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こぼれ話:猫を飼う夫人

 まだ社交界にデビューしたばかりの少女だったころ、お城で仮面舞踏会があって、私はたくさんのピンク色の布で、薔薇の花をモチーフにした飾り付けをしてもらった。蝶々をイメージした仮面をつけてお城に行くと、広間は華やかで賑やかで、まるで夢のよう。同じ年頃の子どもたちと、お互い誰だかわからないまま、おしゃべりをした。一人の男の子が、私の髪がほどけかけているのを見つけて直してくれた。
「すこし、じっとしていて。すぐに編めますから……はい、できました」
 男の子なのに私の髪を細い指で編んでくれた彼の、鳥の羽根を模した仮面から覗く優しい瞳は、魔除けの宝石のような緑色をしていて、吸い込まれそうな気がした。仲良くなれたらいいな、と思ったし、なんだか相手もそう思ってくれているような気がしたけれど、
「ごめんなさい、行かなくてはなりません。またお会いしましょう」
 そう言って、男の子は向こうへ歩いて行ってしまった。後ろ姿を、見るともなしに見ていると、彼の向かった先は、驚いたことに王子殿下のところだった。年の近い王子殿下と、とても親しそうにお話ししている……それに、あのさらさらした長い髪。それでは彼は、ディア家のセレン様だったのだ。ふだんなら、とても私が口をきく機会など無い。
 帰りがけ、ふと見ると、そのひとは向こうのほうから、ちょうど私のほうを見ていて、視線が合った。こちらに来ようとしてくれたけれど、私はお辞儀をして、背中を向けて、退出した。親しくなる前に家柄の差がわかって良かった。仮装パーティーだったのも助かった。私のほうは彼が何者であるか見当がついたけれど、彼のほうは、ふだんの私を見かけても、見分けがつかないだろうから。

 数年後、私は、親に言われるまま、家柄の釣り合う相手に嫁いだ。ささやかな幸せを望んだ私に、けれど夫は興味を持たなかった。夫は、よそに好きなひとがいて、逢引きを繰り返した。落ち込む私に、友人たちは、犬か猫を飼ったらどうかと勧めてくれた。そうね、気晴らしになるかもしれない、猫を飼うことにした。猫のいる暮らしは、思ったよりずっと楽しかった。夫が振り向いてくれなくても、猫がいればいいわ。
 ある晩、夫とパーティーに行った先で、夫のほうはすぐに愛人のもとへと去ってしまい、私は誰か友人を探したが、たまたまその日は仲の良い人が見つからなかった。また、人の輪の中心にはディア家のセレン様がいて、今は婚約者がいらっしゃるはずだけれど、私にはやっぱり眩しい方で、遠巻きにうっとりと眺めていて――なんだか悲しくなった。結婚したとは名ばかりの、ひとりぼっちの私。いいえ、猫がいるけれど。
 人のいないバルコニーに逃れて、夜風に当たることにした。
 そうして、気が付いたら、私のすぐそばに、かのひとが立っていた。
「すこし、じっとしていて。髪飾りがゆるんで……はい、どうぞ」
 にこ、と笑いかけてくれた。あのときと同じだったが、お互いに仮面がない。どきどきして口がきけなくなっている私に、
「以前どこかでお会いしましたね。またお会いできて嬉しいです」
と言う。いいえ、いいえ、きっと誰にでもおっしゃっているのだわ。婚約者がいらっしゃるのに、こんなところで人妻と二人きりになって、口説くようなことをおっしゃって、よろしいのですか――と、心の中では思うのに、のどにつかえて出て来ない。
 狼狽したあげく、やっと私の口から出た言葉はと言えば、
「猫が……」
「猫?」
「猫が、待っているので、帰ります……」
 かのひとは、ふふ、と笑った。
「ぼくは、あなたにとって、猫ほどの価値もありませんか」
「猫は、素晴らしいです。私を慰めてくれます……」
 ふわり、と良い匂いに包まれた。何が起こったのかわからない私の耳元で、優しい甘い声がした。
「では、せめて貴女が泣き止むまでのあいだ、こうしていましょう」
「……」
 涙はなかなか止まらなかった。猫が、とは、もう言えなかった。

 急に「子供が欲しい」と言い出した私に、夫は当惑したようだった。だが、「そうだね。そういうことも、そろそろ考えないといけないかもしれない」と言って、応じてくれた。
 やがて、すこやかな赤ちゃんが生まれてみると、意外なことに、夫は非常な子煩悩だった。愛人のところに行くことはなくなり、家にいる時間はほとんど、坊やと遊んで過ごすようになった。
「男の子は母親に似るというのは、本当だねえ。きれいな優しい顔をしているじゃないか」
と、そんなことさえ言った。
 夫と子供と猫に囲まれて、私は申し分なく幸せな暮らしぶりになった。とりわけ、息子を見ていると、気持ちが安らいで、生きていてよかったと思える。私と同じ亜麻色の髪。私と同じ緑色の瞳。いいえ、私よりも息子のほうが、綺麗な目をしている。
 それはまるで魔除けの宝石のような、吸い込まれそうに優しい、緑色の瞳。

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