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カテゴリー「【創作】」の411件の記事

なりゆきの英雄(04)

 ルークは広場を見渡して、軽くうなずき、大きな声で、落ち着いて、続けた。
「ここに、あの花の化け物を叩き斬れる剣がある。見えるか? よし。
 俺はただの通りすがりだけど、これも何かの縁だから、あの化け物を叩き斬る!」
 おお、と広場がどよめく。
「一番でかい花は俺がぶった切るけど、町中に伸びてるツルのほうも、この際いっぺんに始末しちまおうぜ! そっちは、あんたたちが! 男も女も、みんなで! 斧でも包丁でもいいから、一斉に切って、切って、暖炉で燃やしちまえ!」
 おお!と、さっきより大きく、広場がどよめく。
「3人くらいは、俺の手伝いに来てくれ。腕に自信のあるやつ、いるか。
 ありがとう、じゃ、そこのあんたと、あんたと、そっちのあんたに頼む。
 残りのみんなは、さっそく今から、自分ちに陣取っている花のツルを退治しに――」
 このとき、町の鐘が鳴った。ルークは、にこっと笑った。
「行ってくれ! 次の鐘が鳴ったら、またここに集合だ。それまで、みんなで頑張ろうぜ!」
 何人かが「おう!」「よし、やるぜ」と叫んだ。おのずと、広場から拍手が沸いた。ルークは手を振って、木箱を降りた。町の人々も、気合をみなぎらせて散っていく。
 ヒンデンは、降りて来たルークを尊敬のまなざしで見て、
「あんた、このまま、うちの町長にならないか」
「ははっ、悪い。よその町で、もう決まってるんだ」
 ルークが笑うと、納得のいった顔をした。
「そうか。そうなのか。そうだよな。わかる気がする」
「ぶつぶつ言ってないで、行くぞ」
「あ、ああ」
 そうして、ルークとヒンデンと力自慢たちは、道幅いっぱいに花びらを広げているウロコ花を退治しに向かった。といっても、ヒンデンは、少し離れて、馬やロバが襲われないように守る役だったが。
 たいまつも持って行った。うねうねと襲い掛かって来るツルが怯むので、役に立った。ルークが巨大花と戦っている間、力自慢たちは、たいまつをかざしながら片手斧でツルを切り落とした。彼らは、やがて優位に立った。バラバラにちぎれた花の噛み鳴らす口の中から、何か得体のしれない目玉のようなものがニュッと出て来たところを、ルークが叩き斬ったのが、とどめになった。
「あっ」
と、叫んだのは誰だっただろう。それというのも、ルークが化け物の目玉を叩き斬ったとたん、すべての花、すべての葉、すべてのツルが、一瞬にして黒い灰のようなものになり、崩れ去ったのだ。
 振り向けば、家々の屋根に咲いていた紫色の花も。町の人々が切り落として運んでいたツルも。すべては、黒い灰となって次々に崩れてゆくところだった。
 町の鐘が鳴った。
「もうそんな時間か。ギリギリだったな」
と、ルークは言いながら、手の甲で額の汗をぬぐい、ほっとした笑顔になった。

 広場で、町の人々は皆、拍手していた。ルークは再び、木箱の上に立った。
「おつかれさん! あんたたちも俺も、よくやったよな!」
 歓声。おつかれさま! ありがとう!
「俺は通りすがりだから、もう行くけど。この剣は、こいつに預けて行くから!」
 こいつって? ヒンデン? なんで? ざわざわ…。
「2、3日、様子を見て、何事もなければ、みんなで祝ってくれよな! じゃ!」
 降りて来たルークから、ヒンデンは大剣を受け取った。
「行っちゃうのか? 泊まって行かないのか?」
「ああ、まだ明るいから。馬、見ててくれて、ありがとな」
「明日とか、あさってとか、でかい花がまた出たらどうしたらいい?」
「出ないさ。もし出たら、今日と同じようにやればいい」
 ルークは、なんでもないことのように言って、馬に飛び乗り、馬上で笑った。
「だいたい、もし明日もあんなのが出たとして、俺を当てにするのは勘弁しろよ。俺はただの通りすがりで、化け物をやっつけたのは、なりゆきだったんだからさ」
「なりゆきでも、英雄だ」
 ヒンデンは真面目に言ったが、ルークは笑って取り合わず、
「じゃあな!」
と言って、町の皆に見送られながら、去って行った。

 数日後、何も起こらなかったので、町ではちょっとした宴をひらいた。
 次の朝、ヒンデンは大剣を持ち、町から少し離れた、例の白い石碑まで出かけて行った。
 くり抜かれたような形になっている石碑に、大剣をあてがって押し込むと、剣はすぐに石と同化して、何事もなかったかのように石碑の一部となった。どこをつかんで引っ張っても外れなかったし、外れたことがあるというのが嘘のようだった。
 それでも、町の住人たちの記憶の中には、「みんなで斧や包丁や松明を持って戦い、町中を覆いつくしていた化け物を倒した」ことが、誇らかに刻まれた。そして、そののち長く語り継がれたこの事件は、このようにして締めくくられることになるのだった――「こうして、通りすがりの、なりゆきの英雄さんは、みんなと一緒に、あっというまに化け物を倒して、あっというまに去って行きましたとさ」。

(完)

長くなりました。お待たせしました~。

なりゆきの英雄(03)

「どうだかな」
と、ルークは気乗りしない顔をしたものの、
「試してみるしかないか。あんたはここにいてくれ」
 言い置いて、タタッと駆けて行くと、花の化け物に向かって大剣を振り下ろした。
 バチバチという硬質な音ともに、花のウロコが何枚か弾け飛んだ。赤っぽい液体も飛び散った。だが、それだけだった。花は怒り狂い、歯を噛み鳴らしながらルークに迫り、同時に、四方八方に伸びているツルが、一斉にうねうねとルークに向かって来た!
 後方で見ていたヒンデンは「うわあああ」と叫んだが、ルークは落ち着いていた。大剣を何度か振るって身を守り、ツルの隙間を縫って、タタッと駆け戻って来た。ツルは、うねうねと激しく動いているが、追っては来ない。
 ヒンデンは上ずった声で、「大丈夫か? 大丈夫か?」と繰り返した。ルークは頷いた。
「すごく頑丈なウロコだけど、たしかに、この剣なら折れないで済みそうだ」
 言いながら、片手を腰にあて、軽く首をかしげて、
「そうは言っても、時間はかかりそうな手ごたえだったな。集まって来るツルも、剣で切れるのは分かったけど、うっかり絡めとられたら身動き取れなくなるだろうし」
「あのツル、切っても切っても生えて来るんだ。なんとかなるかな?」
 ヒンデンが尋ねると、ルークは視線を上げて、これまたあっさりと言った。
「俺ひとりじゃ、無理だな」
「そ、そんな」
 ヒンデンは狼狽した。しどろもどろに、
「で、でも、ほら、剣は1本だし。たぶん神剣だし。あんたは選ばれたんだし。ま、まさか、俺をおとりにして、俺が食われている間に・・・」
 ヒンデンは勝手に想像し、青ざめて、今にも逃げだしそうだ。ルークは苦笑した。
「それもいいな」
「えええっ」
「うそだよ。町の人たちと話したい。力自慢もいるんだろ。どこに行けば話せる?」
「あ、ああ。それなら、こっちへ。たぶん広場にいる」
 ヒンデンは、再び先に立って案内してくれた。やがて、銅像や井戸のある、円形の広場に着いて、ヒンデンはきょろきょろした。
「ええと、今いる中で腕っぷしの強いのは・・・」
「けっこう人が集まってるんだな」
「うん、手が空いたらここに集まって、みんなで考えることになってるから」
 小さな町ではあるが、非常事態とあって、男も女も、広場に相当数が集まっている。みな、数人ずつで集まりながら、深刻な顔をして、ああでもない、こうでもないと話し合っているようだ。時折、怒声や、すすり泣く声が聞こえる。
 ルークは、ざっと辺りを見回した。
「まとめ役はいないのか?」
「それが、町長は少し前から臥せっていて、代理に立ちたがっている二人が反目していて、そのう、なんていうか・・・」
「ふうん」
 ルークはさらに見渡して、広場の中心にある、誰なのかわからない銅像の隣に、木箱が積み上げてあるのを見つけた。
「あれは?」
「町長代理っぽい二人が、たまに話したくなると、あの上に立つ」
「そっか」
 ルークはすたすた歩いて行って、ひょいひょいと木箱のてっぺんに登った。ヒンデンが察して、「みんな、ちょっと聞いてくれないか」と周りに呼びかけたが、これは特に誰の注意を引くこともできなかった。
 ルークは、木箱のてっぺんで広場全体を見渡し、ひゅうっと軽く口笛を吹いたあと、すうっと息を吸って、びんと声を張った。
「みんな、聞け!」
 よく通る声が空気を震わせ、広場にいる者たちは驚いて、みなルークのほうを見た。一瞬にして、広場は水を打ったように静かになった。


あれ、3回じゃ終わらない…。

なりゆきの英雄(02)

 ひょろりと痩せた若者は、名をヒンデンと言った。ルークは馬に乗り、ヒンデンはロバに乗って、一緒に、ヒンデンの住む町まで行くことになった。道々ルークが、この大剣で何を切ればよいのかと尋ねてみると、ヒンデンは、
「ツタの化け物なんだ。たくさん花があって、口があって。見てもらったほうが早いと思う」
と答えた。あまり面倒なことにならないといいが、とルークは心の中で思った。
 果たして、町に着いたルークは、
「何だ、これは・・・」
と、驚きつつ困惑することになった。
 町中に、うねうねと、太い緑色のツルがはびこっていた。ドクドクと脈打つ不気味なツルは、家という家に絡みついており、それぞれの家のてっぺんで、紫色をした大きな花を咲かせている。花の真ん中には、口らしきものがパクパクと動いており、櫛に似た鋭い歯と思しきものを、カチカチ噛み合わせているのだった。
 馬から降りて歩きながら、ルークはひそひそと尋ねた。
「あいつら、何を食うんだ。まさか・・・」
「肉を食う。ほら、あれを見て」
 ヒンデンの指さす先で、紫の花が一輪、巻き付いた家からツルをほどきながら降りて来て、歯をカチカチ鳴らしながら、ゆらゆらと大きく動いた。時々、くわっと口を開いて、家の壁や窓に体当たりをする、そのタイミングを見計らったように、家の中にいた女性が、さっと窓を開けて、鶏のモモと思しきものを花の口に放り込むと、花は咀嚼しながら、再びツルを巻き付けて屋根まで上っていった。
 ルークは小声のまま、尋ねた。
「どうして、餌をやるんだ」
「餌をやらないと、あいつらは窓を破って、中にいる人間に食らいつくんだ。でも、そろそろ、餌にできそうな食料は尽きる」
 ヒンデンは答えてから、
「耳はないみたいだから、大声出しても平気だよ。で、あんたにその剣で倒してほしいのは、こっちなんだ。来てくれ」
 ルークは、ヒンデンのあとについて、角をいくつか曲がった。
 そこに、化け物の親玉がいた。
 大きな紫色の花びらを四方に広げて、道幅いっぱいを塞いでいる、花の怪物。よく見ると、その花びらは、紫色のウロコのようなものでびっしりと覆われている。そして、花びらに囲まれた巨大な口が、時々グワッと大きく開くところを見ると、どうやら人間の子供くらい軽々と丸呑みできそうな口なのだった。
 ヒンデンは、大声を出しても平気だと言った割に、ひそひそ声で言った。
「町中のツルは全部、大元のところが、あの親花につながっているみたいだ。でも、あれを倒そうとして力自慢が斧で立ち向かっても、ぜんぜん歯が立たなくて。斧のほうが折れちまった。しかも、近くのツルがどんどん集まって襲ってくるから、無念だけれども、逃げるしかなかったんだ」
「あー、つまり」
と、ルークは諦めながら、一応、念のために、確認した。
「あんたは俺に、あれを倒せ、と。そう言うんだな?」
「そう! そうなんだ!」
と、ヒンデンはルークに向きなおった。勢いよく頭を下げた。
「頼む! あんたが剣を取り出したあの石碑には、こう書いてあるんだよ。『一体にして無数の頭を持つ怪物の、真なる一つを打ち砕く、神剣をここに収める』。ぼくが思うに、むかし、このツルの怪物が近くに現れたことがあって、そのときに親玉の花を砕いたのが、この剣だったんじゃないかって」

なりゆきの英雄(01)

 愛馬は軽快に歩いているが、太陽は空高く、もうすぐ真南に届こうとしている。いくらか食べものを持っているし、どこかで休憩しよう。と、思っていたルークは、行く手の道の脇に、白っぽい石碑のようなものが見えることに気づいた。何だろう。
 石碑の近くまで行って馬を止め、降りて、食べものをモグモグとパクつきながら石碑を眺めてみると、人の背丈くらいの白っぽい石でできた碑の真ん中には、一本の立派な剣が浮き彫りにされており、その周りに、何やらルークには読むことのできない文字が、ずらずらと刻まれているのだった。
 文章を解読する気は、さらさらなかった。ルークは、しげしげと浮き彫りの剣を見た。誰か昔の英雄が、このような剣で何かを退治した、その記念碑なのではないか。大きさからみて、本物と同じ大きさに彫り出したように思える。少し重めの両手剣、といったところか。
 そうこうするうちに昼食を食べ終えたので、ルークは馬に戻った。出発しようとしたとき、向こうからロバに乗ってやって来た若者が、入れ違いにロバを降りて石碑に近づいていくので、なにげなく見守った。ひょろひょろ頼りない感じの若者は、痩せた非力そうな腕を伸ばして、浮き彫りの剣に手をかけ、どうやら引っ張っているようだ。ふうん? あれを引っ張ったら、仕掛けが動いて通路でも出て来るのだろうか?
 ルークが、つい、なおも眺めていると、痩せた若者は、「せーの」とか「うーん」とか言いながら、力をこめているようだ。だが、石で出来た剣がぴくりとも動く気配はない。ルークは馬から降りて、若者に歩み寄った。
「なあ、聞いてもいいか?」
「わっ」
 若者は、ぎょっとしたように飛び跳ねた。ルークは謝った。
「おどかしてすまない。気になったんだ。いったい何をやってるんだ?」
 若者は、困ったように笑いながら頭をかいた。
「ああ。うん。実は・・・、あんたは笑うかもしれないけど、夢を見たんだ。今日、太陽が真南にあるときに、この剣を石から取り出すことができるって。夢の中で誰かが教えてくれた。繰り返し、何度も、念を押すように。だから、夢だと分かっていても、試してみるべきだと思って来てみたんだ。けど、どうやら、ただの夢だったみたいだな」
「ふうん」
 ルークは、石碑に彫られた大剣をもう一度見て、
「そうだよな、取り出せそうには見えないよな」
 言いながら、手を伸ばして触れてみた。柄のあたりに手をかけると、
「あ」
 大剣は、あっさり外れて、ルークの手の中にあった。傍らの若者を振り返ると、口をぽかんと開けている。ルークはとっさに、剣を若者のほうに差し出して、言った。
「あんたが取りに来たんだから、あんたが持つといい」
「いやいやいや、あんたが取り出したんだから、あんたが使ってくれ」
 ルークが押し付けようとした剣を、若者は受け取ってくれず、あとじさった。さらに、
「あんたは、剣に選ばれたんだ。そういう縁だと思って、一緒に来てくれないか」
と言う。
「いや、俺、そういう剣は1本もう持ってるから」
 ルークの抗弁は、聞き入れてもらえそうになく。
 仕方ないか。
 あきらめて、ルークは大剣をかついだ。

旅へ(10)

 姫君は、王子の傷に布を当てながら、
「ごめんなさい。私が旅に出ることは、限られた人しか知らないはずだったの。なのに、悪い人たちに狙われていたなんて。どこから漏れたのかしら」
「漏れてはいないさ。彼らは、君が誰かを知らなかった」
「え? それなら、どうして」
「君がここまで来るあいだに――」
 フルートは言いかけたが、セレンが割り込んだ。にこにこと、
「気にしなくていいよ、フィリシア。もう片付いたから、先へ行こう」
「そう? そうね・・・」
 応じながら、フィリシアは、なんとなく気になって、遮られた王子の言葉の続きを考えた。私がここまで来るあいだに? 目を付けられた? どうして? いいえ、もちろん、
 ――見れば身分の高い者だとわかったからだ。騎士たちと侍女を連れて――!
「・・・私の覚悟が足りなかったから」
 フィリシアは青ざめて、口に出して言った。そうだ、覚悟だ。ピクニックに行くのとは違う。命を奪う呪いを解くために、命を賭けて聖泉まで辿り着かなければならないのだ。
「そのせいで、あなたに怪我をさせて・・・ごめんなさい・・・!」
「違う」
と言って、フルートはフィリシアの両肩をつかんだ。
「君が手に入れたのは、旅という名の自由だ。セレンやぼくが同行するのは、自分たち自身の自由のためであると同時に、ぼくたちなら君の自由を守れると思うからだ。悲壮な覚悟は必要ない。君はこれから」
 表情をやわらげて、目元で笑った。
「世界の果てまで遊びに行く。それだけだ」
 フィリシアは、相手の澄んだ青い瞳に吸い込まれそうに感じながら、繰り返した。
「遊びに行く・・・」
「そう。一緒に遊びに行こう、と、ぼくが迎えに行けば良かった。謝るのはこちらのほうだ。すまない」
 また泣きそうな顔になったフィリシアを見て、フルートははっとした顔をして、あわてて姫君の両肩から手を放した。
「ごめん!」
「ありがとう」
「え?」
「よろしくね」
 フィリシアは、うるむ瞳で笑った。大丈夫、きっと、大丈夫だ。このひとたちとなら、心が通う。旅と言う名の自由には、本当は覚悟も必要だけれど、それはめいめい胸の奥にしまって、世界の果てまで、遊びに行こう。
 セレンが長い髪をかきあげながら、優しい笑顔で、
「こちらこそ、よろしくお願いします、フィリシア」
と言ってくれる。フルートも、ほっとしたように笑って言う。
「では、行こう」
 聞いて、ゼラルドが無言で馬に戻り、それを合図に、みな再び馬上の人となった。

 ――こうして、彼らは出発したのだった。
 世界各地で後世に語り継がれる、あの冒険の旅へと。

(完)

旅へ(09)

 姫君は、ぽかぽかと温まったことに力づけられて、聞いてみた。
「どうして、私にこの飲みものを分けてくださったの」
 黒髪の若者は、ちらりとこちらを見て、
「妹が」
と、言いかけて、黙った。フィリシアが待っていると、先を続けた。
「泣いているとき、これを飲むと落ち着くようだったから。それはそれとして」
「はい」
「あなたが尋ねないでくれている、ぼくの出自については、おそらく、あなたの考えるとおりだと思う」
 フィリシアは、はっとした。そう、白い肌、黒い髪、黒い瞳は、ローレインの民の特徴だ。そして、ゼラルドという名は、その王家の――。
「それでは、はるか東のローレインから来たとおっしゃるの。そして、私の旅に同行してくださるとおっしゃるの。いったい、どうして」
「人にはあずかり知れない、神々の計らいによって」
「妹さんは?」
「出奔したのは、ぼく一人だ。彼女はローレインに在って、いずれ王位を継ぐだろう」
「そうなの・・・」
 妹姫は寂しく思っているだろう、というのが、フィリシアの最初に思ったことだったが、口に出さないだけの分別はあった。このひとだって、何か事情があって、親しい人たちと別れて来たのだ。故国を出なければならなかった、何か深刻な理由があるのだ。
「あなたが、あなたの目指すものを、手に入れられますように」
 フィリシアが言うと、ゼラルドはまた、謎めいた瞳でフィリシアをじっと見た。それから、ふと首を巡らせて違うほうを見るので、フィリシアがその視線を追ってみると、フルートとセレンが馬に乗って戻って来たのだった。
「待たせてすまない!」
と、フルートが言って、馬から飛び降りた。ゼラルドとフィリシアを見て、
「自己紹介は終わったのか?」
と言う。聞きようによっては無責任な言葉だったが、フィリシアは違うことに気を取られていて、耳に入っていなかった。
「フルート、あなた、怪我をしているわ!」
「怪我? ・・・ああ、これか。怪我のうちに入らないさ」
 肩の外側に傷があるらしく、服が汚れて、血が赤くにじんでいる。フィリシアは、手当てしようと駆け寄った。セレンは、ゼラルドに向かって文句を言った。
「かすり傷ではあるけれど。でも、君の言う『危険はない』は当てにならないな」
「姫君が合流するまでのことを占っただけだ。そのあとのことは関知していない」
と、黒髪の若者は少しも動じない。

あと1回かな、たぶん。

旅へ(08)

「せっかくお会いできたのですもの、何かお話しませんか」
と、フィリシアは、それでもなんとかして友好的な関係を築けないだろうかと話しかけたが、黒髪の若者は眉をひそめて、
「何かとは、何を」
と言って、迷惑そうな顔をする。どうやら、無理強いして会話を続けても嫌われるだけだ。というより、ぐしゃぐしゃに泣いたあとの顔で話しかけて、好感を持ってもらおうというほうが虫のいい話だったのだ。
「・・・ごめんなさい。何でもありません」
 フィリシアは、しょんぼりと言って、とぼとぼと近くの木の下へ退散した。ひとり、地面を見つめて所在なく立っているうちに、悲しく心細くなって、再び涙をこぼさずにはいられなかった。――旅を共にするひとたちと、最初からこんなに気持ちが擦れ違っているのに、本当にこの先長い道のりを越えて、大陸の果ての聖泉まで辿り着けるのだろうか。ほんのひととき一緒に過ごしたことがあるというだけで、フルートやセレンのことを親しい友達のように思っていたのも、自分の勘違いだったのではないだろうか。馬車も護衛も侍女も断って、私はなんと愚かだったのだろう・・・。
 すると、草を踏みしめて、ゼラルドが近寄ってきて、フィリシアの前に立った。どうしよう、何を言われるのだろうか、と、フィリシアが顔を上げると、黒髪の若者は、謎めいた黒い瞳でフィリシアを見つめ、冷ややかに言った。
「飲みものを入れる器があれば、出したまえ」
 言われたことが、よく飲み込めなかった。フィリシアは、その言葉を何度か心の中で繰り返してから、よくわからないまま、荷物から椀を取り出した。
「これでいいかしら・・・?」
 ゼラルドは黙って、どこかから取り出した小さな紙の包みを開け、中身を椀に入れた。黒っぽい粉だった。入れ終わると、もうひとつ取り出した小さな包みを開け、中身を椀に入れた。白っぽい粉だった。さらに、これもどこかから取り出した透明な細い棒で、椀の中をかきまぜた。不思議なことに、椀の中身は、みるみるうちに湯気の立つ液体になった。
「飲みたまえ」
と、ゼラルドが言った。フィリシアは、夢でも見ているように感じながら、おそるおそる椀を口元に近づけた。褐色の液体を、ふうふう冷まして一口飲むと、とても甘く、温かい。
「・・・おいしい」
 フィリシアが言うと、ゼラルドは無言でうなずいて、フィリシアから離れ、元の場所に立った。フィリシアは、ゆっくりと椀一杯を飲んだ。疲れた心身にしみわたる温もり。
「・・・ありがとう、ゼラルド」
 控えめに礼を言うと、黒髪の若者は、そっけなく答えた。
「落ち着いたなら、それでいい」
 そう言われて、フィリシアが気付くと、涙は止まっていた。

あとちょっと。

旅へ(07)

 もともとフィリシアは、恋愛や結婚に対して、それほど甘い幻想を抱いてはいなかった。いずれは政治的な理由によって、年の離れた王や王子とめあわせられるのだろうと思っていたし、夫となるひとが誰であろうと、その長所を見出して好きになれたらいい、と、まっすぐに思っていた。だが、恋人でも夫でもない人に一方的に唇を奪われるのは、年頃の乙女として、傷つかずにいられない出来事だった。しかも、恋愛感情とは何の関係もなく、「その場しのぎ」のために奪われたのだ!
 黙々と道を進むうち、やがて、森の尽きる場所に着いた。そこには月色の長い髪をした若者が待っていて、フィリシアのそばに来ると、馬から下りるのを手伝ってくれた。
「お久しぶりです、フィリシア姫。・・・どうしたの、涙が。フルートに何か言われた?」
「いいえ、何でもないの。久しぶりです、セレン・レ・ディア」
 フィリシアは、ハンカチで涙をぬぐい、無理やり微笑んだあと、気付いた。もう一人、誰かいる。少し離れた木の下に、黒い馬を連れた、黒髪に黒い目の若者が、冷めた表情で、静かに立っている。
「あちらの方は・・・?」
「フルートから聞いてない?」
 セレンは、物問いたげな視線をフルートに投げた。王子は、きまり悪そうに、
「すまない、まだ何も。それより、気になることがある。一緒に来てくれ、セレン」
「え?」
「ケビンをだまして置いて来た。今頃、悪者連中から責められているかもしれない」
「え?」
「詳しくは道中話す。ゼラルド、少しの間、フィリシアを頼む」
 フルートは、セレンを連れて、行ってしまった。
 フィリシアは、半ばあっけにとられて、心の中でフルートを恨んだ。初対面の人がいるなら、教えてくれれば良かったのに。そうしたら、みっともない泣き顔で挨拶しなくて済むように、がんばって、どうにかして泣き止んでおいたのに。
 「フィリシアを頼む」という言葉から考えるに、相手には、私が誰であるかを知らせてあるのだろう。王女は姿勢を正し、なんとか笑みらしきものを作って、挨拶をした。
「初めてお会いするのに、見苦しいところをお目にかけて申し訳ありません。フィリシアです」
「ゼラルドです。途中まで同行します」
 相手はそっけなく言ったきり沈黙し、話をつないでくれる気配はみじんもない。それどころか、フィリシアが話題を探して、
「今日は雨が降らなくて何よりでした」
と話しかけると、「別に」と無愛想に応じて、
「ぼくのことは、いないものと思ってもらって結構だ」
と、取り付くしまもなく、会話は終了だと言わんばかりの態度なのだった。

旅へ(06)

「フィアのこと、みんなには内緒だぜ」
と、ルークは口止めした。ケビンは真面目な顔で、何度も頷いた。
「うん、わかった。そうだよな。女の子たちから何されるか、考えたくもないよな」
「ああ。わかったら、俺たちを通してくれ。だいたい、どこかの姫君だったら、侍女の一人も連れず、馬車にも乗らず、こんな森の中を通るわけがないだろ」
「そうだよな」
 言いながら、ケビンはまだ迷っている。
「・・・ほんとに、本当に、ルークの彼女なんだな?」
「俺を疑うのか?」
 ルークは不機嫌に片眉を寄せると、フィアの腕をつかみ、ぐいと引き寄せた。痛い、とフィアは思ったが、間近で視線が合って、ルークがとても真剣な目をしていたので、何も言えなかった。
 ――気が付いたときには、ルークに唇を奪われていた。
 何が起こっているのか、よくわからずに、青い髪の乙女は、しばし硬直した。それからルークを押しのけようとしたが、直前に見た真剣なまなざしを思い出して手を止め、そこでやっと、これが「恋人のふり」であることを理解した。我慢して、ぎゅっと目を閉じた。みっつ数えるほどの時間ののちに、ルークは離れ、フィアはうつむいた。
 ルークは、ケビンを振り返った。
「信じたか?」
「信じた。疑って、ごめん!」
 ケビンが道をあけたので、ルークとフィアは、馬を引いて通った。
「うん、それじゃ、俺たちは行くけど。ケビンも、物騒なことに巻き込まれるなよ」
「そうだな、気を付けるよ。じゃあな!」
 ケビンの声に、フィアも顔を上げて、どうにかこうにか笑顔を作り、手を振った。
 三人はそうして、和やかに別れた。

 再び馬に乗り、森の細道を進みながら、ルークとフィア――フルートとフィリシアは、しばらく無言だった。フルートは言葉を探したが、良い案もなかったので、率直に言った。
「すまない、フィリシア」
「気にしないで」
 応じたフィリシアの声には、涙が混じっていた。フルートは少しだけ、うろたえた。
「本当にすまない」
「気にしないで」
 言いながら、王女の頬には涙がぽろぽろと流れ落ちて、止まりそうにない。
 王子は、何を言ったらいいのか分からなくなった。気まずい沈黙を抱えて、二人はとにかく道を進んだ。王女は馬の上で、うなだれた。

旅へ(05)

 森の中に続く道を、ふたりは馬に乗って進んだ。王子が、落ち着いた声で言った。
「とりいそぎ、話しておかなければならないことがある」
「何かしら」
 フィリシアが尋ねると、フルートは、何でもないことのように答えた。
「君がこのあたりを通ると予想している盗賊団がある。金目のものを手に入れたいようだ」
「え・・・」
 フィリシアは、目を見開いた。フルートが落ち着いているので慌てずに済んだが、それでも少し、動揺した。
「そんな、どうして・・・いいえ、それが本当だとしたら、どうすればいいの」
「小さな事件が起こるだけで、危険はないそうだ。だが、注意して進もう」
「危険はないそうだ――ということは、占ってもらったの?」
「ああ。それが、もうひとつ話しておきたいことだ。実は、森の向こうに」
 言いかけて、フルートは口をつぐんだ。前方に立ちふさがる人影があり、大声で呼びかけて来たのだ。
「そこの馬、止まれ、止まれ! ・・・あれ?」
 両手を広げて立ちはだかった大柄な若者は、ふたりが近づくと不思議そうな顔になった。
「ルークじゃないか。どうして、こんな所を通るんだ?」
「そっちこそ。こんな田舎で何してんだよ、ケビン」
 「ルーク」が答えると、ケビンと呼ばれた若者は、素直に答えた。
「臨時の仕事さ。ここを見張って、お姫様らしき一行が通ったら、引き止めて、合図するんだ。青い髪に、青い目のお姫様で・・・ん?」
 ケビンは言葉を切って、馬上の「フィア」をじろじろと見た。ルークは呆れて言った。
「おまえさあ。その仕事、怪しいぞ。仕事はよく選べよ」
「うーん、やっぱり怪しいかな? まあ、俺も少し、思ったんだけどな・・・」
「こいつはお姫様なんかじゃないぜ」
 ルークは言って、馬から降り、フィアにも手を貸して、馬から降ろした。
「この恰好を見れば、王族でも貴族でもないの、わかるだろ」
 ケビンは、フィアが身に着けているものを、よくよく眺めた。どこから見ても庶民の服。
「そうだな。でも、じゃあ、誰なんだい」
「俺の、恋人のフィアだ」
 恋人?と、フィアは内心びっくりしたが、たしかに、遠縁などと言うよりも信じてもらいやすいかもしれない。話を合わせることにして、にっこりと笑った。
「初めまして、フィアです。ルークのお友達?」
 ケビンは、きまり悪そうな顔でうなずいた。
「あ、どうも。うん、ルークの友達で、ケビン。じろじろ見てごめん。ルークにこんな美人の彼女がいたなんて、全然知らなかったよ。女の子たちも、知ったら嘆くだろうなあ」

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