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カテゴリー「【創作】」の429件の記事

こぼれ話:猫を飼う夫人

 まだ社交界にデビューしたばかりの少女だったころ、お城で仮面舞踏会があって、私はたくさんのピンク色の布で、薔薇の花をモチーフにした飾り付けをしてもらった。蝶々をイメージした仮面をつけてお城に行くと、広間は華やかで賑やかで、まるで夢のよう。同じ年頃の子どもたちと、お互い誰だかわからないまま、おしゃべりをした。一人の男の子が、私の髪がほどけかけているのを見つけて直してくれた。
「すこし、じっとしていて。すぐに編めますから……はい、できました」
 男の子なのに私の髪を細い指で編んでくれた彼の、鳥の羽根を模した仮面から覗く優しい瞳は、魔除けの宝石のような緑色をしていて、吸い込まれそうな気がした。仲良くなれたらいいな、と思ったし、なんだか相手もそう思ってくれているような気がしたけれど、
「ごめんなさい、行かなくてはなりません。またお会いしましょう」
 そう言って、男の子は向こうへ歩いて行ってしまった。後ろ姿を、見るともなしに見ていると、彼の向かった先は、驚いたことに王子殿下のところだった。年の近い王子殿下と、とても親しそうにお話ししている……それに、あのさらさらした長い髪。それでは彼は、ディア家のセレン様だったのだ。ふだんなら、とても私が口をきく機会など無い。
 帰りがけ、ふと見ると、そのひとは向こうのほうから、ちょうど私のほうを見ていて、視線が合った。こちらに来ようとしてくれたけれど、私はお辞儀をして、背中を向けて、退出した。親しくなる前に家柄の差がわかって良かった。仮装パーティーだったのも助かった。私のほうは彼が何者であるか見当がついたけれど、彼のほうは、ふだんの私を見かけても、見分けがつかないだろうから。

 数年後、私は、親に言われるまま、家柄の釣り合う相手に嫁いだ。ささやかな幸せを望んだ私に、けれど夫は興味を持たなかった。夫は、よそに好きなひとがいて、逢引きを繰り返した。落ち込む私に、友人たちは、犬か猫を飼ったらどうかと勧めてくれた。そうね、気晴らしになるかもしれない、猫を飼うことにした。猫のいる暮らしは、思ったよりずっと楽しかった。夫が振り向いてくれなくても、猫がいればいいわ。
 ある晩、夫とパーティーに行った先で、夫のほうはすぐに愛人のもとへと去ってしまい、私は誰か友人を探したが、たまたまその日は仲の良い人が見つからなかった。また、人の輪の中心にはディア家のセレン様がいて、今は婚約者がいらっしゃるはずだけれど、私にはやっぱり眩しい方で、遠巻きにうっとりと眺めていて――なんだか悲しくなった。結婚したとは名ばかりの、ひとりぼっちの私。いいえ、猫がいるけれど。
 人のいないバルコニーに逃れて、夜風に当たることにした。
 そうして、気が付いたら、私のすぐそばに、かのひとが立っていた。
「すこし、じっとしていて。髪飾りがゆるんで……はい、どうぞ」
 にこ、と笑いかけてくれた。あのときと同じだったが、お互いに仮面がない。どきどきして口がきけなくなっている私に、
「以前どこかでお会いしましたね。またお会いできて嬉しいです」
と言う。いいえ、いいえ、きっと誰にでもおっしゃっているのだわ。婚約者がいらっしゃるのに、こんなところで人妻と二人きりになって、口説くようなことをおっしゃって、よろしいのですか――と、心の中では思うのに、のどにつかえて出て来ない。
 狼狽したあげく、やっと私の口から出た言葉はと言えば、
「猫が……」
「猫?」
「猫が、待っているので、帰ります……」
 かのひとは、ふふ、と笑った。
「ぼくは、あなたにとって、猫ほどの価値もありませんか」
「猫は、素晴らしいです。私を慰めてくれます……」
 ふわり、と良い匂いに包まれた。何が起こったのかわからない私の耳元で、優しい甘い声がした。
「では、せめて貴女が泣き止むまでのあいだ、こうしていましょう」
「……」
 涙はなかなか止まらなかった。猫が、とは、もう言えなかった。

 急に「子供が欲しい」と言い出した私に、夫は当惑したようだった。だが、「そうだね。そういうことも、そろそろ考えないといけないかもしれない」と言って、応じてくれた。
 やがて、すこやかな赤ちゃんが生まれてみると、意外なことに、夫は非常な子煩悩だった。愛人のところに行くことはなくなり、家にいる時間はほとんど、坊やと遊んで過ごすようになった。
「男の子は母親に似るというのは、本当だねえ。きれいな優しい顔をしているじゃないか」
と、そんなことさえ言った。
 夫と子供と猫に囲まれて、私は申し分なく幸せな暮らしぶりになった。とりわけ、息子を見ていると、気持ちが安らいで、生きていてよかったと思える。私と同じ亜麻色の髪。私と同じ緑色の瞳。いいえ、私よりも息子のほうが、綺麗な目をしている。
 それはまるで魔除けの宝石のような、吸い込まれそうに優しい、緑色の瞳。

こぼれ話:「鬼」「節分」

「鬼」という500字くらいの掌編を書いたことがあって、
冒険譚とは関係ない話のように思いつつ、どことなく主人公がセレンに似ているので、
迷ってそっとしておいたのですが。

先日の節分で、続きを思いついて、これも500字ほどのお話ですが、
「和風な雰囲気で読んだほうが、しっくり収まりそう」と思ったので、
やっぱり冒険譚とは関係ない話なんだ、と思いつつ、せっかくなのでここに置きます。

* * *

 

『鬼』

野宿は避けたいが、さて、人家は見つかるだろうか。と、心配していた若者は、暗くなった頃、一軒の明かりを見つけた。近づいてみると、平屋だが、大きな家だ。
若者は近くの木に馬をつないで、家の戸を叩いた。しばらくして、戸の向こうで、女性の細い声がした。
「どなた?」
「旅の者です。一晩、屋根を貸していただけませんか」
戸が開いた。美しい娘が、虚ろな瞳で若者を見て、言った。
「屋根。雨露をしのぐだけなら、入って、好きにしたらいいわ」
それだけ言って、ふらふらと中へ歩み去る。
ためらった後、中に入って、若者ははっとした。娘の向かう先に、一体の骨があった。見るからに古い骨。娘は骨の横にうずくまり、されこうべを抱えて丸くなり、動かなくなった。
若者は迷ったが、結局、部屋の端に毛布をひいて横になり、一晩を過ごした。あまり眠れなかった。

翌朝早く、若者は起き出して、そっと家を出た。背後から細い声が聞こえた。
「さようなら、旅の人」
「ありがとうございました」
礼を述べて去った若者は、道すがら考えた。美しい娘の額にあった二本の角と、あの骨について。

* * *

 

『節分』

朝から山に入っていたが、もう昼を過ぎた。諦めて帰らなければ。
だが、もう少しだけ。歩き出した足の先に、ひっそりと建つ屋敷が見えた。見つけた。

戸を叩けば、見覚えのある娘が姿を現す。若者は静かに言う。
「下の里の者たちが、節分の日、鬼を倒すために山を探すそうです。あなたのことでしょう」
「……」
娘は黙って、自分の額に生えている角をさわる。若者は頷く。
「一年前、僕は道に迷って、あなたに助けられた。今度は僕が助けたい。節分は明日。まず、ちゃんと食べて、そして逃げて」
背負った籠を下ろし、捕らえておいた狐を娘に差し出すと、娘は狐を受け取って口を開いた。
「逃げません。返り討ちにするわ」
「それは困る。僕は里にも恨みはないんです」

翌日、里の者たちが山奥で、鍬や鉈を振り上げながら屋敷の戸を叩くと、中から現れたのは人間の若者だった。
「騒がしいな。鬼? いいえ、僕の家だ」
里の者たちは首をひねりながら、安堵して山を下りて行った。
「もう来ないといいね。帰ります。元気で」
若者が去った後、娘は座敷で、愛しい古いされこうべを抱きしめて眠る。

* * *

 

それでは、また。
次回、いつ更新できるか分かりませんが、ゆるゆると気長にお待ちいただければ幸いです。

「思い出話」

 灰色の空が、だんだん明るくなってきた。
「じきに雨が止みそうだ。あとで街を探検に行かないか」
 金髪の王子は、楽しそうな青い瞳で傍らを振り返る。
「行くわ」
と姫君は微笑んだ。ゆるやかに波を打つ青い髪が揺れた。
 宿屋の階段の踊り場で、二人は並んでガラス窓から外を見ている。フィリシアは思い出したような顔で続けた。
「そういえば、この前、セレンと雨宿りしたときにね」
「うん」
 フルートは何気ないふうに相槌を打ったが、内心、友人が姫君に失礼なことをしたのではないかと、心配でどきどきした。幸い、フィリシアの口から出たのは、こんな言葉だった。
「雨上がりに、世界が日差しを浴びて瑞々しく生まれ変わるのと同じように。何かのきっかけで、世界が新しく生まれ変わったように感じることがある、という話をしたわ」
「ああ、あるね」
と、フルートは応じた。ぽつぽつと、
「子どものころ、初めてお忍びで城下に連れて行ってもらって、これほど近くにこれほど異なる文化が栄えているのか、と、とても驚いた。もう少し遠くの街なら、もっと違うはずだ。自分の国を出れば、さらに違うはずだ。そう思ったら、世界が急に、広くて果てしなくて色とりどりの存在に感じられたな」
 そう話してから、興味のままに尋ねた。
「君は?」
「私は、小さいころ、とても体が弱かったから」
と、姫君も語り始める。
「すぐに咳が出たり、熱が上がったり、すこし外に出ると具合が悪くなったりして、たいていベッドで横になっていて、どうして私は周りのみんなのように動けないのだろうと、いつも悲しかった。そうしたら、ある満月の夜に、妖精たちが来て、祈りをこめて作った首飾りで、私を助けてくれたの。
 私の体に、満月の光が溶けて浸みていって、胸の中にお月様をもらったようだった。私の内側で、何かとても明るいものが皓皓と輝いて、体の隅々までその光が行き渡るようで……次の朝、目が覚めたら、夢ではなかったの。本当に体が軽くて、走ることも飛び跳ねることもできて、嬉しくて駆け回って、まるで世界中の色が塗り替えられたみたいだった!」
 そのときのことを思い出して、姫君の青い瞳が、きらきらと潤んでいる。
 王子は、自分も彼女の喜びを分かち合ったような気持ちになった。
「そうか」
と、そっと言ったあと、ふと気づいて、尋ねた。
「セレンは、何か思い出を話した?」
「雨が止んだから、次の機会にと言われたの」
「最近の出来事だとは、言っていなかった?」
「いいえ。そうなの?」
「気のせいかもしれない。――雨がやんだよ」
 フルートは、外の様子を確かめる。フィリシアも、空を見上げる。
「そうね、やんでいるわね」
 二人は互いに頷き合い、軽やかな足取りで階段を降り、旅先の街に飛び出してゆく。
 空が、すっきりと、青い。

(完)

以前のこぼれ話を基に、本編が出来ました。

(心を鎧う)

少年には、これといって何がしたいという望みもなかった。
豊かな家に生まれたことを、恵まれていると自覚しており、子の務めとして親の期待に応えるべきと思いもして、毎日を言われたとおり勉学に捧げていた。

怒りや悲しみは嫌いだった。すぐに傷つく、自分の心の弱さが嫌いだった。だから、誰にも信頼や好意を抱かないように努めた。
最初から期待などしなければ、何を失うこともないのだから。

今から思えば、自分は単に傷つきたくなかっただけだ。と、青年は苦笑する。
今ならわかる。ほんの少しの勇気があれば、信じたい人を信じていいのだ。心惹かれる人を、好きになっていいのだ。
そのせいで何かを失い、傷つき、悩み、たとえ命を落とすことになっても。信じた何かのため、好きになった誰かのために、賭けられるものは何であれ、全身全霊で賭ければいいのだ。

ありがとう、「孤独」という名の頑丈な鎧。
幼い心が傷つかぬように守ってくれた甲冑よ。
ぼくは心を決めた。これからは、鎧を脱いで、傷つきながら、生身のぼくが生きるよ。

(完)

セレンをモデルにして書いた掌編。

ふたたび、雪

 重たいカーテンを開けてみると、外は白く、きらきらと眩しい。昨日は吹雪いていたが、今朝は晴れたようだ。
 とはいえ、指先が微妙に冷えて、聖札をうまく操れそうにない。なるほど、このような占いの文化にも、土地の気候というものが影響するのか――などと思いながら、黒髪の若者は、身支度をして、朝食のために食堂へ向かう。
 
 木でできた真四角のテーブルを四人で囲み、食事をした。
「食べ終わったら、外に出て雪だるまを作らないか!」
と、金髪の王子が嬉しそうに言うのへ、セレンが呆れたように、
「こどもじゃないんだから。ぼくは行かないよ」
「何だよ、その言い方は。せっかく晴れたんだから、外に出ようぜ」
「わたしも雪だるま作りたい!」
 弾んだ声で言い出したのはフィリシアだ。フルートが、我が意を得たりという顔をする。
「そうだよな!」
「うん!」
「ゼラルドも、雪だるま、作ろうぜ」
 黒髪の若者は首をかしげた。一年ばかり前に誘われたときは断ったものだが。
「ユキダルマ。ユキダ・ルマ?」
「ユキ・ダルマ。雪だるま」
「雪だるま」
 わかったような、わからないような顔でつぶやくと、フィリシアが笑顔で言う。
「一緒に作りましょうよ!」
「・・・わかった」
 なりゆきを見守っていたセレンが、あーあ、と溜息をついた。
「お姫様も王子様も、今は為政者ではなく冒険者、というわけだ。まあ、天候待ちの間に羽根を伸ばしても、罰は当たらないか」

 四人で、雪だるまを作った。コートと手袋と長靴で防寒した彼らは、みんなモコモコだ。
 にぎやかに騒ぎながら雪玉を転がすフルートとセレンが、ひとつめの雪だるまを作り。
 にこにこと上機嫌なフィリシアを、ゼラルドが手伝って、ふたつめの雪だるまを作った。
 みんなで満足して二体の雪だるまを囲んで、うんうんと頷きあった。立派に出来た!
「気がすんだら、戻って、お湯を浴びて、よく乾かして。風邪をひかないように」
 セレンが言うので、みんなで笑いながら戻る。
 館の入口を入る前に、ゼラルドはもう一度、雪だるまを振り返った。
 一年前に、寒いからと言って作らなかった雪だるまを、作れて良かった、と、思った。

(完)

鬼(トロル)の花嫁

 ある山の奥深くに、鬼が棲んでいた。体が大きく、凶悪で、よく人里に下り、人間・家畜を襲った。困った人々は、美しい娘をひとり選んで生贄とし、晴れ着を着せて里から送り出した。
 娘は、人ひとりがようやく通れる細い道をたどって、鬼の棲みかに着いた。鬼は美しい花嫁を歓迎し、大切にもてなした。
 娘は働きもので、気立ても良かった。鬼は、娘と暮らす山の毎日が楽しくて、人里に下りることがなくなった。このままいつまでも二人で暮らしたいと願った。
 だが、娘は先に寿命が尽きて、世を去った。鬼はその場に座り込んで亡骸を抱き、何百年も泣いた。

 あるとき、鬼のすみかを通り過ぎる者があった。背の高い若者で、さらさらと伸びた長い髪は、月のように淡い金色をしていた。鬼を見ると、若者は穏やかに言った。
「こんにちは。ここを通り抜けてもよいでしょうか」
 鬼は若者に、腕に抱いた妻を見せた。そうせずにはいられなかった。
「見てくれ、俺の花嫁は美しいだろう」
 問われた若者は、そこに骨をしか見出さなかったが、優しく微笑んで、「美しい方ですね」と答えた。鬼は満足した。
「そうか。通るがいい」
 若者は通り過ぎて行った。

 やがて、今度は、鬼のすみかを通り過ぎる乙女があった。ゆるく波打つ長い髪は、北方に特有の青い色をしており、鬼に気づくと、朗らかに言った。
「こんにちは。ここを通ってもいいでしょうか」
 鬼は、腕の中の妻を見せた。そうせずにはいられなかった。
「どうだ、俺の花嫁は美しいだろう」
 問われた正直な乙女は、鬼を見て、骨を見て、また鬼を見て、少し考えてから、
「美しいひとは、いつまでも美しいのですね」
と言った。鬼は満足した。
「そうだな。通るがいい」
 乙女は通り過ぎて行った。

 そして次に、また、若者が通りかかった。陽光色の髪と、意志の強そうな青い目をした彼は、鬼には興味を示さずに通り過ぎて行こうとしたが、鬼は立ちふさがって、尋ねた。
「俺の花嫁は美しいだろう」
 若者は、鬼の腕の中を見て、ためらいなく、
「美しい骨だ」
と応じた。
 骨――? 鬼は、はっとして、腕の中をまじまじと見下ろした。涙で曇った目には、それまで、まぶたを閉じた妻の顔しか映ってはいなかったが、このとき、その顔の向こうに骸骨が重なって見えた。
 鬼は、怒りと悲しみに激昂し、妻の亡骸を片腕に抱いたまま、残りの片腕を振り上げて若者に襲い掛かった。若者は、帯びた剣を抜いて応戦した。あっけなく、鬼の腕1本が切り落とされた。
 鬼は、痛みと苦しみにうずくまった。若者は黙って立ち去った。

 最後に、謎めいた若者が現れた。黒い髪、黒い瞳、白い肌をした若者は、鬼に気づくと、無言のまま鬼の前に立った。鬼は、泣きながら尋ねた。尋ねずにはいられないのだった。
「俺の花嫁は美しいだろう」
 若者は静かに応じた。
「見えぬものが見えるなら、聞こえぬものも聞こえよう」
 聞こえぬもの――? 鬼は耳をすませた。ふと、愛しい人の呼ぶ声がしたように思った。
 鬼は耳をすませて、無心に聞き入った。若者は通り過ぎて去った。

 それからしばらくの間、鬼は毎日、妻を片腕に抱いたまま、妻の優しい声を聞いていた。
 懐かしい、在りし日々の夢を見た。
 そして、いつしか、鬼も、骨となった。

予告なしでしたが、本編のつもりです。

表と裏(04)

 夢を見た。
 屋敷の一室で、ディア家当主である父の代理として、会議に出席していた。
 父の考えを述べた。自分の意見も述べた。どちらも取り上げられ、話し合われて、その一部が採用された。解散したが、仕事は終わりではない。他の出席者たちと談笑し、如才なく話を合わせ、情報を集め、代わりにこちらからも情報を与え、相手の喜ぶ顔を見て「良かったな」と思い、そうこうするうち散り散りになって、自分ひとりになった。
 自分は誰かの役に立っているだろうか。これで本当にいいのだろうか。ぼんやりと屋敷の中を歩いているうち、裏庭に出た。そのまま歩き続けて、気が付けば、森の中。王家の森だ。まっすぐ行けば<天馬の泉>。友に初めて会った場所。
 もっとも、王子のほうは、もう「ルーク」でいたときのことは全て忘れてしまったのだ、と、セレンは思い出す。初めて会ったときのことも、都の仲間たちと過ごした日々のことも、積み重ねた交流と冒険のことも。忘れても別にかまわない。かまわないけれど、ほんの少し、寂しくないといったら嘘になる。
 泉に着いた。セレンの他に、誰もいない。水面に、木漏れ日が揺れている。木々の枝葉がさやさやと鳴っている。静かだ。
 ・・・帰ろう。
 きびすを返したところで、足を止めた。
「よう、セレン」
 目の前に、彼が立っていた。ルーク、と呼びそうになって、セレンは口をつぐみ、フルート、と言い直そうとしかけて、なんだか違う気がして、頭の中がぐるぐるした。
「ははっ、どっちだっていいのに、何を迷ってんだよ」
 おかしそうに笑われた。
「・・・ルーク」
「うん。けど、言葉遣いが悪いと、君が心配するんだったな。って、おい、どうしたんだよ」
 セレンは気が付いて、手の甲で涙をぬぐった。ルークはやや狼狽した顔をしている。そういえば、この友には意外と泣き落としが通用するのだ。泣くのはもっと、ここ一番のときに取っておかないと。
 ルークは軽く片眉をひそめた。
「セレン、いま何か、わるいこと考えただろ」
「うん、でも、聞いて」
「ん?」
「名前なんて、どちらでもいいんだ。言葉遣いだって、どうだっていいんだ。表とか裏とか、どうでもよくて、どこから見た君も全部、君という一人なんだ」
「ん? 当たり前だよな?」
「ちゃんと伝えられてなかった」
「そうか?」
 ルークは釈然としない顔をしているが、セレンは満足した。言えて良かった。
 目が覚めた。

 安宿の、カーテンもない窓から、陽の光が差している。
 見ると、隣の寝台で、友は体を起こして、苦しそうに額を押さえていた。
「具合悪いの?」
「・・・気分悪い」
「吐く?」
「や、平気。ふつかよいに似てるけど、違うな。俺、きのう何も飲んでないよな?」
「・・・ルーク」
「ん?」
「思い出したんだ?」
「何を? あれ? そうだな、だいたい思い出した。あれ?」
 ルークは額から手を離した。
「治った。なんだったんだ。言葉遣いは、ほどほどに気を付ける」
「え。うん。ほどほどに・・・」
「じゃ、とっとと支度して出ようぜ!」
 本当にそれで気を付けているつもりなのか? と思ったが、セレンは苦笑しただけで、言わずにおくことにした。
 表とか裏とか、つい気になるのは、どちらも見えている贅沢な立場にいるからだ。
 必要に迫られるまで、わざわざ片方を隠すことなどない。
「そうだね、行こう」
 今は、自由な旅の空なのだから。

(完)


(完)を忘れててすみませんでした…。

表と裏(03)

 もとの行程では、その日のうちにすぐ移動する予定だったのだが、若者たちは二人で相談し、1日延期することにした。もし、記憶を封じる魔法を使っていた女性、もしくはその娘に再会できれば、フルートが抱えてしまった混乱について、何か役立つ情報が得られるかもしれないからだ。
 親子に会った路地などに目を配りつつ探したところ、夕方、娘のほうに会うことができた。セレンが娘に気づいたのと同時に、娘のほうも若者たちに気づいて、呼ぶまでもなく近寄って来てくれた。
「旅の人だと思ってたけど、まだいたのね。今日はありがとう」
 助けてくれたフルートに向かって嬉しそうに笑うのへ、横からセレンが話しかけて、
「あのね、実は少し、教えてもらいたいことがあって、君を探していたんだ」
 詳細は伏せたまま、フルートの一部の記憶が抜け落ちていることを説明すると、娘は表情を曇らせた。
「そんなことが。ごめんなさい。でも、母さんが言ってたけど、魔法は完成していなかったから、止めに入った人に大した影響はないだろう、って。ただ、ちょっとの間クラクラするはずだから、その間に急いで逃げたんだ、って。万一、めまい以上の影響があったとして、元に戻せと言われても出来ないし、放っておけばそのうち治るんだからね、って」
 ふむ、と考えてから、セレンが思いついて尋ねた。
「君がお母さんの魔法で忘れさせられるところだった人は、何という名前なの」
「関係あるかしら。ルークっていうの」
 ああ、それでか。合点がいく。これで、知りたいことは全て聞けたように思う。
 セレンは、娘のことも気遣った。
「それで、君のほうはお母さんと仲直りできたの」
「ええ、頭が冷えたみたい。あたしの話を聞いて、考え直してくれたわ」
「それは良かった」
「ええ。忘れたくない人だったから」
「いろいろ教えてくれて、ありがとう」
 いくらか会話したあと、娘と別れて、若者たちは、顔を見合わせた。
「さてと。要約すると・・・」
 セレンが言いかけたのを、フルートが引き取って、淡々と言った。
「未完成の魔法だった。偶然の一致によって、予想外に大きな影響が出た。放っておけば治る見込みもある。だが、保証はないな」
「うん、そんなところだね。・・・どう、大丈夫そう?」
 心配するセレンに、金髪碧眼の王子は、にこ、と屈託なく笑って、澄んだ瞳で答えた。
「仕方ないさ。記憶が戻るまでは、君のことも、ゼラルドやフィリシアのことも、ところどころ思い出せないが、許してもらうしかない」
「・・・うん」
「明日は町を出て、次の目的地に向かおう」
「そうだね」
 その晩、二人は相部屋だったが、フルートは普段通り、くうくうと眠った。セレンのほうは、ゼラルドやフィリシアと合流したらどのように説明したものか、等について、あれこれ思い悩んでなかなか寝付けなかった――が、変わらずにこうして信頼してもらえているのだから、王子の仮面であるところの「ルーク」がしばらく戻って来ないことくらい、別に何ということはあるまい。セレンとしては、あの娘の友達だか恋人だかが「セレン」という名でなかったことで、ひとまずは良しとすべきなのだ。そう結論付けて、夜明け近く、うとうとと眠りに落ちた。

あと1回あります。年内に書き切ります。

表と裏(02)

 暗く狭い路地裏では、若い娘と、その母親くらいの年恰好の女性が向かい合っていた。娘のほうは地べたに座り込んでおり、長いスカートの裾から見えている両足首のあたりに、赤い煙でできた輪のようなものが嵌まっていて、そのせいで動けなくなっているようだった。
 娘は、目の前に立ちはだかる母親らしき女性に向かって、必死に叫んでいた。
「やめて! やめて、母さん、お願い! わたし、あのひとのことを忘れたくないの!」
 母親のほうは、ぶつぶつと、しきりに何かの呪文を唱えながら、指で円を描くような動作をしている。状況から察するに、何かを忘れさせる術をかけようとしているのだろう。
 母親が娘のほうへ指を突き付けたそのとき、さっとルークが親子の間に割りこんだ。
「よせ!」
 母親は、思いもかけないことだったらしく、ひっと言って手をひっこめ、慌てた口調で、
「な、何をするんだい。あたしは知らないよ。何もしてないよ」
 逃げるように走り去った。娘のほうは、足首から赤い輪が消えて、立ち上がり、
「助かったわ、ありがとう!」
 瞳に感謝をたたえてルークにお辞儀をすると、これも走り去って行った。
 セレンは親子の後ろ姿を見送って、軽くルークを咎めた。
「怪しげな魔法に無理やり割り込むなんて。危ないじゃないか」
 ルークは、セレンのほうに視線を向けた。戸惑った顔をして、
「ぼくは・・・」
「うん?」
「君は・・・、ぼくを知っているのか」
「・・・えっ」
 セレンは固まったが、幸い、友はすぐに言葉を継いで苦笑した。
「ああ、すまない。少し混乱した。君はセレンだ。ぼく自身のことも思い出した」
 どうやら、記憶をあやつる魔法の影響を、いくらか受けてしまったようだ。そのせいか、言葉遣いも素に戻って、「ルーク」というより「フルート」王子の話し方だ。こうしてみると、ついさっきまでセレンが感じていた、粗雑な「ルーク」としての振舞いのほうが素顔になりはしないか、という心配は、考えすぎだったのだろう。
 王子は視線を落とし、片手を腰に当て、何かを考えこんだ。セレンが黙って待っていると、やがて視線を上げたが、言い迷っているようなので、セレンのほうから尋ねてみた。
「思い出せないことがあるの?」
「ああ。君のことも、曖昧にしか。君の様子からして、相当に親しい友人なのだろうに」
「・・・うん。では、たとえば、最初にどこで知り合ったか、覚えている?」
「君の13歳の儀式のときか。違うな。どこだっただろう」
 そう来たか。待てよ、それでは、もしかして。
「ルークのことは、覚えている?」
「ルーク。聞き覚えのある名前だ。・・・ぼくのことなのか」
 王子が眉を寄せる。思い出そうとすることに苦痛を伴うらしい、と、セレンは気が付いた。できるだけ、のんびりと言った。
「無理に思い出さなくていいよ、フルート。とりあえず一日、様子を見てから考えよう」
「そうだな」
と、あっさり決めるあたり、彼らしさは少しも失われていない。セレンに対して信頼も寄せてくれているようだ。それならそれで、いくらでも対応のしようはある、とセレンは思う。少しでも覚えていてもらえて、よかった。

表と裏(01)

「このあたりは治安があまりよくなさそうだね」
 ゆうべ泊まった宿に馬を預けたまま、ちょっと町を覗いてみようと二人で歩き出しながら、セレンはいくぶん眉をひそめ、小声で話しかけた。
「ああ。俺たち二人だけで良かったな」
と、のんきな調子でルークが応じた。余計な心配をしなくてすむ、と言いたいのだろう。
 そう話しているうちにも、すれちがいざま、ルークに肩をぶつけて来ようとするガラの悪い男がいる。金髪の若者は何気ないふうに避けようとしたが、男は無理矢理ぶつかって来て、大声を出した。
「おい、気を付けろ。前見て歩けよ」
 ルークは相手にしない。歩き去るその後ろ姿に向かって、男は手をのばし、さらに大声を出した。
「詫びろって言ってんだよ、てめえ」
 ルークの肩をつかもうとしたが、よけられて、たたらを踏んだ。
「このやろう!」
 男はルークの行く手に回り込み、こぶしを握って殴り掛かって来る。ルークは、すいとよけて、体を沈め、一発だけ反撃した。男はグッと呻いて崩れ落ち、それへ、
「失せろ」
と低く一声かけて、ルークは何事もなかったように歩みを進める。
「ルークは――」
と、セレンが、ふと思いついたように言った。
「ん?」
「この旅で、乱暴な言葉や態度に馴染んだせいで、表と裏が逆転するような心配はないの?」
「というと?」
「つまり、王子様の素顔の上にルークという仮面をかぶっているつもりが、いつのまにかルークのほうが素になって、王子様のほうが仮面になってしまったり、しない?」
「そんなワケあるかよ、ばーか」
と、おしのびの王子様は陽気に笑い飛ばす。いや、その笑い飛ばし方を聞くにつけても、セレンは何となく懐疑的になって、本当に大丈夫なのかと問いたくなるのだけれども。まあ、本人がそう言うなら、今はいい。追及しないことにしよう。
 ルークのほうは、笑いながら続けていた。
「だいたい、俺より君のほうが、よほど表と裏があるんじゃないのか?」
「えっ。うーん・・・」
 なるほど。セレンはふだん、王子がルークと名乗るようには一人二役を演じたりしないが、表向きは誰にでも人あたりがよく社交辞令が上手なものの、実のところは相当に神経質で、気のおけない仲間うちでは不満をぶつぶつこぼす。そのことを言っているのだ。
 だが、二人の会話はそこで途切れた。すぐ近くの路地裏から、若い娘の悲鳴らしきものが聞こえたからだ。若者たちは、悲鳴の聞こえた方へ、すばやく駆け付けた。

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