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ひとこと通信欄

  • (2018/07/19夜) 「旅へ」も、電子書籍と冊子に切り出そうと画策中です。

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SF「夜景都市」(未完)

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カテゴリー「【創作】」の436件の記事

ずっと前の花火

 村に着き、馬から降りて、沈みゆく太陽を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「おかえりなさい、あなた」
 振り返ると、声の主は、嬉しそうに笑って、彼を見上げた。
「早く家に入って、ユーシス。すぐ夕飯にするわ」
 光の加減だろうか、その瞳は潤んでいるように見える。
 彼は、あいまいに返事をした。
「……うん」
「ジャガイモと、獲れたてのトウモロコシを使うわ。おいしいわよ」
「……うん」
「もうっ、どうしたの?」
 彼女は呆れたように言って、両手を腰に当てた。
「夕日に魂を持って行かれてしまったの、ユーシス? ほら、あなたの奥さんに、ちゃんと言ってちょうだい。ただいま、エイダ、って」
「ただいま、エイダ」
「ふふ、よくできました」
 エイダはにこっとする。若者は、もぞもぞと、
「ねえ、エイダ。君は、……いつから、ぼくのお嫁さんだっけ?」
 エイダは噴き出した。
「もう! ずっと前から……本当にどうしたの、頭でもぶつけて、忘れちゃったの? 街で結婚式を挙げて、夜、たくさんの花火を上げてもらって、それはそれは綺麗だったじゃない?」
「そうだったね」
と、彼は応じた。
「あの花火は、とても綺麗だった。君もね」
「えっ、……ありがと」
 エイダは、ほんの少し、うろたえた。それから、頬を染めて、そっと彼と手をつないだ。
「疲れてるでしょ、ユーシス。馬をつないで、早くご飯にしましょう」
 二人で、馬をつなぎ、鞍を外し、飼葉桶を与えて、家に入る。エイダがためらいながら言う。
「ねえ、その髪、伸びすぎじゃないかしら? あなたらしくないわ。あたしが切ろうか?」
「……いや、切らない」
「そう?」
 パタンと、戸が閉まる。
 空には夜が広がりつつあったが、ちいさな一軒家には明るい灯が点されて、窓を金色に照らしていた。

 翌朝、二人が朝食をとっていると、家の外で、馬のいななきが聞こえた。
 ほどなく、扉がノックされて、ほがらかな若者の声がする。
「ごめんください!」
 ユーシスは、ガタンと立ち上がった。エイダも立ち上がった。青ざめていた。
「ユーシス、あなたは奥に行って。出ちゃだめ」
「でも、あの声は」
「いいから、じっとしていて」
 エイダは夫を強く睨む。ユーシスは黙って、力なく椅子に座り込む。
 エイダは足早に玄関に行き、扉を細く開けて、客を覗き見た。立っていたのは、金髪に青い瞳の、快活そうな青年だった。
「朝早くに申し訳ありません。友人の馬がつないであったので、伺いました。こちらに友人がお邪魔していませんか」
「そんな人はいません。帰ってください」
 エイダは戸を閉めようとしたが、若者は素早く、エイダの頭越しに室内を確かめた。
「いたいた。セレン、迎えに来たぞ」
 エイダは、はっと振り向いた。
「だめよ、ユーシス!」
「……ユーシスではないんだ。ごめんね」
 さっきまでユーシスだった若者は、悲しそうに言って、立ち上がった。さらさらした長い月色の髪が揺れた。
 エイダは、溜息をついて、うつむいた。長い髪の若者は、そっと言った。
「ごちそうさまでした。泊めてもらったお代を払わせてもらえますか」
「……いらないわ」
「でも」
「いらないったら。あなたのことも、いらないわ。あなたなんか。あたしのユーシスの代わりになんて、ちっともならないんだから。さっさと出て行って!」
 エイダは、きっと顔を上げて、扉を大きく開いた。長い髪の若者は、出て行きかけて、戸口で一度、振り返った。
「ねえ、エイダ。きっと誰も、あなたのユーシスの代わりにはなれないんだと思う」
 しばらく、沈黙が落ちた。エイダの顔がくしゃっと歪んで、うつむいた。かすれた声が押し出された。
「……さよなら」
 それで、セレンも答えた。
「さようなら、エイダ」

 並んで馬を歩ませながら、ルークが不謹慎なほど面白そうに言う。
「他人の名前を、そのまま呼ばせておく気になるものか? 家の名が泣くぞ、セレン・レ・ディア」
 セレンも、思うことをポツポツと口に出す。
「暗示にかけられていたような気もするし、かけられたふりをしていた気もするし、今となっては、よくわからないんだ。エイダの本当の旦那さんは、どうしたんだろう。出かけているのか、出て行ったのか、亡くなったのか、そもそも本当に旦那さんなのか……」
「さあな。気にしすぎるなよ」
「うん」
 それでも、セレンは心の中で、ひっそりと思った。ユーシスが早く帰ってきますように、あるいはエイダが、もっと適した誰かと出会えますように、と。

(完)

朽ちた館にて

彼の愛馬は、神馬の血を引いており、疲れを知らず、夜目も利く。
暮れた空には月が明るく、行く道を照らしてくれている。
それで、彼は休む場所を探しながら、道なりに馬を歩ませていた。
しばらく行って、古びた屋敷を見つけた。ひどく荒れ、住人はなさそうだ。
一晩休めるようなら、屋根を借りることにしよう。
彼は、馬を降りて門につなぎ、中に入った。

不思議な花の香がする。
蜘蛛の巣を払いながら進み、ドアを開けて入った部屋では、破れた窓から差し込む月光に、天蓋付きの寝台が浮かび上がっていた。
なにげなく近寄って、息をのんだ。寝台には、美しい姫君がひとり、薄い衣を身にまとった姿で寝息を立てていた。透けて見える、豊かな胸、くびれた腰、ほっそりした足……。
なまめかしい半裸の女性を見て、ドキリとしないわけがなかった。だが、何かが彼に危険を告げていた。そして、彼は自身の直感に、今まで裏切られたことがなかった!

迷わず、きびすを返した。背後から、目を覚ましたのか、甘い声が追ってきたが、かまわずに玄関を抜け、馬をほどいて飛び乗った。
「待って、愛しい人。あなたを待っていたのよ。行かないで……」
声とともに、細く長く白い、女の腕のようなものが追って来るように感じられたが、
「ああ、いまいましや。神馬の血族を操るか……」
馬を駆るうち、声は背後に遠くなり、やがて聞こえなくなった。

明け方頃、小さな町に着いた。
朝になって、食べものを調達しながら、それとなく話を聞いてみた。
あの打ち捨てられた屋敷には、時折、人の血を吸う姫君が現れるため、今は誰も近寄らないのだという。
それでは首を落としておいたほうが良かったのだろうか。そう思いかけたが、すぐに気が変わった。
つまり、あの姫君と彼とは、そういう巡りあわせではなかった、それだけのことだ。あるいは誰か運命に選ばれた者が、呪われた姫君を救い出さないとも限らないだろう。
姫君のことを考えるのをやめて、旅を続けることにしよう。
あの姫君が待っているのは、姫君としては残念かもしれないが、彼ではないのだから。

(完)

こぼれ話:勝負しろ

ルークは勝負事が得意なので、近くで賭けがあると、つい首を突っ込んだりします。
ときには、こんなことも。

***

富裕商人の家に泊まったルークとセレンとフィアは、夕食後、遊戯室で談笑し、くつろいだ。違うテーブルでは、商人の息子である三人の少年がカードで遊んでいる。
少年たちはババ抜きをしており、こんなふうに話しているのが聞こえてきた。
「あっちにいる青い髪の女の人、すげー美人だな」
「フィアっていう名前みたいだ。さっき話してるの聞いたもん」
「じゃあ、次に勝ったやつは、あっちのテーブルに行ってフィアの手を握る」
少年たちが「よし」と互いに頷いてカードを配り始めようとしたとき、卓の横にルークが立った。何事かと見上げる子供たちに、まじめな顔で言った。
「俺も入れろよ。勝負しろ!」
「……いいぜ」
その様子を見て、セレンは溜息をついた。
「ルークのやつ、子供相手に何を張り合っているんだか。フィア、そろそろ休んだら」
「いいかしら」
「いいと思うよ」
フィアが退出しても、ババ抜きの4人は真剣だ。子供たちが「もう一回」と叫んでばかりいるのは、ルークが勝ち続けているらしい。セレンは呆れてつぶやく。
「子供相手に本気出すなよ……」

***

ところで、作者は繁忙期がようやく終わりつつあります。
冒険譚も、書き散らさないで、まとまりのあるお話を書きたいなあ。

こぼれ話:「暁に、宙(そら)へ」

 どうしても、この地に残られるのですか。
 共にゆこうと、おっしゃってはくださらないのですか。
 これまで、どのような困難に遭おうとも、姫巫女と私たちとは一つでありましたものを。

 そう言って、聖地メルザリーンに住まう<太陽の民>たちは嘆いた。
 ここは、彼らの国の果てるところ。白き砂漠の始まるところ。
 じき、夜が明ける。彼らはこの暁に、発たねばならない。

 敬愛する姫を伴ってゆきたいという願いは、彼らの総意だった。
 何ひとつ持たずにゆく覚悟を決めた彼らの、唯一あきらめきれない心残りだった。
 誰もが一縷の望みにかけ、ひそやかな声と、うねる思念で、繰り返し呼びかけた。
 われらが姫巫女よ。どうか、われらと共に。今までと同じように、この先も、ずっと。

 東の空は、いよいよ白み始めている。
 砂まじりの風につややかな黒髪を吹かせて、かつて<姫巫女>だった者は、民に微笑む。
 彼女とて、慕ってくれる民との別れは寂しく心細いが、旅立つ者たちを不安にはさせまい。
 燦燦と輝く思念を響かせて、彼女は告げる。

 愛する皆さん。わたくしは<月の民>に嫁いだ身。もはや<姫巫女>ではありません。
 皆さんに為すべきことがあるように、わたくしにも、この地で為すべきことがあります。
 どうか皆さんは、新たな故郷に赴いて、平穏を見出されますように。
 皆さんの幸運と繁栄を、いつも、いつまでも、この地より祈っておりますから。

 さやさやと、民は涙した。そして、ついに射し初めた曙光を浴びて、静かに決意した。
 誰からともなく互いに手をつなげば、人々の輪郭はじわりとほどけ、滲み、融ける。
 それは、<太陽の民>に秘められた姿。皆の想いがひとつに融け合う、金色の雲。
 雲は、砂漠の風に乗り、ふわりと飛び立った。
 さようなら、姫巫女さま、さようなら。私たちは、まだ見ぬ新しい故郷へ向かいます。
 私たちも、空の彼方から、姫巫女さまのお幸せを、永遠に祈り続けましょう――。

 朝日に向かって遠ざかる、きらきらと光る雲を見送りながら、彼女は、ふと思う。
 もしも、彼女が和平のための婚姻を選ばず、<月の民>でなく<太陽の民>のいずれかと結ばれ、為した子も当然に<太陽の民>の一人として、ひとつの<想い>へと融け合う素質を備えていたならば。
 そうしたら、自分も我が子と共に、今日という日にこの地を去り、雲となって彼方を目指していただろうか……。

 きっと、そうなのだろう。だが、現実には、そうはならなかった。
 彼女は<月の民>の王に嫁ぎ、融け合うことのない他者を愛する恐れと喜びを知り、生まれた我が子は術者としての優れた資質を持ちながら、<想い>へと融ける本能を持たない。
 彼女は愛しい幼な子とともに、この地に残り、この地を守ろう。
 たとえ、予知の力をもって、自らの未来がまもなく閉ざされることを知っていても、なお。

 ――我々もおりますよ、姫巫女さま――。
 呼ばれて、彼女は見回した。朝の光にぽつりぽつりと、飛び去らなかった者たちが浮かぶ。
 ひとつに融けあうことを得手としない者や、単に好まない者。
 姫巫女と共にあることを望んだ者。この地に生まれたことの意味を尊ぶ者。
 ――我らは、我らの選んだ道を、生きましょう――。

 朝が訪れる。<月の民>の城で眠る幼い王子も、じきに目を覚ますだろう。
 旅立つ者たちが新しい日を迎えるのと同じように、残る者たちにも新しい一日が来る。
 かつて<太陽の民>の姫巫女であり、いまは<月の民>の王妃である彼女はうなずいた。
 帰りましょう。

 目を上げて、最後にもう一度だけ、旅立つ仲間たちを見送った。
 宙へと遠ざかりゆく金色の雲は、朝日を浴びて、七色に光っている。

姫巫女は、ゼラルドのお母さんです。

動かないで

 せっかく美姫と二人きりだが、野宿なので、それほど面白くもない。せめて、どこか大きな街で、おいしい食べものや飲みものを口にしながら会話を楽しむことができれば、たとえその姫君が自分の口説いてはいけない相手であっても、いくらかは気が晴れようというものを。
 などと、内心で文句を言いながら、月色の長い髪をした若者は、馬の荷から毛布を2枚取り、片方を姫君に渡した。
「あたたかい季節だけれど、明け方は寒くなるかもしれないから、使って」
「そうね」
 青い髪の姫君は、毛布を受け取って、ふんわりとくるまった。もぞもぞと、木の根を枕にしながら、やや心配そうに、
「恥ずかしいから、あまり寝顔を見ないでね」
と、小さな声で釘をさすあたり、乙女心がかわいらしい。
「こちらこそ。お互い、じろじろ見ないようにしよう。おやすみ」
「おやすみなさい」
 姫君は素直に目を閉じて、おそらく疲れていたのだろう、すぐに寝息を立て始めた。
 若者のほうも、木に寄り掛かり、こんな場所では気が休まらないなと思いつつ、そうはいってもやっぱり疲れていて、やがて、うとうととまどろみに落ちた。

 まぶたの裏に朝の光を感じて目を開けると、すぐ傍らに姫君が膝で立っていた。驚きながら、そちらに顔を向けると、姫君は慌てたように、
「あっ、動かないで!」
と言う。なんだろう。寝起きで頭が回らないまま、ひとまず言うことを聞いてじっとしていると、姫君は膝立ちしたまま、
「少しだけ、頭を下げて」
と言う。言われたとおりに頭を下げると、姫君は、彼の頭の上に手を伸ばす。
 実のところ、その位置関係だと、彼は、そうしようと思いさえすれば、姫君のふっくらした胸の谷間を覗きこむことができた。が、彼は礼儀正しく視線を逸らした。この姫君は、彼の友でもあり主君でもあるひとの想い人だから、自分が得をするのは何だか申し訳ない。
 姫君は真剣な様子で、しばらく彼の髪を引っ張っているようだったが、やがて明るい声で、彼の目の前に手を差し出した。
「はい、取れたわ。見て!」
「え。……わっ」
 姫君の華奢な指の間につままれていたのは、きれいな緑色をしたカマキリだった。若者のぎょっとした様子に、姫君は不思議そうな顔をした。
「カマキリは苦手?」
「苦手。虫はダメなんだ」
「そうなのね」
 姫君は、カマキリを近くの草むらに置く。カマキリはしばらく首を左右にかしげていたが、じきに草むらの中に入っていった。

 二人はそれから身支度をして、持っていたパンや干した果物で朝食にした。
 ゆるやかに波を打つ青い髪。姫君は優しい空気をまとい、明るく、みずみずしく、よく笑う。こういう感じの美人は故郷の都にあまりいなかったから、友人が惹かれるのも無理はない。その友人は、別行動をしているが、今頃は慌てて馬を駆っているだろう。姫君と自分を二人きりで残したことを、やきもきしているに違いない。
 そんなに心配しなくても、こんな寂れた場所で、しかも君の好きなひとに、ちょっかいを出したりはしないのに。と、苦笑したところを、姫君に見とがめられた。
「どうしたの? 何を笑っているの?」
「ふふ、内緒。さてと、それではお姫様、そろそろ出発いたしましょうか」
「はい」
 いずれにしても――。
 おおらかで気立てのよい美姫、などという稀有な存在をともなって旅ができるとは、なかなか得難い当たりくじを引いていると言わざるをえまい。
 空は青く晴れて、空気は甘くあたたかく、良い旅日和だ。
 今日も一日、すてきに楽しい旅ができますように!

(完)

(特別に光ってる)

 王都の目抜き通りの裏に、ホリーという少女が引っ越してきた。
「こんにちは。仲間に入れてくれる?」
 そう言って、同じ年ごろの少年少女たちがおしゃべりに興じる広場にやって来た彼女は、このあたりでは珍しい、つやつやした青い髪をおさげにしていたので、迎えた皆は、へえ、という顔をした。おっとりした丸い顔と大きな青い目は、少年たちの胸をときめかせた。
 そわそわした雰囲気を敏感に察して、宿屋の娘のアリスが、つんと澄まして言った。
「髪の色が青いなんて、変なの!」
 アリスと張り合うことの多い仕立て屋のパティも、今日は同意して続けた。
「ほんと、へんてこだわ。かわいそう!」
 ホリーは気にした様子もなく、おおらかに笑った。
「えへへ、あたしのおばあちゃん、クルシュタインの出身だから。あたしの親戚には、髪の青いひと、いっぱいいるんだよ」
 ホリーの笑顔につられて空気がやわらぎかけたとき、
「へんてこじゃないし、とても綺麗だ」
と、よりによってルークが言い出したことで、雲行きは微妙に怪しくなった。輝く金色の髪に、澄んだ青い瞳をしているルークは、明るくて活発で茶目っ気があって、仲間うちで一番の人気者だ。女の子たちがこっそり、「ルークはみんなのものだから、抜け駆けは禁止」と協定を結んでいる、そのルークが、
「変わってるって、いいと思う。ひととは違うところって、つまり、そのひとだけの特別な魅力、ってことだろ」
と、そこまで言った。
 ルークといちばん親しいセレンは、これはあとで面倒なことになりそうだ、と、内心でハラハラした。案の定というか何というか、その日ルークが「じゃあ」と帰って行ったあと、セレンはあっというまに、目を吊り上げた女の子たちに囲まれてしまった。
「セレン! ルークって、実は青い髪の女の子が好みなの?」
「違うわよね、セレン! 人と違う特別なところに惹かれるってことよね!」
「ねえ、セレン。それじゃ、あたしにも特別なところってある?」
 詰め寄られて、セレンは後じさりながら、
「待って、落ち着いて、一人ずつ話して」
 言いながら、他の子たちをちらりと見ると、仲間の少年たちはホリーのほうを取り囲んでおり、助けてくれそうな気配は微塵もない。
 あきらめたセレンは、成り行きとして、女の子たち一人ひとりの特別な魅力を一緒に考えることになった。えくぼの可愛い子、気持ちのやさしい子、お洒落の上手な子、等々。
(ぼくから見たら、みんな綺麗で可愛らしいのに。彼女たちのお目当ては、ぼくではなくて、ルークなんだよなあ)
 いくらか面白くない気分もあったから、セレンは最後に、はっきりと言っておいた。
「あのね、次にルークがいつ来るか知らないけれど、次に来たときには、きっと、今日自分が何を言ったかなんてケロッと忘れていて、べつに誰のことも、特別好きになんてならないと思うよ」

 果たして、次にルークが広場にやって来たのは、ちょうど1週間あとだった。
 少女たちは、すでにホリーとも仲良しになっており、家の手伝いから抜け出してきては、広場でそれぞれにおしゃべりを楽しんでいたが、ルークが来たとわかると、そそくさと家に帰って、なにげないふうを装い、せいいっぱいのおめかしをして戻って来る。
 少女たちが口々に、
「ねえ、ルーク、あたしのクルクル巻いている髪、こういうの、好き?」
「ルーク、あたし、声がきれいだって言われたんだけど、どう思う?」
 などと、てんでに言いながら取り囲むと、ルークはたじろいで、
「急に何を言い出すんだよ」
と応じた。そして、女の子たちがしゃかりきになって話しても話しても、なるほどセレンの予言通り、前に来たとき自分が何を言ったかなんて、なんにも覚えていないのだった。
 少女たちは、まあ最初からわかっていたわよ、という顔になった。そして、ルークがいなくなるのに合わせて、肩を落とし、散り散りになっていった。雑貨屋のエリナが最後に残って、セレンの隣で、ふふっと笑った。
「セレンの言ったとおりだったね」
「そうだね」
「みんなの気持ちもわかるんだけどね。ルークって、お日さまみたいだもん。ルークがいるときって、まるで広場がパアッと明るく光ってるみたいな感じがするよね」
「そうだね」
 親友が褒められているのを聞くと、いつもセレンは、嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちになる。
「そいで、セレンはお月さまみたいだよね」
「……えっ?」
 予想していなかった言葉を聞いて、セレンは聞き返した。
「お月さま。ルークみたいに目立つわけじゃないけど、あたしたちのことをよく見ててくれるでしょ。ルークは、あのひとは本当に特別だけど、セレンも、それとはちょっと違うけど、やっぱり特別。みんな、何か相談するならセレンに相談しよう、セレンならきっと聞いてくれる、って思ってる。それってセレンの、ほかのひとと違う、すごくいいところ」
「……ありがとう」
「うん」
「エリナは、明るくチカチカ瞬いている一番星みたいだね」
「えっ。やだ、セレンったら」
 エリナはちょっと赤くなって、うふふ、と笑った。
「でも、ありがと」
「うん」
 二人で「じゃあね」と言い合って別れた。セレンは帰り道、日の傾きかけた空を見上げた。
(お日さまとお月さま、か。太陽と一緒にいたら、真昼の月が目立たないのは当たり前だよなあ。あんなに眩しい太陽だもの……)
 広場の仲間たちの中で、貴族の子であるセレンひとりだけが、ひょいと時々広場に顔を出すルークの、本当の出自を知っている。
 いずれ、ルークは父親の跡を継ぎ、その頭上に王冠を戴くことになるだろう。彼の治世が太陽のように明るく輝かしいものであるようにと、セレンは友として、半ば確信もしながら、心から願っているのだった。

(完)

(半分こ)

 幼いころの思い出は、当時まだ存命だった父の、穏やかな微笑みから始まっている。
「ユリアは、お花を見るより、おいしいお団子やお饅頭を食べるほうが好きなのだね」
 ふたりで、桃の花の下でお弁当を食べた。あのとき、ユリアは3才くらいだっただろうか。半分に割ってもらった、もちもちした桃色のお饅頭を頬張りながら、にっこり笑い返すと、父は愛おしそうに続けた。
「ユリアは誰に似たのだろうね。元気で朗らかで可愛くて、とても素敵なお姫様だ」
 ユリアが、うふふ、と笑うと、父はユリアの黒髪をなでた。
「お団子やお饅頭はね、必ず半分に割って、誰かと一緒に食べるのだよ」
 はい、と、ユリアは素直にうなずいた。

 優しかった父は、やがて、病で他界した。病弱ゆえ王位を継げず弟に譲っていた彼の、愛情の薄い妻と、遅くに授かった娘は、世の中から忘れ去られ、ますます慎ましく、ひっそりと暮らした。遊びらしい遊びを知らないユリアは、年の近い子供もいない離宮で、いつしか<月の聖者>として術の研鑽に熱中し、齢が十を数える頃には、優れた術者となっていた。
 ユリアは自分の境遇を受け入れていたが、母には不満があるようだった。もともと、王となるひとの妻になるつもりで嫁いだ彼女には、この不遇はまったくの計算違いであり、彼女はもっと華やかな場所で、権力をふるいつつ贅沢がしたかったのだ。
 ユリアの知らないところで何かが進行しており、あるとき、亡き父の弟、つまり国王そのひとと、ユリアの母との縁談がまとまった。国王は、だいぶ前に妻を喪って以降、独り身を通していたが、周囲からの再婚の勧めを、ついに断り切れなくなったのだった。
 ユリアには、義理の兄ができることになった。母からは、仲良くする必要などないと言われたが、できれば親しく話せる間柄になりたいと、少女は願った。

 すぐに、ユリアは義兄を好きになった。第一王位継承権を持つ王子は、ユリアとたいして年が違わなかったが、静かな人柄で、<月の聖者>として優れた腕前の術者であり、端正な容貌を備えてもいた。少女の憧れのまなざしは、たいへんな熱意をもって義兄に向けられることになった。
 いままで、食べることと、術の研鑽にしか興味がなかったユリアは、真剣にドレスを選び、ダンスの稽古をし、淑女としての作法を学んだ。大広間でパーティーがあると、ユリアは着飾って義兄に寄り添い、一緒に会話したり、ときには踊ってもらったりした。
 あるとき、パーティーのさなか、王子のもとにデザート皿が届けられて、上に乗っていたのは、懐かしい、もちもちした桃色のお饅頭だった。王子が食べずに断ろうとするのを見て、
「召し上がればよろしいのに。わたくしと半分ずつにいたしましょう?」
 デザート皿を受け取ろうとすると、王子は静かに首を振って、
「食べてはいけない」
「どうして?」
 ユリアが首をかしげていると、向こうのほうから、母が血相を変えて飛んできた。
「ユリア、何をしているの。お兄さまの召し上がるものを取り上げようとは、お行儀が悪い」
「でも、おかあさま、お饅頭は半分に割って、分け合って食べるものでしょう」
「それは……」
 母は絶句して、それから、悲しそうな顔をした。
「そうね、ユリア。ともかく、こちらのお皿は、下げてもらいましょうね」
 桃色のお饅頭は、誰の手もつかないまま下げられていった。

(お父さまが生きていらしたら、いまのわたくしを見て、どう思うかしら?)
と、ユリアは自室に引き上げて、月を見ながら考える。
(お花を見るより大切な、お饅頭を食べること。それよりもっと大切な、綺麗なお洋服を着ること、お行儀よくすること、上手に踊ること、お兄さまとお話しすること……)
 ふと、父の言葉を思い出す。
(お饅頭は、半分に割って、誰かと一緒に食べるのだよ)
 ぼんやりと反芻して――はっと気づいた。ああ、そういうことだったのか!
(では、お兄さまが召し上がらなかった、あのお饅頭は)
(お母さまが慌てて飛んできたわけは)
(お兄さまに何かあったら、次期国王は)
 頭をなぐられたような衝撃……わたくしが、女王になるのだ!
(だめ、それは違う。ぜったいに違う。わたくしは、お兄さまを守る)
(お父さま、わたくし、何もわかっていませんでした)
 こうして王女は、無垢でいられた幼き日々に、別れを告げる。

 

(完)

90分で一気に書いたお話。
番外編なのか、こぼれ話なのか迷います。

こぼれ話:猫を飼う夫人

 まだ社交界にデビューしたばかりの少女だったころ、お城で仮面舞踏会があって、私はたくさんのピンク色の布で、薔薇の花をモチーフにした飾り付けをしてもらった。蝶々をイメージした仮面をつけてお城に行くと、広間は華やかで賑やかで、まるで夢のよう。同じ年頃の子どもたちと、お互い誰だかわからないまま、おしゃべりをした。一人の男の子が、私の髪がほどけかけているのを見つけて直してくれた。
「すこし、じっとしていて。すぐに編めますから……はい、できました」
 男の子なのに私の髪を細い指で編んでくれた彼の、鳥の羽根を模した仮面から覗く優しい瞳は、魔除けの宝石のような緑色をしていて、吸い込まれそうな気がした。仲良くなれたらいいな、と思ったし、なんだか相手もそう思ってくれているような気がしたけれど、
「ごめんなさい、行かなくてはなりません。またお会いしましょう」
 そう言って、男の子は向こうへ歩いて行ってしまった。後ろ姿を、見るともなしに見ていると、彼の向かった先は、驚いたことに王子殿下のところだった。年の近い王子殿下と、とても親しそうにお話ししている……それに、あのさらさらした長い髪。それでは彼は、ディア家のセレン様だったのだ。ふだんなら、とても私が口をきく機会など無い。
 帰りがけ、ふと見ると、そのひとは向こうのほうから、ちょうど私のほうを見ていて、視線が合った。こちらに来ようとしてくれたけれど、私はお辞儀をして、背中を向けて、退出した。親しくなる前に家柄の差がわかって良かった。仮装パーティーだったのも助かった。私のほうは彼が何者であるか見当がついたけれど、彼のほうは、ふだんの私を見かけても、見分けがつかないだろうから。

 数年後、私は、親に言われるまま、家柄の釣り合う相手に嫁いだ。ささやかな幸せを望んだ私に、けれど夫は興味を持たなかった。夫は、よそに好きなひとがいて、逢引きを繰り返した。落ち込む私に、友人たちは、犬か猫を飼ったらどうかと勧めてくれた。そうね、気晴らしになるかもしれない、猫を飼うことにした。猫のいる暮らしは、思ったよりずっと楽しかった。夫が振り向いてくれなくても、猫がいればいいわ。
 ある晩、夫とパーティーに行った先で、夫のほうはすぐに愛人のもとへと去ってしまい、私は誰か友人を探したが、たまたまその日は仲の良い人が見つからなかった。また、人の輪の中心にはディア家のセレン様がいて、今は婚約者がいらっしゃるはずだけれど、私にはやっぱり眩しい方で、遠巻きにうっとりと眺めていて――なんだか悲しくなった。結婚したとは名ばかりの、ひとりぼっちの私。いいえ、猫がいるけれど。
 人のいないバルコニーに逃れて、夜風に当たることにした。
 そうして、気が付いたら、私のすぐそばに、かのひとが立っていた。
「すこし、じっとしていて。髪飾りがゆるんで……はい、どうぞ」
 にこ、と笑いかけてくれた。あのときと同じだったが、お互いに仮面がない。どきどきして口がきけなくなっている私に、
「以前どこかでお会いしましたね。またお会いできて嬉しいです」
と言う。いいえ、いいえ、きっと誰にでもおっしゃっているのだわ。婚約者がいらっしゃるのに、こんなところで人妻と二人きりになって、口説くようなことをおっしゃって、よろしいのですか――と、心の中では思うのに、のどにつかえて出て来ない。
 狼狽したあげく、やっと私の口から出た言葉はと言えば、
「猫が……」
「猫?」
「猫が、待っているので、帰ります……」
 かのひとは、ふふ、と笑った。
「ぼくは、あなたにとって、猫ほどの価値もありませんか」
「猫は、素晴らしいです。私を慰めてくれます……」
 ふわり、と良い匂いに包まれた。何が起こったのかわからない私の耳元で、優しい甘い声がした。
「では、せめて貴女が泣き止むまでのあいだ、こうしていましょう」
「……」
 涙はなかなか止まらなかった。猫が、とは、もう言えなかった。

 急に「子供が欲しい」と言い出した私に、夫は当惑したようだった。だが、「そうだね。そういうことも、そろそろ考えないといけないかもしれない」と言って、応じてくれた。
 やがて、すこやかな赤ちゃんが生まれてみると、意外なことに、夫は非常な子煩悩だった。愛人のところに行くことはなくなり、家にいる時間はほとんど、坊やと遊んで過ごすようになった。
「男の子は母親に似るというのは、本当だねえ。きれいな優しい顔をしているじゃないか」
と、そんなことさえ言った。
 夫と子供と猫に囲まれて、私は申し分なく幸せな暮らしぶりになった。とりわけ、息子を見ていると、気持ちが安らいで、生きていてよかったと思える。私と同じ亜麻色の髪。私と同じ緑色の瞳。いいえ、私よりも息子のほうが、綺麗な目をしている。
 それはまるで魔除けの宝石のような、吸い込まれそうに優しい、緑色の瞳。

こぼれ話:「鬼」「節分」

「鬼」という500字くらいの掌編を書いたことがあって、
冒険譚とは関係ない話のように思いつつ、どことなく主人公がセレンに似ているので、
迷ってそっとしておいたのですが。

先日の節分で、続きを思いついて、これも500字ほどのお話ですが、
「和風な雰囲気で読んだほうが、しっくり収まりそう」と思ったので、
やっぱり冒険譚とは関係ない話なんだ、と思いつつ、せっかくなのでここに置きます。

* * *

 

『鬼』

野宿は避けたいが、さて、人家は見つかるだろうか。と、心配していた若者は、暗くなった頃、一軒の明かりを見つけた。近づいてみると、平屋だが、大きな家だ。
若者は近くの木に馬をつないで、家の戸を叩いた。しばらくして、戸の向こうで、女性の細い声がした。
「どなた?」
「旅の者です。一晩、屋根を貸していただけませんか」
戸が開いた。美しい娘が、虚ろな瞳で若者を見て、言った。
「屋根。雨露をしのぐだけなら、入って、好きにしたらいいわ」
それだけ言って、ふらふらと中へ歩み去る。
ためらった後、中に入って、若者ははっとした。娘の向かう先に、一体の骨があった。見るからに古い骨。娘は骨の横にうずくまり、されこうべを抱えて丸くなり、動かなくなった。
若者は迷ったが、結局、部屋の端に毛布をひいて横になり、一晩を過ごした。あまり眠れなかった。

翌朝早く、若者は起き出して、そっと家を出た。背後から細い声が聞こえた。
「さようなら、旅の人」
「ありがとうございました」
礼を述べて去った若者は、道すがら考えた。美しい娘の額にあった二本の角と、あの骨について。

* * *

 

『節分』

朝から山に入っていたが、もう昼を過ぎた。諦めて帰らなければ。
だが、もう少しだけ。歩き出した足の先に、ひっそりと建つ屋敷が見えた。見つけた。

戸を叩けば、見覚えのある娘が姿を現す。若者は静かに言う。
「下の里の者たちが、節分の日、鬼を倒すために山を探すそうです。あなたのことでしょう」
「……」
娘は黙って、自分の額に生えている角をさわる。若者は頷く。
「一年前、僕は道に迷って、あなたに助けられた。今度は僕が助けたい。節分は明日。まず、ちゃんと食べて、そして逃げて」
背負った籠を下ろし、捕らえておいた狐を娘に差し出すと、娘は狐を受け取って口を開いた。
「逃げません。返り討ちにするわ」
「それは困る。僕は里にも恨みはないんです」

翌日、里の者たちが山奥で、鍬や鉈を振り上げながら屋敷の戸を叩くと、中から現れたのは人間の若者だった。
「騒がしいな。鬼? いいえ、僕の家だ」
里の者たちは首をひねりながら、安堵して山を下りて行った。
「もう来ないといいね。帰ります。元気で」
若者が去った後、娘は座敷で、愛しい古いされこうべを抱きしめて眠る。

* * *

 

それでは、また。
次回、いつ更新できるか分かりませんが、ゆるゆると気長にお待ちいただければ幸いです。

「思い出話」

 灰色の空が、だんだん明るくなってきた。
「じきに雨が止みそうだ。あとで街を探検に行かないか」
 金髪の王子は、楽しそうな青い瞳で傍らを振り返る。
「行くわ」
と姫君は微笑んだ。ゆるやかに波を打つ青い髪が揺れた。
 宿屋の階段の踊り場で、二人は並んでガラス窓から外を見ている。フィリシアは思い出したような顔で続けた。
「そういえば、この前、セレンと雨宿りしたときにね」
「うん」
 フルートは何気ないふうに相槌を打ったが、内心、友人が姫君に失礼なことをしたのではないかと、心配でどきどきした。幸い、フィリシアの口から出たのは、こんな言葉だった。
「雨上がりに、世界が日差しを浴びて瑞々しく生まれ変わるのと同じように。何かのきっかけで、世界が新しく生まれ変わったように感じることがある、という話をしたわ」
「ああ、あるね」
と、フルートは応じた。ぽつぽつと、
「子どものころ、初めてお忍びで城下に連れて行ってもらって、これほど近くにこれほど異なる文化が栄えているのか、と、とても驚いた。もう少し遠くの街なら、もっと違うはずだ。自分の国を出れば、さらに違うはずだ。そう思ったら、世界が急に、広くて果てしなくて色とりどりの存在に感じられたな」
 そう話してから、興味のままに尋ねた。
「君は?」
「私は、小さいころ、とても体が弱かったから」
と、姫君も語り始める。
「すぐに咳が出たり、熱が上がったり、すこし外に出ると具合が悪くなったりして、たいていベッドで横になっていて、どうして私は周りのみんなのように動けないのだろうと、いつも悲しかった。そうしたら、ある満月の夜に、妖精たちが来て、祈りをこめて作った首飾りで、私を助けてくれたの。
 私の体に、満月の光が溶けて浸みていって、胸の中にお月様をもらったようだった。私の内側で、何かとても明るいものが皓皓と輝いて、体の隅々までその光が行き渡るようで……次の朝、目が覚めたら、夢ではなかったの。本当に体が軽くて、走ることも飛び跳ねることもできて、嬉しくて駆け回って、まるで世界中の色が塗り替えられたみたいだった!」
 そのときのことを思い出して、姫君の青い瞳が、きらきらと潤んでいる。
 王子は、自分も彼女の喜びを分かち合ったような気持ちになった。
「そうか」
と、そっと言ったあと、ふと気づいて、尋ねた。
「セレンは、何か思い出を話した?」
「雨が止んだから、次の機会にと言われたの」
「最近の出来事だとは、言っていなかった?」
「いいえ。そうなの?」
「気のせいかもしれない。――雨がやんだよ」
 フルートは、外の様子を確かめる。フィリシアも、空を見上げる。
「そうね、やんでいるわね」
 二人は互いに頷き合い、軽やかな足取りで階段を降り、旅先の街に飛び出してゆく。
 空が、すっきりと、青い。

(完)

以前のこぼれ話を基に、本編が出来ました。

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