとまず一緒にここから出てくれる? 何を見ても驚かないと約束するよ。それとも、ぼくに見られるのも嫌? そんなに信用ないかな」
「・・・わかったわ」
 フィリシアはため息をつくように了承した。
「じゃあ、ちょっと待っていて」
 セレンはそっとフィリシアを離して、洞窟の入り口のほうに向かった。やがて、入り口のほうから、フルートの、
「どうして、ぼくはだめで、君ならいいんだ」
という不満そうな声が聞こえたが、すぐに静かになった。
 セレンは戻って来ると、うやうやしくフィリシアの手を取った。
「さあ、二人とも追い払ったから、参りましょう、姫」
 フィリシアは緊張しながら、暗い洞窟を抜けて、明るい日の光のもとに出た――

「・・・気がついた?」
 フィリシアはベッドの中で目を開けた。部屋にはセレン一人だけが、傍らでフィリシアの手を取っていた。フィリシアを包んでいた白い光が、薄れて消えていく。
「セレン。私・・・?」
「鏡、見る?」
「・・・ええ」
 体を起こしたフィリシアに、セレンは手鏡を渡した。フィリシアは自分の白い手を見て、はっとしたようだったが、おそるおそる目を上げて鏡を覗きこみ、
「ああ!」
 常と変らない自分の顔を見て、安堵と喜びの声をあげて、セレンに抱きついた。
「良かった、私・・・」
「ぼくは、カエルのお姫様でもかまわなかったのだけれど。良かったね、フィリシア」
 セレンはフィリシアの背中をぽんぽんと叩いた。
「ああ、そうだ。それから、これを」
 取り出したのは、買ってあった白い花の髪飾り。フィリシアの髪に留めてやって、
「やっぱり、よく似合うよ」
とにっこり笑った。

 フィリシアは、自分が魔法で服従を強いられていた間のことを、少しも覚えていないようだった。自分がどこに連れ去られたかも、何を言わされたかも、自害を企てたことさえも。
 それならそれでいい、と周りは思ったし、フルートも、何があったかを教えたりはしなかった。フィリシアは、ただ悪い魔法にかけられて、そこから覚めたのだ、とだけ教えられた。
 ――ある秋の日の昼下がり。フィリシアは宿屋の台所を借りて、およそ王女に似つかわしくないジャム作りに張り切っており、成り行きを察してセレンとゼラルドが逃げ出したあと、ひとり果物の皮むきを手伝わされる羽目になったフルートが、別に苦にするでもなく黙々とティルの実の皮をむいていたとき。
 不意に、フィリシアが鍋を取り落とした。鍋はまだ空だったので、カランカランと床に転がっただけだった。
「フィリシア?」
「思い出した・・・私・・・私・・・」
 フィリシアは両の頬を押さえ、みるみるうちに耳まで真っ赤になった。
「私、あやつられて、あなたに・・・!」
 フルートは、それが例の事件のときのことだと直感したので、ひやりとして、フィリシアが再び自害など企てないように、あわてて言った。
「大丈夫、魔法で無理やり言わされたって、わかっているから。気にするな」
「ありがとう」
 フィリシアは、心底ほっとしたようだった。そして、続けて、
「相手があなたで良かったわ」
と言って、はにかんだように笑った。
 ・・・あとでセレンとゼラルドが台所を覗いてみると、そこには、無邪気にジャムの味をみている王女と、なぜか上機嫌でジャムの鍋を混ぜている王子の姿があったのだった。

(完)


約7,250字。第25回 自作小説ブログトーナメントに参加中です。
ひとことご感想をいただけたら嬉しいです♪

こぼれ話:フルート(ルーク)を騙すには?

新作がご用意できないので、久しぶりに、こぼれ話など。

フルート(ルーク)が、他人の嘘を直感的に見抜く力に長けていることは、お話のあちらこちらに、それとなく書いてあります。また、彼が子どものころからそうだったのは、番外編「幼きもの」に書いたとおりです。
一方、「聖なる森」では、いくつかの条件が重なった結果ではありますが、セレンがフルートを引っかけることに成功しています。つまり、フルートの直感も、絶対ではありません。

いつか書くお話の中で、セレンが故国の人に語るところによれば、フルートを騙そうと思ったら、けして視線を合わせてはいけません。
「視線を合わせなければ、言葉の信憑性を疑われるのではないか、と、普通は思うよね。でも、われらが王子殿下は、視線が合ったら最後、どのような巧みな嘘も見抜いてしまわれる。だから、わずかな可能性に賭けるなら、けして視線を合わせてはいけないんだ」
「そして、嘘については、簡潔に、一度だけ口にすること。繰り返して話したり、詳しく説明したりしてはいけない。もし詳細を話すように求められたら、言い間違えたとか、気のせいかもしれないとか、適当なことを言いながら逃げてしまうのがいい。いかにも怪しく見えそうなものだけれど、意外と、『面と向かって言いにくいことを言ったので、いたたまれなくなって去ったのだ』と思ってくれるよ」

このアドバイスを参考に、フルートに対して誰がどんな嘘をつこうとするのかは、いずれ明らかになるお楽しみです。

ひとやすみ:「ブッククロッシング」って知ってる?

創作パワーが湧いて来ない…。
最近、本や漫画を読む時間をちゃんと作れていないから、水や栄養が足りなくて、物語が育たないのかも。
新作は、もう少しお待ちください。

***

今日は「ブッククロッシング」のお話をします。
日本ではあまり知られていないようで、私も最近知ったのですが、ざっくり説明してみると、
「持っている本を公式サイトに登録してIDをもらい、そのIDをラベルに書いて、本に貼る。
→ その本を、わざとどこかに置き忘れるなどして、誰かに手に取ってもらう。
→ 本を見つけた人は、自由に読んで、読み終わったら、また次の誰かに渡す。
(ラベルに書かれたIDを公式サイトに入力すれば、感想を書き込んだり、今までに書き込まれた感想を見たりすることができる。)」

という仕組みになっています。

自分の持っている本を、知らない人の手に渡るようにするのは、なるほど面白そうですが、本を手放す決意が要るし、ちょっと敷居が高いかも。
でも、本を手放すまでしなくても、「よく人に貸す本」を登録してラベルを貼っておくだけでも、気の向いた人に感想を書いてもらえたら面白いのではないか、と思いました。
ちょこちょこと、人に貸す本にラベルを貼ってみようと思います。
読む人の重荷にならないように、感想の登録は任意である旨、説明を書いておこう。

ブッククロッシングの公式サイトは → こちら (日本語も選択できます)。
小説でも漫画でも、ISBN番号のついている本なら、何でも登録できます。
逆に、同人誌等は登録できません。
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辻占い(トーナメント参加用)

 旅先で、新しく訪れた街を歩くとき。フィリシアがその街を知らないのと同じように、その街もフィリシアのことを知らない。今日のように賑やかな大通りを歩いて、たくさんの人とすれ違っても、その中の誰ひとりとして、彼女が大国の王女であることも、生まれながらに死の呪いを受けていることも、大陸の果てにある解呪の聖泉を目指していることも、知りはしない。
 そのことを、フィリシアは心地よいと思う。一挙手一投足を検分されることなく、のびのびと歩き回れるのは素敵なことだ。食べものの店や、仕立屋や、工芸品の店などを、ひやかして回るのは楽しい。行き交うひとの服装や髪形が目新しいのも、わくわくする。
 昨日より空気がつめたく感じられて、もうそんな季節になったのね、と、ふと思ったとき、茶葉を売る出店を見つけた。それならお茶を買って戻りましょう、そう思ったフィリシアの心の声が聞こえたかのように、売り子がにこにこと声をかけて来る。
「お客さん、きれいな青い髪ね、遠くからいらしたの? お茶、安くしておくわよ。よそではちょっと手に入らない、このあたりの名産品よ。ほら、こんなにいい匂い」
 茶葉を少し、フィリシアの手に乗せてくれた。くん、と匂いをかいでみると、やさしく爽やかな香りがする。
「それとも、こっちのほうが好き? 寝る前に飲むと、いい夢が見られるわ」
 もう片方の手にも、違う種類の茶葉を乗せてもらった。こちらはほんのり甘い花の香り。
「本当ね、両方とも、とても良い匂い。どちらにしようかしら・・・」
 右手と左手を見比べるフィリシアの耳に、たまたま、そばを通りすがった子供たちの声が聞こえた。小さな女の子ふたりが、「今日もお花がよく売れるといいね」と話している。「花」という言葉が、ぴょんと胸に飛び込んで来たような気がした。
 フィリシアは時々、辻占いをする。迷っていることを「辻に聞いて」、そのとき聞こえた言葉に助けてもらうのだ。だから今も、その「花」で決めた。
「こちらをください」
と言って、青い髪の姫君は、花の香りのする茶葉を買った。
 ふふ、おみやげができた!
 宿に戻ったら、おかみさんからお湯をもらって、熱いお茶をいれよう。そう思うと、自然に口元がほころんで来る。
 紙包みを抱えた胸が、早くもぽかぽかと温まるように感じながら、フィリシアは軽やかな足取りで、宿に戻って行った。

 二階建ての民家を二軒合わせたくらいの、こざっぱりした、食堂を兼ねた宿屋に戻ってみると、どうやら、フルートとセレンは出かけており、黒髪の若者ひとりが部屋にこもっている様子だった。
 それなら、買って来たお茶を入れるのは夕食後、みんなが揃っているときに――と、いったん思いかけながら、フィリシアはすぐに考え直した。茶葉は数回分を買ってあるから、夜は夜でまた別のこととして、今、ゼラルドと二人で時間を過ごせるなら、それもいい考えだ。なぜって、心の中で、「もし私にお兄さまがいたら、このような感じかしら」と、空想を楽しむことができるから!
 そうは言っても、ゼラルドのほうは、一人の時間を邪魔されたら迷惑に思うかもしれない。フィリシアが部屋の外で、声を掛けるか掛けないか逡巡していると、内側からドアが開いて、彼が姿を見せた。
 いつもと変わらない、謎めいた黒い瞳で、ゼラルドはじっとフィリシアを見つめた。それから、小さく首をかしげ、冷淡な穏やかさで口を開いた。
「ずっと部屋の前に立たれていては、術に集中できない。用向きは何だろう」
「ごめんなさい、あのね。お茶を買って来たの。フルートもセレンもいないけれど、よかったら、一緒に。いかが?」
 ゼラルドは首をかしげたまま、さらにフィリシアを見つめてから、ふ、と微かに笑った。
「君がそう言うなら、いただこうか」
 二人は、昼下がりで空いている食堂に行って、隅の席を使わせてもらった。テーブルを挟んで、向かい合って椅子に掛け、入れたての、湯気の立つお茶を口に運んだ。飲みものの温もりと、花の香りが体に沁みて、フィリシアの顔がほころんだ。
「おいしい!」
「そうだね」
 ゼラルドは静かに同意した。それ以上は何も言わないが、伏せた視線は和らいでおり、口元にはほのかな笑みが浮かんでいる。気に入ってくれたのなら嬉しい、と、姫君は満足する。
 そのまま、居心地のよい沈黙を楽しんでいたいとフィリシアは思ったが、器が空になり次第、このささやかなお茶の時間は終わってしまうだろう。常日頃、話したいと思いながら言い出せなかったことを、話してみようか。フィリシアはそっと聞いてみた。
「ねえ、ゼラルド。あなたは、私の呪いが解けるまで、一緒に来てくださるの?」
「・・・迷惑でなければ。可能である限りは、そうしようと思っている」
「よかった! そうしたら、そのあとは、どうするの?」
「・・・」
「いなくなってしまう・・・?」
「人と人が出会えば、いつか必ず、別れは訪れるものだから」
と言って、ゼラルドは視線を合わせ、フィリシアに言い聞かせるように、穏やかに言葉を継いだ。
「そのときが来ても、嘆くには当たらない。むしろ、ぼくが君たちと出会い、ひとときでも共に過ごせたことを、ぼくのために喜んでもらえたら嬉しいと思う」
「ゼラルド・・・」
 フィリシアが言葉に迷うと、黒髪の若者は、いつもの冷ややかな微笑を浮かべた。
「それとも、君は、『ひとたび手のうちにあっても、そのあと失われたものは、手に入らなかったのと同じ』と考えるのかな」
「・・・いいえ。宝物になったものは、失われたとしても、ずっと宝物なのだと思うわ」
 フィリシアはまじめに答えて、うつむいた。飲みかけのお茶が、器の中で揺れている。
「私ね、なんとなく、あなたがずっと居てくれるような気になっていたの。帰り道も、一緒に帰るのだとばかり思っていたの。でも、この前、フルートと話をして、そういえば、どこまで一緒に行くのか、きちんと決めたわけではなかったのだと思い出して・・・、気になったから、お別れがいつになるのかを辻に占ってみたら、『もうすぐ』と言われたの」
「辻占は、自分のことを占うには悪くない手段だけれど、他人のことを占うのには、あまり向いていないよ。そして、その占いは外れている。まだ少し、先のことだから」
「そうね。まだ少し、先のことよね」
 フィリシアは目を上げて、自らを力づけようとするように微笑した。
「そのときが来るまで、ここにいる二番目の妹のことを、よろしくね」
「二番目の妹」
「私のこと。ローレインにいらっしゃる妹さんより年上だけれど、新参だから、二番目」
「・・・ぼくは、君の兄になれるほど、出来の良い人間ではないと思う」
「それを言うなら、私のほうこそ。でも、あなたはいつも私を助けてくれて、今日もこうして、一緒にお茶を飲んでお話してくれて、そういうことが、私、うれしいの」
「・・・そのようなことで良いのなら」
「ありがとう!」
 フィリシアは明るい笑顔になった。ゼラルドも、微かに、笑った。

 フルートとセレンは、日のあるうちに外から帰って来て、フィリシアとゼラルドが食堂の隅で語らっているのを――というより、楽しそうに話しているのはフィリシアで、ゼラルドは静かに聞いているだけだったが――見つけた。
「あの二人、あれほど仲が良かったか?」
と、戸惑ったように言ったフルートは、そのまま二人のテーブルまで歩いて行き、
「ただいま。何を話して――」
「あ、おかえりなさい! 二人とも、お茶はいかが? いま入れて来るから、待っていて」
 青い髪の姫君は、屈託なく笑って、立って行ってしまった。
「いや、その、何を」
と、フルートが視線を移すと、黒髪の若者のほうは、小さく首をかしげ、こちらも少し戸惑ったように、
「・・・君に話すほどのことは、何も」
と言った。フルートは複雑な表情になったが、じきにフィリシアがお茶を入れて戻って来ると、話題はお茶のことになって、なんとなく、それで納得してしまったのだった。

(完)

第24回 自作小説ブログトーナメントに参加しています。約3,210字。
よろしければ、一言ご感想をいただけると嬉しいです♪

今年もよろしくお願いします♪

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今年は、仕事が忙しいのを何とかしたいです。
健康第一、頑張りすぎないように気を付けます。

旅の始まりのお話を、落ち着いて、ちゃんとまとめたい。
あと、印刷した冊子の在庫管理とお渡しを、通販方式に変えてみようと思っています。
ちまちま亀の歩みになりますが、長い目で見守っていただけたら幸いです。

いつも、ご感想や励ましのお言葉をどうもありがとうございます。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします!

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