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カテゴリー「【トーナメント参加用】」の41件の記事

旅へ(トーナメント参加用)

※ ブログ村の自作小説トーナメントが最終回なのだそうです。
※ 何を出品しようかと思ったけれど、あえて、旅の始まりのお話を。

旅へ(トーナメント参加用)

 しんと冷えた、静かな冬の晩。内陸の大国クルシュタインで、誇り高き王城が、凍てつく星空を戴いて眠りにつこうとしていたとき。
 城の中から、ひとすじの悲鳴があがって、夜を切り裂いた。
 いち早く剣を取って駆けつけた国王は、しかし、愛する妃の部屋に何の異常も見ることはなかったので、戸惑いながら妻に視線を向けた。
 王妃は黙って、小さな鞘に納められた、ひとふりのナイフを差し出した。それで、国王にも合点が行った。
 王妃はうなずいた。涙があふれて頬を伝ったが、いまは落ち着いて、言った。
「そのときが来ました」
と。

 翌日、フィリシア王女は、両親に呼ばれて居間を訪れた。穏やかな日差しが、部屋の中をあたたかく照らしている。王と王妃は椅子にかけて微笑んでおり、王妃が口をひらいた。
「どうぞ、好きなところにかけて、楽にしてね、フィリシア」
「はい、お母さま」
 姫君は、お気に入りのふかふかした緑色の椅子に、姿勢よく掛けて、膝の上できちんと両手を重ねて待った。ゆるく波打つ青い髪は、両親から受け継いだものだ。
「フィリシア、あのね・・・」
 王妃は、迷うように言いかけて、言葉を探すふうだった。フィリシアは、しばらく待ったけれど、なかなか続きを聞くことができなかったので、そっと、自分から申し出た。
「お母さま。もしかして、私、旅に出るのでしょうか」
「・・・まあ!」
 王と王妃は、顔を見合わせた。それから王妃が、驚きを隠せない様子で、問うた。
「どうして、それを? あなたは、どこまで知っているの?」
「妖精の国に住む友達が、教えてくれました。私は、何か恐ろしい呪いによって、いずれ、自分の国にいられなくなるのだと。いつの日か、旅に出ることになるのだと」
 フィリシアは落ち着いて答えて、いつもと同じ笑顔で言った。
「心の準備なら、もうできています。ですから、ずっと私に伏せられていたことを、今こそ教えてください」
「・・・わかりました。よく聞いてくださいね」
 王妃は心を決めて、話し始めた。
「フィリシア、あなたも知ってのとおり、私はここから遠く北東にある国、イルエンの王族として生まれ育ちました。また、これも話したことのあるとおり、イルエンまで旅して来られたあなたのお父様と共に、悪しき魔女を滅ぼしました。
 けれども、魔女を倒したときに、私は呪われました。私が最初に産む子供は、いつか自分の国の自分の城で、気がふれて死ぬ運命となりました。あなたのことです、フィリシア。
 当時、イルエンに集められていた多くの魔法使いと、聖なる術を使う人たちが、できる限りの力を尽くしてくれましたけれど、この呪いを解くことはできませんでした。それでも、ひとつだけ、未来において呪いを解く方法が判明しました。
 それは、生まれて来るあなた自身が、しかるべき時に、イルエンよりもさらに北、世界の果てにあるという、解呪の聖泉、<真実の鏡>を訪れること。そうすれば、泉から、呪いを体現する何かが現れるのだと聞いています。鍵か、鎖か、蛇か、何かそのようなものが。それを打ち滅ぼせば、あなたの呪いを解くことができるのです。
 私は、我が子がいつ旅立つべきかを知るために、魔法のナイフを1本授けられました。生まれたあなたの髪一房を切り落としたそのナイフの、鏡のように磨かれた表面が、血のように赤く染まったならば、次の誕生日を迎える前に、あなたはこの城を出なければなりません。そのナイフが、昨夜、まさに血のように赤く染まったので・・・、今日、こうしてお話をしています。
 いまは冬。あなたが誕生日を迎える夏までに、少しの猶予があります。まずは十分に準備をして、雪が溶けたら、聖泉を目指して出発してください。長い道のりになります。なるべく目立たぬほうが良いでしょう。連れて行きたい侍女を、ひとりかふたり、選んでおきなさい。警護の者については、陛下と私が、信じられる者を数名、選んでおきますから・・・」
 王妃は、話しているうちに零れてしまった涙をハンカチで拭い、言葉を続けた。
「そして、隣国リーデベルクの王妃となった、私の従姉のアイリーンが、かねてより、そのときが来たら息子を旅に同行させると言ってくれています。直系の王子は1人しかいないのだから、断ろうとしたのだけれど、どうしても、と。昨夏、あなたの誕生日のお祝いにいらしてくださった、フルート王子殿下を覚えているかしら? 気の合う様子に見えましたが、もし、あなたが嫌だったら、そう言ってお断りします。どうしましょうか」
 フィリシアは、ここまでの話を驚きとともに受け止めていたが、問いかけられて、トクンと胸が鳴った。昨夏、王子とその友セレンと仲良くなって共に城下町を散策したことや、王子が「旅をしたい」と言っていたことが、昨日のことのように鮮やかに思い出される。
 あの金髪の王子はきっと、理由がどうあれ、旅に出られる千載一遇の機会を逃したくはないだろう。フィリシアが断ったら、ずいぶん恨まれそうだ。そもそも、同行してもらうのは、少しも嫌ではない。昨夏と同じようにセレンも来るとして、二人とも、共に過ごした時間こそ短いが、もうフィリシアの友達だ。むしろ、そう・・・楽しみになるくらいだ!
「お申し出、ありがたいと思います」
と言って、フィリシアが微笑んだので、王妃も安心したように笑った。
「そう、良かったわ。お若いながら、剣術・馬術に優れていると評判の高い方ですから、きっと頼りになると思います」
 王妃は、もう一度だけ涙をぬぐい、優しい笑顔で言った。
「もう隠さなくて良いのだと思うと、胸のつかえが下りる気持ちです。悲しまないでくれて、ありがとう、フィリシア。あなたの旅の無事を、心より願っています」

 さて、フィリシアは、旅に連れて行く侍女を誰に決めたら公平だろうかと考え始めたものの、すぐに違和感に気づくことになった。というのも、フルートとセレンは、まず間違いなく、他に従者など連れて来ないだろう。彼ら自身も自由闊達な気性と見えたし、リーデベルクの現国王とクルシュタインの現国王が、若き日に二人きり、はるばるイルエンまで旅したことを知っているのだから、なおさらだ。それなのに、フィリシアは一人、侍女を連れて馬車に乗り、警護の者たちに守られていなくてはならないのだろうか?
 そもそも、フィリシアがフルートと、思いがけなくも互いを友人と認め合うことになったのは、あの夏の日にクルシュタインの城下町で鉢合わせたとき、フルートが「ルーク」で、フィリシアが「フィア」だったからだ。あのとき、二人の間で瞬時に通じ合った理解を思えば――、それに、旅の道中で目立たぬように気を付けるなら――、フィリシアは身分を隠し、「フィア」として徒歩か馬かで移動するほうが良く、侍女も警護も必要はない。そのほうが速く移動できるし、貴人を狙う賊に襲われる危険も減るのではないか。
 馬車も供もいりません、と娘から相談された王と王妃は、驚いたようだった。しばらく考え込んだあと、王が言った。
「・・・そう望むなら、それも良いだろう」
「まあ、陛下、フィリシアは非力な若い娘です。何かあったら――」
 王妃が憂えるのに向かって、王は微笑んだ。
「姫には弓があるよ、マデリーン。あなたと同じだ」
「弓では心もとなく思います。身の回りの世話をする者だって必要です」
「おや? あなたはふだん、身の回りのことは自分でできると誇っていたのではなかったかな。私たちは子供たちのことも、そのように育てて来たはずだ。そうだろう?」
「それは、そうですけれども」
 王妃は、夫から娘へと視線を移して、心配そうな顔をした。胸のうちに様々な不安がよぎった。ただ、ひとつひとつ考えると、そのどれもが、供を付けて小さな馬車を仕立てたくらいで解決はしないのだった。賊に狙われる可能性の他にも、たとえば、隣国の王子と共に旅することで噂が立つかもしれなかったが、馬車を仕立てたところで同じことだろう。
 フィリシアの弟のリュシオンが、もう少し年齢を重ねていれば、姉を守って同行してくれたでしょうに。と、王妃は思っても仕方のないことを思ったあと、尋ねた。
「フィリシア。ひとりで寂しくはありませんか」
「ひとりではありませんもの、お母さま」
 フィリシアは落ち着いており、にっこりと応じた。
「レティカの宝剣を持って行きますから、妖精の国のお友達と会うこともできます。もし、それでも寂しくなったら、行く先で同行者を探すこともできます」
「そう。そうね。私も、もしあなただったら、同じことを言ったかもしれない・・・」
 王妃は心を決めて、うなずいた。
「わかりました。リーデベルクに伝えておきます。少しでも、楽しい旅になりますように」

 そして、いつしか、雪の溶ける季節が巡り来た。
 早春の日差しが柔らかに降りそそぐある日、城の裏門から、ひとりの乙女が、ひっそりと馬に乗って出た。目立たない旅装に身を包んだ、青い豊かな髪の乙女こそ、もちろん、親しい人たちにしばしの別れを告げたフィリシア姫その人だった。
 隣国リーデベルクの国境までは、騎士2名と侍女1名が供をすることになっており、彼らもまた、素性の知れないように、ごく普通の装いで後に続いた。一行は数日をかけ、安全を確かめながら、流れゆく様々な旅人たちと同じ道を進んだ。
 侍女がいてくれると確かに心強い、ということは、フィリシアも早々に認めざるをえなかった。騎士たちは顔見知りだったが、フィリシアにとって打ち解けて話せる相手というわけではなかったからだ。いっそこのまま侍女を連れて行こうかと思いもしたが、フィリシアは心の中で首を振った――連れて行けば、少なくとも1年以上、故郷に帰れなくなる。しかも、もし解呪が成らなければ、私の命の失われるさまを見せてしまうかもしれない。大丈夫、フルートとセレンが相手なら、私だって対等に口がきけて気安いし、友達として信頼しているから、それほど心細くはならないと思う…。
 数日後、国境の森林地帯に着いた。ぽつぽつと商隊などが行き来しているその森の入口に、金髪の王子が、これも地味な旅装で、白馬を連れて立っていた。これを遠目に見た騎士のひとりが、「輝くばかりの白い馬では、目立ちすぎるのではないだろうか」とつぶやき、もうひとりが、「噂に聞く駿馬だ。仕方あるまい」とたしなめた。
 王子の近くまで来て、一行は馬を降り、供の者たちが当然のように膝を折ろうとしたが、
「そのまま、立っていてくれ。人目を引きたくはない」
と、フルートが穏やかに言った。フィリシアにとっては、懐かしい声だ。仰せのとおりに、と答えた騎士たちと侍女は、直立不動となり、礼を失しないように目を伏せる。フルートは、澄んだ青い目でフィリシアを見て、笑いかけた。
「お久しぶりです、フィリシア姫。お元気そうで良かった」
「お世話になります、フルートさま。どうぞよろしくお願いいたします」
 王子はうなずいて、騎士たちと侍女に向かって言った。
「あなたがたの大切な姫君は、我が命に代えてもお護りしよう。何か申し述べたいことは?」
 騎士のひとりが答えた。
「誠におそれながら。噂に名高いその剣を、我らにも受けさせてくださりませぬか」
「いいとも」
 フルートは気さくに答えた。少し離れた場所に移動して、騎士たちは順番に王子に挑み、いずれも王子に敵わなかった。騎士たちは、顔を見合わせて、うなずいた。そして、王子と、敬愛する姫君に、深々と頭を下げたあと、侍女を連れて去って行った。
「では、ぼくたちも行こうか、フィア」
「ええ、ルーク」
 こうして、身分を伏せた王子と王女は、共に旅へと踏み出したのだった。

 森の中に続く道を、ふたりは馬に乗って進んだ。王子が、落ち着いた声で言った。
「とりいそぎ、話しておかなければならないことがある」
「何かしら」
 フィリシアが尋ねると、フルートは、何でもないことのように答えた。
「君がこのあたりを通ると予想している盗賊団がある。金目のものを手に入れたいようだ」
「え・・・」
 フィリシアは、目を見開いた。フルートが落ち着いているので慌てずに済んだが、それでも少し、動揺した。
「そんな、どうして・・・いいえ、それが本当だとしたら、どうすればいいの」
「小さな事件が起こるだけで、危険はないそうだ。だが、注意して進もう」
「危険はないそうだ――ということは、占ってもらったの?」
「ああ。それが、もうひとつ話しておきたいことだ。実は、森の向こうに」
 言いかけて、フルートは口をつぐんだ。前方に立ちふさがる人影があり、大声で呼びかけて来たのだ。
「そこの馬、止まれ、止まれ! ・・・あれ?」
 両手を広げて立ちはだかった大柄な若者は、ふたりが近づくと不思議そうな顔になった。
「ルークじゃないか。どうして、こんな所を通るんだ?」
「そっちこそ。こんな田舎で何してんだよ、ケビン」
 「ルーク」が答えると、ケビンと呼ばれた若者は、素直に答えた。
「臨時の仕事さ。ここを見張って、お姫様らしき一行が通ったら、引き止めて、合図するんだ。青い髪に、青い目のお姫様で・・・ん?」
 ケビンは言葉を切って、馬上の「フィア」をじろじろと見た。ルークは呆れて言った。
「おまえさあ。その仕事、怪しいぞ。仕事はよく選べよ」
「うーん、やっぱり怪しいかな? まあ、俺も少し、思ったんだけどな・・・」
「こいつはお姫様なんかじゃないぜ」
 ルークは言って、馬から降り、フィアにも手を貸して、馬から降ろした。
「この恰好を見れば、王族でも貴族でもないの、わかるだろ」
 ケビンは、フィアが身に着けているものを、よくよく眺めた。どこから見ても庶民の服。
「そうだな。でも、じゃあ、誰なんだい」
「俺の、恋人のフィアだ」
 恋人?と、フィアは内心びっくりしたが、たしかに、遠縁などと言うよりも信じてもらいやすいかもしれない。話を合わせることにして、にっこりと笑った。
「初めまして、フィアです。ルークのお友達?」
 ケビンは、きまり悪そうな顔でうなずいた。
「あ、どうも。うん、ルークの友達で、ケビン。じろじろ見てごめん。ルークにこんな美人の彼女がいたなんて、全然知らなかったよ。女の子たちも、知ったら嘆くだろうなあ」
「フィアのこと、みんなには内緒だぜ」
と、ルークは口止めした。ケビンは真面目な顔で、何度も頷いた。
「うん、わかった。そうだよな。女の子たちから何されるか、考えたくもないよな」
「ああ。わかったら、俺たちを通してくれ。だいたい、どこかの姫君だったら、侍女の一人も連れず、馬車にも乗らず、こんな森の中を通るわけがないだろ」
「そうだよな」
 言いながら、ケビンはまだ迷っている。
「・・・ほんとに、本当に、ルークの彼女なんだな?」
「俺を疑うのか?」
 ルークは不機嫌に片眉を寄せると、フィアの腕をつかみ、ぐいと引き寄せた。痛い、とフィアは思ったが、間近で視線が合って、ルークがとても真剣な目をしていたので、何も言えなかった。
 ――気が付いたときには、ルークに唇を奪われていた。
 何が起こっているのか、よくわからずに、青い髪の乙女は、しばし硬直した。それからルークを押しのけようとしたが、直前に見た真剣なまなざしを思い出して手を止め、そこでやっと、これが「恋人のふり」であることを理解した。我慢して、ぎゅっと目を閉じた。みっつ数えるほどの時間ののちに、ルークは離れ、フィアはうつむいた。
 ルークは、ケビンを振り返った。
「信じたか?」
「信じた。疑って、ごめん!」
 ケビンが道をあけたので、ルークとフィアは、馬を引いて通った。
「うん、それじゃ、俺たちは行くけど。ケビンも、物騒なことに巻き込まれるなよ」
「そうだな、気を付けるよ。じゃあな!」
 ケビンの声に、フィアも顔を上げて、どうにかこうにか笑顔を作り、手を振った。
 三人はそうして、和やかに別れた。

 再び馬に乗り、森の細道を進みながら、ルークとフィア――フルートとフィリシアは、しばらく無言だった。フルートは言葉を探したが、良い案もなかったので、率直に言った。
「すまない、フィリシア」
「気にしないで」
 応じたフィリシアの声には、涙が混じっていた。フルートは少しだけ、うろたえた。
「本当にすまない」
「気にしないで」
 言いながら、王女の頬には涙がぽろぽろと流れ落ちて、止まりそうにない。
 王子は、何を言ったらいいのか分からなくなった。気まずい沈黙を抱えて、二人はとにかく道を進んだ。王女は馬の上で、うなだれた。
 もともとフィリシアは、恋愛や結婚に対して、それほど甘い幻想を抱いてはいなかった。いずれは政治的な理由によって、年の離れた王や王子とめあわせられるのだろうと思っていたし、夫となるひとが誰であろうと、その長所を見出して好きになれたらいい、と、まっすぐに思っていた。だが、恋人でも夫でもない人に一方的に唇を奪われるのは、年頃の乙女として、傷つかずにいられない出来事だった。しかも、恋愛感情とは何の関係もなく、「その場しのぎ」のために奪われたのだ!
 黙々と道を進むうち、やがて、森の尽きる場所に着いた。そこには月色の長い髪をした若者が待っていて、フィリシアのそばに来ると、馬から下りるのを手伝ってくれた。
「お久しぶりです、フィリシア姫。・・・どうしたの、涙が。フルートに何か言われた?」
「いいえ、何でもないの。久しぶりです、セレン・レ・ディア」
 フィリシアは、ハンカチで涙をぬぐい、無理やり微笑んだあと、気付いた。もう一人、誰かいる。少し離れた木の下に、黒い馬を連れた、黒髪に黒い目の若者が、冷めた表情で、静かに立っている。
「あちらの方は・・・?」
「フルートから聞いてない?」
 セレンは、物問いたげな視線をフルートに投げた。王子は、きまり悪そうに、
「すまない、まだ何も。それより、気になることがある。一緒に来てくれ、セレン」
「え?」
「ケビンをだまして置いて来た。今頃、悪者連中から責められているかもしれない」
「え?」
「詳しくは道中話す。ゼラルド、少しの間、フィリシアを頼む」
 フルートは、セレンを連れて、行ってしまった。
 フィリシアは、半ばあっけにとられて、心の中でフルートを恨んだ。初対面の人がいるなら、教えてくれれば良かったのに。そうしたら、みっともない泣き顔で挨拶しなくて済むように、がんばって、どうにかして泣き止んでおいたのに。
 「フィリシアを頼む」という言葉から考えるに、相手には、私が誰であるかを知らせてあるのだろう。王女は姿勢を正し、なんとか笑みらしきものを作って、挨拶をした。
「初めてお会いするのに、見苦しいところをお目にかけて申し訳ありません。フィリシアです」
「ゼラルドです。途中まで同行します」
 相手はそっけなく言ったきり沈黙し、話をつないでくれる気配はみじんもない。それどころか、フィリシアが話題を探して、
「今日は雨が降らなくて何よりでした」
と話しかけると、「別に」と無愛想に応じて、
「ぼくのことは、いないものと思ってもらって結構だ」
と、取り付くしまもなく、会話は終了だと言わんばかりの態度なのだった。
「せっかくお会いできたのですもの、何かお話しませんか」
と、フィリシアは、それでもなんとかして友好的な関係を築けないだろうかと話しかけたが、黒髪の若者は眉をひそめて、
「何かとは、何を」
と言って、迷惑そうな顔をする。どうやら、無理強いして会話を続けても嫌われるだけだ。というより、ぐしゃぐしゃに泣いたあとの顔で話しかけて、好感を持ってもらおうというほうが虫のいい話だったのだ。
「・・・ごめんなさい。何でもありません」
 フィリシアは、しょんぼりと言って、とぼとぼと近くの木の下へ退散した。ひとり、地面を見つめて所在なく立っているうちに、悲しく心細くなって、再び涙をこぼさずにはいられなかった。――旅を共にするひとたちと、最初からこんなに気持ちが擦れ違っているのに、本当にこの先長い道のりを越えて、大陸の果ての聖泉まで辿り着けるのだろうか。ほんのひととき一緒に過ごしたことがあるというだけで、フルートやセレンのことを親しい友達のように思っていたのも、自分の勘違いだったのではないだろうか。馬車も護衛も侍女も断って、私はなんと愚かだったのだろう・・・。
 すると、草を踏みしめて、ゼラルドが近寄ってきて、フィリシアの前に立った。どうしよう、何を言われるのだろうか、と、フィリシアが顔を上げると、黒髪の若者は、謎めいた黒い瞳でフィリシアを見つめ、冷ややかに言った。
「飲みものを入れる器があれば、出したまえ」
 言われたことが、よく飲み込めなかった。フィリシアは、その言葉を何度か心の中で繰り返してから、よくわからないまま、荷物から椀を取り出した。
「これでいいかしら・・・?」
 ゼラルドは黙って、どこかから取り出した小さな紙の包みを開け、中身を椀に入れた。黒っぽい粉だった。入れ終わると、もうひとつ取り出した小さな包みを開け、中身を椀に入れた。白っぽい粉だった。さらに、これもどこかから取り出した透明な細い棒で、椀の中をかきまぜた。不思議なことに、椀の中身は、みるみるうちに湯気の立つ液体になった。
「飲みたまえ」
と、ゼラルドが言った。フィリシアは、夢でも見ているように感じながら、おそるおそる椀を口元に近づけた。褐色の液体を、ふうふう冷まして一口飲むと、とても甘く、温かい。
「・・・おいしい」
 フィリシアが言うと、ゼラルドは無言でうなずいて、フィリシアから離れ、元の場所に立った。フィリシアは、ゆっくりと椀一杯を飲んだ。疲れた心身にしみわたる温もり。
「・・・ありがとう、ゼラルド」
 控えめに礼を言うと、黒髪の若者は、そっけなく答えた。
「落ち着いたなら、それでいい」
 そう言われて、フィリシアが気付くと、涙は止まっていた。

 姫君は、ぽかぽかと温まったことに力づけられて、聞いてみた。
「どうして、私にこの飲みものを分けてくださったの」
 黒髪の若者は、ちらりとこちらを見て、
「妹が」
と、言いかけて、黙った。フィリシアが待っていると、先を続けた。
「泣いているとき、これを飲むと落ち着くようだったから。それはそれとして」
「はい」
「あなたが尋ねないでくれている、ぼくの出自については、おそらく、あなたの考えるとおりだと思う」
 フィリシアは、はっとした。そう、白い肌、黒い髪、黒い瞳は、ローレインの民の特徴だ。そして、ゼラルドという名は、その王家の――。
「それでは、はるか東のローレインから来たとおっしゃるの。そして、私の旅に同行してくださるとおっしゃるの。いったい、どうして」
「人にはあずかり知れない、神々の計らいによって」
「妹さんは?」
「出奔したのは、ぼく一人だ。彼女はローレインに在って、いずれ王位を継ぐだろう」
「そうなの・・・」
 妹姫は寂しく思っているだろう、というのが、フィリシアの最初に思ったことだったが、口に出さないだけの分別はあった。このひとだって、何か事情があって、親しい人たちと別れて来たのだ。故国を出なければならなかった、何か深刻な理由があるのだ。
「あなたが、あなたの目指すものを、手に入れられますように」
 フィリシアが言うと、ゼラルドはまた、謎めいた瞳でフィリシアをじっと見た。それから、ふと首を巡らせて違うほうを見るので、フィリシアがその視線を追ってみると、フルートとセレンが馬に乗って戻って来たのだった。
「待たせてすまない!」
と、フルートが言って、馬から飛び降りた。ゼラルドとフィリシアを見て、
「自己紹介は終わったのか?」
と言う。聞きようによっては無責任な言葉だったが、フィリシアは違うことに気を取られていて、耳に入っていなかった。
「フルート、あなた、怪我をしているわ!」
「怪我? ・・・ああ、これか。怪我のうちに入らないさ」
 肩の外側に傷があるらしく、服が汚れて、血が赤くにじんでいる。フィリシアは、手当てしようと駆け寄った。セレンは、ゼラルドに向かって文句を言った。
「かすり傷ではあるけれど。でも、君の言う『危険はない』は当てにならないな」
「姫君が合流するまでのことを占っただけだ。そのあとのことは関知していない」
と、黒髪の若者は少しも動じない。
 姫君は、王子の傷に布を当てながら、
「ごめんなさい。私が旅に出ることは、限られた人しか知らないはずだったの。なのに、悪い人たちに狙われていたなんて。どこから漏れたのかしら」
「漏れてはいないさ。彼らは、君が誰かを知らなかった」
「え? それなら、どうして」
「君がここまで来るあいだに――」
 フルートは言いかけたが、セレンが割り込んだ。にこにこと、
「気にしなくていいよ、フィリシア。もう片付いたから、先へ行こう」
「そう? そうね・・・」
 応じながら、フィリシアは、なんとなく気になって、遮られた王子の言葉の続きを考えた。私がここまで来るあいだに? 目を付けられた? どうして? いいえ、もちろん、
 ――見れば身分の高い者だとわかったからだ。騎士たちと侍女を連れて――!
「・・・私の覚悟が足りなかったから」
 フィリシアは青ざめて、口に出して言った。そうだ、覚悟だ。ピクニックに行くのとは違う。命を奪う呪いを解くために、命を賭けて聖泉まで辿り着かなければならないのだ。
「そのせいで、あなたに怪我をさせて・・・ごめんなさい・・・!」
「違う」
と言って、フルートはフィリシアの両肩をつかんだ。
「君が手に入れたのは、旅という名の自由だ。セレンやぼくが同行するのは、自分たち自身の自由のためであると同時に、ぼくたちなら君の自由を守れると思うからだ。悲壮な覚悟は必要ない。君はこれから」
 表情をやわらげて、目元で笑った。
「世界の果てまで遊びに行く。それだけだ」
 フィリシアは、相手の澄んだ青い瞳に吸い込まれそうに感じながら、繰り返した。
「遊びに行く・・・」
「そう。一緒に遊びに行こう、と、ぼくが迎えに行けば良かった。謝るのはこちらのほうだ。すまない」
 また泣きそうな顔になったフィリシアを見て、フルートははっとした顔をして、あわてて姫君の両肩から手を放した。
「ごめん!」
「ありがとう」
「え?」
「よろしくね」
 フィリシアは、うるむ瞳で笑った。大丈夫、きっと、大丈夫だ。このひとたちとなら、心が通う。旅と言う名の自由には、本当は覚悟も必要だけれど、それはめいめい胸の奥にしまって、世界の果てまで、遊びに行こう。
 セレンが長い髪をかきあげながら、優しい笑顔で、
「こちらこそ、よろしくお願いします、フィリシア」
と言ってくれる。フルートも、ほっとしたように笑って言う。
「では、行こう」
 聞いて、ゼラルドが無言で馬に戻り、それを合図に、みな再び馬上の人となった。

 ――こうして、彼らは出発したのだった。
 世界各地で後世に伝説を残した、あの冒険の旅へと。

(完)

[最終回]自作小説ブログトーナメントに参加しています。10,774字。
初読の方も、再読の方も、コメントはお気軽に!happy01

命令の指輪(トーナメント参加用)

 店の出窓に飾られた髪飾りを見て、フィリシア姫は――というより今は町娘のフィアは、心惹かれて、目を離すことができず、その場に釘付けになった。
 髪飾りは、大きめの白い花が連なった意匠で、派手すぎず、地味すぎず、可憐で、流行にも合っている。フィアの青い髪にも、きっと似合うだろう。
 だが、フィアの旅費もお小遣いも、元をたどればクルシュタインの国民の税金から出ているものだ。こんなところで無駄遣いしてはいけないのではないか、と、フィアはためらった。
「そのくらい、買えばいいじゃない」
「セレン」
 背後から声をかけられて、フィアは振り向く。長い金髪の若者は、にこりと笑った。
「思い出して、フィア。君には君の義務がある。代わりに、君の権利を行使することができる。だから君は、気に入った髪飾りを買っていい。どう?」
「そう・・・そうね」
 ほっと微笑みながら、それでも動けないでいるフィアの肩を、セレンはぽんと叩いた。
「それならプレゼントしてあげる。待っていて」
「えっ」
 戸惑うフィアの脇をすり抜けて、店の中に入って行き、出窓の髪飾りを手にとって、店の奥の主人に声をかける。
 セレンがフィアに背を向けていた、その、ほんのわずかな時間に――
 ――事件は起きた。
「もしもし、お嬢さん」
「はい?」
 振り向いたフィアの額に、何か硬い物が押し当てられる。
 反射的に離れようとしたが、遅かった。
「我に従え」
 早口でそう言われて、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
 これは何? と、言ったつもりが、声にならない。
 思考に靄がかかり、何も考えられなくなる。体から力が抜けて、立っていられない。
 どさり、と地に崩れ落ちたフィアの体を、銀髪の青年が担ぎあげて、傍らの馬車に乗せた。
「うまく行った。早く帰ろう」
 本当に、あっというまの出来事だった。
 店の中にいたセレンが、ただならぬ気配に振り向いたときには、すでに馬車は走り去るところで、セレンに続いて走り出て、同じく馬車を見送った店主が、
「ゴーエン公の馬車だ・・・」
と、つぶやいた。
 ゴーエン公。セレンは、その名に聞き覚えがあった。馬車の行き先がわかった以上、情報収集が先と考えて、店主から詳しく話を聞くことにする。
 店主曰く、ゴーエン公は年若い変わり者として知られており、魔法の品々を集めるのが趣味という。役に立つものも立たないものも、魔法の品といえば収集し、大事にしているのだとか。お気に入りは「命令の指輪」で、これを人の額に当てて「我に従え」と言うと、何人たりともゴーエン公の言葉に逆らえなくなる。幸いなことに普段は乱用しないが、珍しい来客を迎えるときなどに、この指輪を使って見目良い町娘をさらい、召し使いとして来客にプレゼントするという悪趣味な癖がある。
 あなたの連れの方がさらわれたというのであれば、今日の昼、おそらく貴人の来客があるのでしょう。お可哀そうに。と、いう話なのだった。
 セレンは礼を言って店を出た。実のところ、その「貴人の来客」にも心当たりがあった。誰あろう、フルート王子が、ゴーエン公の昼食に招待されていたのだ。
 これから宿に戻っても、入れ違いで出てしまっているだろう。だが、形はどうあれ、フルートがフィリシアを連れ帰って来るのなら、ひとまずそれを待ってもよさそうだ。
 セレンは念のためにゴーエン公を訪問するしたくを整えながら、金髪の王子の帰りを待つことにした。

 さて、フルートは、その日の昼、ゴーエン公のところで食事をごちそうになりながら、様々な魔法の品々を見せびらかされることになった。あまり趣味のいい遊びではないな、と考えながらも、退屈はしなかったので、にこにこと話に耳を傾ける。
 ゴーエン公は、フルートよりいくらか年上の、銀髪の青年だった。愛蔵のコレクションを取り出して、うれしそうに、次から次へと説明してくれる。
 ひとつだけ感心したのは、ゴーエン公が、これらの品々を必ずしも個人のためだけに集めているのではないことだった。有事の際、人々のために使うのだと説明された品の中には、なるほど素晴らしい値打ちのものがあった。たとえば、<尽きない水瓶>は、ひしゃくで水を汲み出している限り、水が尽きることはない。<広がる毛布>は、何人だろうと一緒にくるまって暖を取ることができる。
 逆に感心できないのは、何のために使うのかわからないような品までも、ただ魔法の品というだけで集め、値打ちあるもののように見せびらかしていることだった。<黒いロウソク>は黒い光を放って明るさを減じるロウソクだったし、<腐敗の石>ときたら、触れたパンを腐敗させる石なのだった。
「そしてこの指輪が、<命令の指輪>です」
 ゴーエン公は得意げに、嵌めている銀の指輪をフルートに見せた。真ん中が大きく盛り上がっており、そこに複雑な文様が浮き彫りにされている。
「この指輪を使うと、誰でも意のままに操ることができます。さきほど我が街で摘み取って来たばかりの名花を、殿下に献上いたしましょう。・・・さあ、出ておいで」
 青年が、部屋の奥にある衝立に声をかけると、その陰から現れたのは・・・女中の服を着せられた青い髪の娘。顔を見ればフィアだった。フルートは息がとまるほど驚いたが、フィアのほうはフルートに気付く気配はなかった。
 銀髪の青年は機嫌よく、
「さあ、可愛い女中さん。こちらの方が、おまえの新しい御主人さまだよ。言ってごらん、あなたにお仕えいたします、と」
 フィアの顔が、指し示されたほうに動き、その視線がフルートをとらえる。瞳の中にかすかな感情の色が動いたようにも見えたが、それはすぐに、鈍い麻痺の中に呑み込まれて行った。
「あ、なた、に・・・」
 フィアはかすれた声で、とぎれとぎれに言った。その目はうつろに曇っている。
「お、つか、え、いた、し、ます・・・」
 言い終わって、しかし、涙を一粒こぼした。フルートは胸をえぐられるような思いがした。大国クルシュタインの王女に何を言わせているのだ、この男は。
 銀髪の青年は、フルートの動揺に気付いたふうもなかった。
「そう、よく言えたね。じゃあ、今度はこんなふうに言ってみよう。あなたを心からお慕いしています、って」
「あなた、を・・・」
と、またフィアはかすれた声で言い始めた。揺れる視線でフルートを見つめながら。
「心から、お慕い、しています・・・」
 言い終わって、ぽろぽろと涙をこぼした。
 ――心にもないことを、無理に言わされているからだ。そう思ったとたん、胸がドクンといって、気が付くとフルートは席を立って青年の胸倉をつかんでいた。
 しまった、事を荒立てるつもりは・・・と、頭の片隅で考える声があったが、とどめようがなかった。
「このひとに、何をした」
 自分でも驚くほど物騒な低い声が出た。銀髪の青年はわけがわからない様子で、
「な、何をするんです」
「すぐに元に戻せ」
 ぐいと胸倉をつかみ上げる。ああ、なぐりつけてしまいそうだ。
 しかしそのとき、異様な空気に気付いて、フルートははっとフィアのほうを振り返った。いつのまに取り出したのか、フィアは護身用の短剣を抜いて、自らの喉元に突き立てようとしていた!
「よせ!」
 フルートはゴーエン公を離し、フィアに駆け寄って短剣を取り上げた。
 フィアはゆっくりとフルートを見上げた。涙に濡れた睫毛の下から、煙るような青い瞳がフルートを見上げ、かすれた声がため息のように告げた。
「好き・・・」
 それきり、フィアは目を閉じて、ぐったりと気を失ってしまったようだった。
 つかの間、フルートは、常になく激しく動揺し、うろたえていた。が、すぐに、フィアが「心にもないことを無理に言わされていて、そのせいで自害まで試みた」ことに思い至り、冷水を浴びせられたような思いで我に返った。
 そっとフィアを横たえると、フルートはゴーエン公に向き直った。
「彼女は私の知人です。元に戻していただきたい」
「そうだったのですか・・・」
 ゴーエン公は驚きつつ、納得した様子だった。そして、困った顔をした。
「しかし、申し訳ありません。実は、この魔法は、解くことができないのです」
「・・・何ですって?」
「いえ、時間が経てば自然と解けます。早ければ一ヶ月、遅ければ一年ほどで・・・」
「一年!」
 フルートの表情が険しくなったのを見て、ゴーエン公は、また乱暴されるのではないかと慌てたように、
「いえ、その方の場合、自分の意志が多少なりとも残っているようでしたから、ひと月もあれば元に戻るでしょう」
「指輪を壊したら魔法が解けるのではありませんか」
「な、何をおっしゃるのです。これは私の大事な、大事な・・・」
「壊してください」
 フルートはゴーエン公をにらみつけた。ゴーエン公は震えあがって、そっと指輪を抜きとり、さんざんためらったあげく、ナイフの柄を振り下ろした。ガチリと鈍い音がして、指輪は壊れ、不思議な文様も砕けた。
 魔法が解けているのかいないのか、フィアは眠り続けている。フルートはフィアを抱き上げた。
「ご協力に感謝します。それでは、これで失礼します」
 しかし、馬車に乗せて帰る間、フルートがどんなに声をかけても揺さぶっても、フィアは一度も目を覚まさなかったのだった。

 宿に帰りついて、フィア、すなわちフィリシア姫をベッドに寝かせると、フルートは、セレンとゼラルドに事情を説明した。フィリシアの名誉のために、彼女が何を言わされたかは伏せた。
 フィリシアは一向に、目を覚ます気配がない。
「もしかしたら、夢の中に逃げ込んでいるのかもしれない」
と、ゼラルドが言った。
「自害を試みるだけの意志が残っていたなら、無理やり命令に服従させられる現実から、夢の中に逃げ込むこともできたかもしれない。フィリシアが再び夢から現実に戻って来れば、もう指輪はないのだから、おのずと魔法も解けるはずだ」
「どうすればいい」
「他人の夢を覗くのは気が引けるけれど、非常事態だから。少し下がっていて」
 黒髪の若者は、そっとフィリシアの手を取って、何かつぶやいた。ポウッとフィリシアの体が白い光に包まれる。
 さらに何かつぶやいたあと、ゼラルドは顔を上げ、うなずいた。
「見えた。来て、彼女の手に触れてくれ」
 フルートとセレンがおそるおそる近づいてフィリシアの手に触れると、周りの景色がゆらいだ――
 ――そこは、深い森の中の、洞窟の前だった。
 戸惑うフルートとセレンに、ゼラルドは静かに告げた。
「ここはフィリシアの夢の中だ。この洞窟の中に、フィリシアがいる」
 三人は洞窟の入口に視線を向けた。苔むして、シダが垂れ下がっており、暗い。
 ゼラルドは続けて、
「この中からフィリシアが出て来れば、夢は覚めて、魔法も解ける。ただ、自ら洞窟に隠れたフィリシアが、簡単に出て来るかどうかは・・・」
「要は、連れ出せばいいんだろう」
 フルートが気短に言って、洞窟に入った。
「待てよ、フルート」
 セレンも慌てて後を追った。
 ゼラルドは、洞窟の入り口で、うつつとの境界を取り持ちながら、待つことにした。

 フィリシアは、洞窟の奥深くで震えていた。森の中で歌いながらイチゴを摘んでいたら、何か間違ったことを歌ってしまい、傍らに跳ねてきたガマガエル――の格好をした魔法使い――が、気に入らないと言って呪いをかけて来たのだ。おまえの肌もガマガエルのようになるがいい!
 フィリシアは、変わりゆく肌の色を見て、悲鳴をあげて近くの洞窟に逃げ込んだのだ。
「フィリシア?」
 洞窟の入り口のほうでフルートの声がして、フィリシアはびくっとした。
「フィリシア、そこにいるね?」
「来ないで!」
 フィリシアは思わず、悲鳴をあげてあとじさった。
「フィリシア? 一緒に戻ろう」
 かまわずに中に入って来る気配。
「来ないで! 近寄らないで! それ以上近づいたら、私・・・私・・・」
 ただごとではない様子に、フルートが立ち止まった。困惑しているようだ。
「フィリー、そんなことを言ったって・・・」
「君は少しどいていなよ、フルート」
 今度はセレンの声がした。やわらかな声。
「フィリシア、ぼくだったら、近くに行ってもいい? 何も無理強いはしないよ」
「・・・よくないわ」
「何があったのか、話を聞かせて。大声でどなりたい?」
「・・・いいえ。・・・わかったわ、もう少し近くに来て。でも、私を見ないでくれる?」
「こんな暗がりでは、見たくても見られないよ」
 セレンが近づいてくる気配。フィリシアはセレンに背を向ける。ぼんやりした闇の中、セレンはフィリシアの背中にやさしく話しかけた。
「さあ、お姫様。どうして君を見てはいけないのか、教えてくれる?」
「セレン。私・・・私ね、醜くなる魔法をかけられてしまったの。いまの私は、顔も手も足も、ガマガエルのようにぬらぬらして、いぼいぼしているの・・・」
 話す声は細くなり、震える。セレンはそっと聞いた。
「君の手に、さわってみてもいい?」
「・・・いいわ。でも、おねがい。びっくりしないでね」
 セレンはそっと、差し出されたフィリシアの手にさわった。ぬらぬらして、いぼいぼしている手。
「・・・ほんとだ」
と、セレンはやさしく言って、そっと、その手の甲にキスをした。
「セレン!」
 暗がりの中、びっくりしてフィリシアが振り返り、あわててまたそっぽを向く。
 セレンはフィリシアの手を両手で包みこみながら、
「お姫様、暗くて見えない君の顔に、さわってみてはいけない?」
 フィリシアは逡巡した。が、いつまでも隠していられることでもなかった。心を決めて、ゆっくりと振り向き、
「・・・いいわ。でも、おねがい。びっくりしないでね」
 セレンはフィリシアの手から片手を離し、そっとフィリシアの頬をさわった。ぬらぬらして、いぼいぼしている頬。
「ほんとだ」
とセレンはささやいて、次の瞬間、フィリシアはふわりと抱きしめられていた。
「フィリシア、そんなふうに泣かないで」
 言われて、フィリシアは自分がずっと泣いていることに気付いた。頬は涙で濡れていた。
 セレンはフィリシアの耳元で、
「フィリシア。君の、この可愛いカエルのほっぺにキスしてもいい?」
「な・・・な、な、何を言うの、セレン!」
「だめ? じゃあ、考えて、お姫様。もしぼくが、ガマガエルのような顔になってしまったとして、君はぼくを旅の仲間と認めてくれなくなる? フルートはぼくを友達と認めてくれなくなる? ゼラルドはぼくに優しくしてくれるようになる?」
 フィリシアはひとつずつ検討して、最後の質問には吹き出して、答えた。
「いいえ。そんなことはないと思う」
「それなら、君も今まで通り、一緒に来てくれるね?」
「それは・・・でも・・・」
「じゃあ、洞窟の入口にいるフルートとゼラルドを追い払ったら、ひとまず一緒にここから出てくれる? 何を見ても驚かないと約束するよ。それとも、ぼくに見られるのも嫌? そんなに信用ないかな」
「・・・わかったわ」
 フィリシアはため息をつくように了承した。
「じゃあ、ちょっと待っていて」
 セレンはそっとフィリシアを離して、洞窟の入り口のほうに向かった。やがて、入り口のほうから、フルートの、
「どうして、ぼくはだめで、君ならいいんだ」
という不満そうな声が聞こえたが、すぐに静かになった。
 セレンは戻って来ると、うやうやしくフィリシアの手を取った。
「さあ、二人とも追い払ったから、参りましょう、姫」
 フィリシアは緊張しながら、暗い洞窟を抜けて、明るい日の光のもとに出た――

「・・・気がついた?」
 フィリシアはベッドの中で目を開けた。部屋にはセレン一人だけが、傍らでフィリシアの手を取っていた。フィリシアを包んでいた白い光が、薄れて消えていく。
「セレン。私・・・?」
「鏡、見る?」
「・・・ええ」
 体を起こしたフィリシアに、セレンは手鏡を渡した。フィリシアは自分の白い手を見て、はっとしたようだったが、おそるおそる目を上げて鏡を覗きこみ、
「ああ!」
 常と変らない自分の顔を見て、安堵と喜びの声をあげて、セレンに抱きついた。
「良かった、私・・・」
「ぼくは、カエルのお姫様でもかまわなかったのだけれど。良かったね、フィリシア」
 セレンはフィリシアの背中をぽんぽんと叩いた。
「ああ、そうだ。それから、これを」
 取り出したのは、買ってあった白い花の髪飾り。フィリシアの髪に留めてやって、
「やっぱり、よく似合うよ」
とにっこり笑った。

 フィリシアは、自分が魔法で服従を強いられていた間のことを、少しも覚えていないようだった。自分がどこに連れ去られたかも、何を言わされたかも、自害を企てたことさえも。
 それならそれでいい、と周りは思ったし、フルートも、何があったかを教えたりはしなかった。フィリシアは、ただ悪い魔法にかけられて、そこから覚めたのだ、とだけ教えられた。
 ――ある秋の日の昼下がり。フィリシアは宿屋の台所を借りて、およそ王女に似つかわしくないジャム作りに張り切っており、成り行きを察してセレンとゼラルドが逃げ出したあと、ひとり果物の皮むきを手伝わされる羽目になったフルートが、別に苦にするでもなく黙々とティルの実の皮をむいていたとき。
 不意に、フィリシアが鍋を取り落とした。鍋はまだ空だったので、カランカランと床に転がっただけだった。
「フィリシア?」
「思い出した・・・私・・・私・・・」
 フィリシアは両の頬を押さえ、みるみるうちに耳まで真っ赤になった。
「私、あやつられて、あなたに・・・!」
 フルートは、それが例の事件のときのことだと直感したので、ひやりとして、フィリシアが再び自害など企てないように、あわてて言った。
「大丈夫、魔法で無理やり言わされたって、わかっているから。気にするな」
「ありがとう」
 フィリシアは、心底ほっとしたようだった。そして、続けて、
「相手があなたで良かったわ」
と言って、はにかんだように笑った。
 ・・・あとでセレンとゼラルドが台所を覗いてみると、そこには、無邪気にジャムの味をみている王女と、なぜか上機嫌でジャムの鍋を混ぜている王子の姿があったのだった。

(完)


約7,250字。第25回 自作小説ブログトーナメントに参加中です。
ひとことご感想をいただけたら嬉しいです♪

辻占い(トーナメント参加用)

 旅先で、新しく訪れた街を歩くとき。フィリシアがその街を知らないのと同じように、その街もフィリシアのことを知らない。今日のように賑やかな大通りを歩いて、たくさんの人とすれ違っても、その中の誰ひとりとして、彼女が大国の王女であることも、生まれながらに死の呪いを受けていることも、大陸の果てにある解呪の聖泉を目指していることも、知りはしない。
 そのことを、フィリシアは心地よいと思う。一挙手一投足を検分されることなく、のびのびと歩き回れるのは素敵なことだ。食べものの店や、仕立屋や、工芸品の店などを、ひやかして回るのは楽しい。行き交うひとの服装や髪形が目新しいのも、わくわくする。
 昨日より空気がつめたく感じられて、もうそんな季節になったのね、と、ふと思ったとき、茶葉を売る出店を見つけた。それならお茶を買って戻りましょう、そう思ったフィリシアの心の声が聞こえたかのように、売り子がにこにこと声をかけて来る。
「お客さん、きれいな青い髪ね、遠くからいらしたの? お茶、安くしておくわよ。よそではちょっと手に入らない、このあたりの名産品よ。ほら、こんなにいい匂い」
 茶葉を少し、フィリシアの手に乗せてくれた。くん、と匂いをかいでみると、やさしく爽やかな香りがする。
「それとも、こっちのほうが好き? 寝る前に飲むと、いい夢が見られるわ」
 もう片方の手にも、違う種類の茶葉を乗せてもらった。こちらはほんのり甘い花の香り。
「本当ね、両方とも、とても良い匂い。どちらにしようかしら・・・」
 右手と左手を見比べるフィリシアの耳に、たまたま、そばを通りすがった子供たちの声が聞こえた。小さな女の子ふたりが、「今日もお花がよく売れるといいね」と話している。「花」という言葉が、ぴょんと胸に飛び込んで来たような気がした。
 フィリシアは時々、辻占いをする。迷っていることを「辻に聞いて」、そのとき聞こえた言葉に助けてもらうのだ。だから今も、その「花」で決めた。
「こちらをください」
と言って、青い髪の姫君は、花の香りのする茶葉を買った。
 ふふ、おみやげができた!
 宿に戻ったら、おかみさんからお湯をもらって、熱いお茶をいれよう。そう思うと、自然に口元がほころんで来る。
 紙包みを抱えた胸が、早くもぽかぽかと温まるように感じながら、フィリシアは軽やかな足取りで、宿に戻って行った。

 二階建ての民家を二軒合わせたくらいの、こざっぱりした、食堂を兼ねた宿屋に戻ってみると、どうやら、フルートとセレンは出かけており、黒髪の若者ひとりが部屋にこもっている様子だった。
 それなら、買って来たお茶を入れるのは夕食後、みんなが揃っているときに――と、いったん思いかけながら、フィリシアはすぐに考え直した。茶葉は数回分を買ってあるから、夜は夜でまた別のこととして、今、ゼラルドと二人で時間を過ごせるなら、それもいい考えだ。なぜって、心の中で、「もし私にお兄さまがいたら、このような感じかしら」と、空想を楽しむことができるから!
 そうは言っても、ゼラルドのほうは、一人の時間を邪魔されたら迷惑に思うかもしれない。フィリシアが部屋の外で、声を掛けるか掛けないか逡巡していると、内側からドアが開いて、彼が姿を見せた。
 いつもと変わらない、謎めいた黒い瞳で、ゼラルドはじっとフィリシアを見つめた。それから、小さく首をかしげ、冷淡な穏やかさで口を開いた。
「ずっと部屋の前に立たれていては、術に集中できない。用向きは何だろう」
「ごめんなさい、あのね。お茶を買って来たの。フルートもセレンもいないけれど、よかったら、一緒に。いかが?」
 ゼラルドは首をかしげたまま、さらにフィリシアを見つめてから、ふ、と微かに笑った。
「君がそう言うなら、いただこうか」
 二人は、昼下がりで空いている食堂に行って、隅の席を使わせてもらった。テーブルを挟んで、向かい合って椅子に掛け、入れたての、湯気の立つお茶を口に運んだ。飲みものの温もりと、花の香りが体に沁みて、フィリシアの顔がほころんだ。
「おいしい!」
「そうだね」
 ゼラルドは静かに同意した。それ以上は何も言わないが、伏せた視線は和らいでおり、口元にはほのかな笑みが浮かんでいる。気に入ってくれたのなら嬉しい、と、姫君は満足する。
 そのまま、居心地のよい沈黙を楽しんでいたいとフィリシアは思ったが、器が空になり次第、このささやかなお茶の時間は終わってしまうだろう。常日頃、話したいと思いながら言い出せなかったことを、話してみようか。フィリシアはそっと聞いてみた。
「ねえ、ゼラルド。あなたは、私の呪いが解けるまで、一緒に来てくださるの?」
「・・・迷惑でなければ。可能である限りは、そうしようと思っている」
「よかった! そうしたら、そのあとは、どうするの?」
「・・・」
「いなくなってしまう・・・?」
「人と人が出会えば、いつか必ず、別れは訪れるものだから」
と言って、ゼラルドは視線を合わせ、フィリシアに言い聞かせるように、穏やかに言葉を継いだ。
「そのときが来ても、嘆くには当たらない。むしろ、ぼくが君たちと出会い、ひとときでも共に過ごせたことを、ぼくのために喜んでもらえたら嬉しいと思う」
「ゼラルド・・・」
 フィリシアが言葉に迷うと、黒髪の若者は、いつもの冷ややかな微笑を浮かべた。
「それとも、君は、『ひとたび手のうちにあっても、そのあと失われたものは、手に入らなかったのと同じ』と考えるのかな」
「・・・いいえ。宝物になったものは、失われたとしても、ずっと宝物なのだと思うわ」
 フィリシアはまじめに答えて、うつむいた。飲みかけのお茶が、器の中で揺れている。
「私ね、なんとなく、あなたがずっと居てくれるような気になっていたの。帰り道も、一緒に帰るのだとばかり思っていたの。でも、この前、フルートと話をして、そういえば、どこまで一緒に行くのか、きちんと決めたわけではなかったのだと思い出して・・・、気になったから、お別れがいつになるのかを辻に占ってみたら、『もうすぐ』と言われたの」
「辻占は、自分のことを占うには悪くない手段だけれど、他人のことを占うのには、あまり向いていないよ。そして、その占いは外れている。まだ少し、先のことだから」
「そうね。まだ少し、先のことよね」
 フィリシアは目を上げて、自らを力づけようとするように微笑した。
「そのときが来るまで、ここにいる二番目の妹のことを、よろしくね」
「二番目の妹」
「私のこと。ローレインにいらっしゃる妹さんより年上だけれど、新参だから、二番目」
「・・・ぼくは、君の兄になれるほど、出来の良い人間ではないと思う」
「それを言うなら、私のほうこそ。でも、あなたはいつも私を助けてくれて、今日もこうして、一緒にお茶を飲んでお話してくれて、そういうことが、私、うれしいの」
「・・・そのようなことで良いのなら」
「ありがとう!」
 フィリシアは明るい笑顔になった。ゼラルドも、微かに、笑った。

 フルートとセレンは、日のあるうちに外から帰って来て、フィリシアとゼラルドが食堂の隅で語らっているのを――というより、楽しそうに話しているのはフィリシアで、ゼラルドは静かに聞いているだけだったが――見つけた。
「あの二人、あれほど仲が良かったか?」
と、戸惑ったように言ったフルートは、そのまま二人のテーブルまで歩いて行き、
「ただいま。何を話して――」
「あ、おかえりなさい! 二人とも、お茶はいかが? いま入れて来るから、待っていて」
 青い髪の姫君は、屈託なく笑って、立って行ってしまった。
「いや、その、何を」
と、フルートが視線を移すと、黒髪の若者のほうは、小さく首をかしげ、こちらも少し戸惑ったように、
「・・・君に話すほどのことは、何も」
と言った。フルートは複雑な表情になったが、じきにフィリシアがお茶を入れて戻って来ると、話題はお茶のことになって、なんとなく、それで納得してしまったのだった。

(完)

第24回 自作小説ブログトーナメントに参加しています。約3,210字。
よろしければ、一言ご感想をいただけると嬉しいです♪

トーナメント結果:「三本角の怪物」 & 気になるイベント

10日ばかり、更新間隔が空いてしまいました。
仕事で忙しくしていたら、風邪をひいてダウンしました…。
熱やら咳やらがひどく、病院に行ってインフルエンザの検査をしたところ、お医者さんが、
「インフルエンザの反応がね、出ないんですよね…」
と、不思議そうな顔をして言ったくらいに、症状の似た風邪ですcoldsweats01
ようやく起き上がって、記事を書けるくらいに回復しました。

***

「三本角の怪物」は、トーナメントで準優勝をいただきました。ありがとうございます。
ただ、最近の自作小説トーナメントは、出品するひとも、読んでくれるひとも、数が少なくて、盛り上がりに欠けています。
せっかくのイベントを盛り立てて行くには、どうしたらいいのかなあ。

***

遊びに行きたい、気になるイベントは、謎解き関係で、こんなの見つけています。

1.ホテル体験型謎解きイベント
  「本と歩く謎解きの夜」推理作家センゴクからの挑戦状

 箱根仙石原プリンスホテルで、「奇妙な本」を片手に謎解きをする、という内容。
 開催期間は、2017年1月10日~3月16日(途中、除外日あり)。
 宿泊プランと日帰りプランを選択できます。謎解き時間は4時間~8時間くらいとのこと。
 ゆったり贅沢に、宿泊プランで、ディナーも食べて、謎解きしたいなあ。
 公式サイトは→ こちら

2.星の王子さまミュージアム「星の王子さまと不思議な贈り物」

 仙石原エリアの、星の王子様ミュージアムで、謎解きキットを使って楽しむイベント。
 現在、常設イベントで、参加料1000円(入館料は別途)。
 大人が1時間で解けるくらいの問題とのことなので、気軽に参加できますね。
 前述の仙石原プリンスホテルに行くなら、宿泊して美術館めぐりしつつ、これも参加したい。
 公式サイトは→こちら

3.ミステリー・ザ・サード2017「一二三発見伝(ひふみはっけんでん)」

 「今ここで起こった事件に巻き込まれる」がテーマの人気イベント「ミステリー・ザ・サード」。
 目の前で起こる事件。残されている遺留品。観察力や記憶を頼りに、犯人を特定します。
 2017年の東京公演は、代々木上原で、2017年3月の週末に開催予定。
 大掛かりなお芝居なので、参加費用は11,000円。でも毎回楽しいから、ぜひ行きたい。
 公式サイトは→ こちら

***

「遥かな国の冒険譚」の新作は、年内は無理かもしれません…。
まだ諦めてないけど…。

以上、ご報告・ご案内でした。

三本角の怪物(トーナメント参加用)

 地中深くの迷宮には、角の三本ある巨大な怪物が棲むと伝えられた。100年ほどの昔、この迷宮を造って怪物を封じ込めることに成功したのは、当地の領主の先祖だったという。以来、代々の領主の怒りに触れたものは、老いも若きも、この迷宮に送り込まれた。また、貧しさゆえに盗みを働いた孤児や、想う相手と駆け落ちしようとして捕らえられた娘など、哀れな罪人もすべて、怪物への生贄とされた。もし、怪物に捕まることなく出口にたどり着き、外へと逃れ出る者がいるならば、その者は罪を赦されて放免されることとなっているのだが、常に見張りの立つ出口から、生贄が一人でも出て来たことはなく。つまり、まだ怪物は迷宮の奥に生きていて、ささげられる贄たちを貪り食っているのだ。
 ――と、そのような説明を受けて、黒髪の若者が迷宮に閉じ込められたのは、たまたま宿泊先で土地の有力者に目を付けられ、無理難題を持ちかけられて、にべなく断ったからだった。もっとも、呼び集められた衛兵たちは、若者が何かを一言二言つぶやいただけで体が言うことをきかなくなり、縛りあげることはおろか、触れることすらできなかったのだが、若者のほうは、迷宮のことを聞かされると、軽く首をかしげ、「いいだろう」と独り言のように言って、むしろ自ら進んで迷宮へと案内され、閉じ込められるままになったのだった。
 このとき、幾人かの力弱き罪人も、共に迷宮に放り込まれた。それは、領主の不興を買った娘たちや子供たちで、これらの生贄たちは、陽の射さない地下の迷宮の中、頼りないカンテラの灯を掲げて震えた。黒髪の若者――ゼラルドは、彼らを顧みることなく無言で歩き出し、結果、おのずと先導の役割を担うことになった。通路はじめじめしており、よほど地中深くに掘られていると見えて、上方を照らしても闇があるばかり、天井を見定めることはできなかった。
 ゼラルドのあとを歩きながら、生贄たちは、互いに声をかけて励ましあった。半日ばかり、くねくねした道をたどり、時間の感覚をなくしてしまったころ、紛れもない獣のにおいが鼻をつくようになった。やがて、彼らの目の前に立ちはだかったのは、毛の長い大きな獣。
 ゼラルドがカンテラの灯を掲げて、怪物の巨体を映し出すと、後方の女子供は悲鳴をあげた。灯の中には、人間の倍ほども背丈があり、大きな目を爛々と光らせ、頭部に三本の太い角を生やした、四足の怪物がいた。弱きものたちが恐怖に駆られて散り散りに逃げようとする気配を察して、ゼラルドが、
「みな、離れるな!」
と、声を張った直後、別の、くぐもった声が、
「恐れる必要はない・・・」
と言った。しばし、沈黙が落ちた。その声が怪物から発せられたのだと理解した生贄たちが再び騒ぎ出すより前に、ゼラルドは会話を試みていた。
「人語を話せるのか」
「話せるとも。我はその昔、人と親しく暮らしていたのだからな」
 怪物は、ゆっくりと話した。怪物が口を開けるたび、鋭い牙が見え隠れした。
「我は、裏切られたのだ。我は、快適な住まいを与えられるはずであった。だが、実際に与えられたのは、この暗く湿った迷宮であった。どういう魔術なのか、あるいは我が愚かなだけか、ともかく、我はここから出ることが叶わぬ」
「なるほど。では、この迷宮を人が通り抜けることについては、どう思っているのか」
「無事に通り抜けてほしいと願っているとも。その手助けもしよう」
 その言葉を聞いて、迷える人々は、おお、とどよめいた。ゼラルドは冷静に会話を続けた。
「手助けとは」
「天井に穴の開いた場所がある。そこまで案内しよう。地揺れがあったときにできた穴だ。我には届かない高さの、我には小さすぎて通れない穴だが、人の子ならば、我の背に登って脱出できる。今までにも多くの客人を、その穴から見送ったものだ」
 ゼラルドは少し考えて、納得した。今までこの迷宮に入れられた者が逃れ出た試しはないと聞いていたが、怪物が別の秘密の抜け穴から虜囚を逃がし、その穴が別の街につながっているとしたら。虜囚は元の街には戻るまい。話のつじつまは合う。
 怪物は向きを変え、のそり、のそりと歩き始めた。人々はおそるおそる、後に続いた。
 彼らは、またしばらく歩き続けた。小さな子らが、もう歩けないとベソをかくと、怪物は子供たちを背に乗せてくれた。果たして、ようやく怪物が立ち止まったとき、その真上には人ひとりが通れるほどの穴があって、外から光が差し込んでいた。
 怪物は、進んで人間たちの踏み台になった。とらわれた人々は、喜んで怪物の背に登り、次々に穴から外に出て行った。ゼラルドは、怪物の傍らで静かに人々を見守っており、ついに彼ひとりが残されると、怪物が不思議そうに聞いた。
「なぜ、おぬしは登らないのだ」
「最後のひとりを逃がす気はなかろう。気づかぬふりで殺されてやるわけにもいかない」
「・・・」
「その牙は、肉を食らう牙だ。また、食らわねば、生きてはおられまい」
「・・・そのとおりだ。ここには他に食べるものがない」
 怪物は認めた。ゼラルドは、じっと怪物の目を見つめて、言った。
「試してみる気があるなら、私が、そなたを迷宮から出そう。そなたは、現在の領主が他の食べものを差し出すかどうか、見定めたらよいだろう」
 怪物は目玉をギョロギョロと動かして、答えた。
「聞かぬぞ。人間が再び我をだまそうとしても、そうはゆかぬ。逃がすものか」
「そうか」
 怪物は牙の生えた口を大きく開けて迫った。ゼラルドはトンと地を蹴って、術の力でふわりと浮かびあがると、金色の長剣を抜き放ち、怪物の首を一息に切り落とした。
 三本の角を持つ獣の頭が、ごろりと地面に転がった。何かを言おうとするように顎がもぐもぐと動いたが、すぐに動かなくなった。

 その日、迷宮の出口で番兵たちの守る扉から、初めて人が現れた。迷宮を通り抜けた若者は、三本の角がある獣の首を引っさげており、あわてて駆け付けた領主が、
「そんなばかな。あの迷宮の出口は・・・」
と、動転して口走りかけるのへ、物憂げに、
「今日より、あの迷宮には出口がある。迷宮のぬしは、このとおり、もういない」
 そう言って、怪物の首を置いて立ち去った。若者を引き留める者はなかった。
 ――怪物の首は、目を閉じて、笑っているように見えたという。

(完)

第23回 自作小説ブログトーナメントに参加中です。約2,250字。
一言ご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。

進捗状況報告(2016/11/17)&トーナメント結果「竜に乗って」

最新作の「冬の森、ひとやすみ」が、まさかの恋バナ回(と、呼べるかどうかは微妙だけれども)だったので、さて次は何を書こうかしらん。
しーんと静かなお話、とか、書いてみたいな…。全員そろっているのがいいかも…。

「竜に乗って」を出品したトーナメントは、今回は参加者が非常に少なくて4人しかいなかったのですが、初戦敗退しました。
アクセスログを見る限り、中身を読まずに投票している人も多かったようで、いまいち盛り上がりに欠けた回だった模様です。
トーナメント、面白いイベントだと思うのに、なかなか流行らないなあ。残念。

週末は、「東京蚤の市」に遊びに行きたいと思っています。
創作がなかなか進まなくて、すみませんsweat01
(平日は、残業して帰宅して、ごはん食べて寝てしまうし…。
読書もテレビもゲームも、なかなか時間がとれませんweep

竜に乗って(トーナメント参加用)

 走りたがる愛馬を、望むとおりに走らせてやって、草原の真ん中を人馬一体、風になった気持ちで進みゆく。久しぶりに駆け抜けがいのある、広い広い草の海だ。
 とはいえ、どのような海にも、果てはある。緑の絨毯が尽きて岩地へと変わり始めるあたりで、白馬は速度をゆるめ、やがて止まった。
「気が済んだら、帰るぞ」
と、金髪の王子は、鞍の上から馬に声をかける。白馬はブルルと鼻を鳴らす。
 王子は、行く手にそびえ立つ岩山を見やった。
「皆の進路は、こちらを避けて正解だったな。あの岩山を登れる馬は、きっとおまえくらいだ」
 そう言ったとき、視線の先で、岩山の中腹から何か大きなものが飛び立つのが見えた。それは、内陸ではあまり見かけることのなかった生きもの。
「竜までいるのか」
 翼を広げた赤銅色の竜は、どうやら人を乗せているようだったが、羽ばたきながら、どんどんこちらに近づいてくる。
 白馬が神経質に足踏みするのを、どう、どう、と鎮めながら眺めていると、竜は白馬のすぐ横を、かすめるように飛び過ぎて行った。すれ違う一瞬、竜に乗っている若者と、馬上の王子の、視線が合った。
 すると、一度はすれ違ったものの、竜は方向を変え、舞い戻って来た。落ち着かなげな馬の隣に、向きをそろえてバサバサと着地してみれば、竜と馬の大きさは似通っており、乗り手の視線も自然にぶつかる高さだ。竜の乗り手は、栗色の髪をした若者で、こちらを強く見据えており、口をひらいた。
「おい、あんた」
「何だい」
「今、すれちがったとき、俺と目が合ったよな。そいで、俺がもし通りすがりに襲いかかったら、返り討ちにする気だったよな」
「すまない」
と言いながら、王子は――というより、身分を伏せて「ルーク」は――肩をすくめる。
 竜の乗り手は、いくらか慌てたようだった。
「ああ、いや、それを咎めようというわけじゃないんだ。ただ、よそから来た奴なのに、竜の飛ぶ速さを見切っていたから、ちょっとびっくりしてさ」
「ふうん?」
「それで、目がいいところを見込んで、頼んでみる気になった。いやなら断ってくれていいんだけどよ。実は、あの岩山で薬草を探してるんだが、いつも二人で組んでいる相棒がいなくて、難儀してるんだ。あんた、小一時間ばかり、手伝ってくれる気はないか」
「竜に乗せてもらえるなら、いいぜ」
と、ルークは、興味津々に青い瞳をきらめかせて、請け合った。
「ああ、乗せてやるよ。あんたさえ良ければ、1頭任せてやる」
「やった!」
 ルークの弾けるような笑顔につられて、竜の乗り手も笑いながら、念を押すように、
「ただ、その立派な白馬を繋いでおけそうな場所がないけどな。問題ないか?」
「馬を食らう竜でも住んでいない限り、自由に遊ばせておくさ」
「そんな大型竜はこの辺にいないが、繋がずに逃げられても、俺のせいにするなよ?」
「ああ」
 ルークの明るい青い瞳を、しっかりと見つめ返して、竜の乗り手はうなずいた。
「よし、きまりだ。俺はゴウタ」
「俺はルーク」
「よろしくな、ルーク! じゃ、ちょっとだけ待ってくれ」
 竜の首をさわって、一言二言、何か命じるような語気で話しかけると、赤銅色の竜は甲高い声で、ギイイ、と鳴いた。
 呼応するように。前方の岩山から、またしても飛び立ったものがあり、みるみるうちに近づいて来て、風を巻き起こすように着地したところを見れば、こちらは青銅色をした、同じくらいの大きさの竜なのだった。ゴウタは自分の竜からいったん下りて、背負い袋の中から予備の鞍を取り出し、青銅色の竜にしっかりと括り付けた。
「ほらよ、ルーク。乗ってみろよ」
 ルークは白馬から飛び降りて、おそれげなく竜に近づき、しげしげと眺め、竜の首の鱗など撫でてみてから、トンと地を蹴って飛び乗った。
「そう、それでいい。馬と同じさ」
 ゴウタは軽く言って、自分も竜の背に戻った。
「いくらかは言葉も通じるしな。右、左、上、下、進め、止まれ。簡単だろ? あとは、ともかく、落ちなければいいんだ」
「了解!」
 ルークは楽しそうだ。ゴウタは、はは、と笑った。
「じゃあ、出発だ!」
 ゴウタが竜の脇腹を軽く蹴ると、赤銅色の竜はバサリと翼を広げる。ルークも真似をして、二頭の竜は一緒に飛び立った。心なしか恨めしそうな顔で見上げる白馬に、ルークは「また、あとで」と声をかけた。赤銅色の竜が上昇すると、青銅色の竜も、後を追って上昇した。
「すごいな!」
と、ルークが声を弾ませる。
「ゴウタ、もしかして、宙返りは?」
 ゴウタは返事の代わりに、ひゅるる、と口笛を吹いた。赤銅色の竜はゴウタを乗せたままクルリと一回転した。へへ、と自慢げにルークを振り返ったゴウタは、ルークが同じように口笛を吹いたので、目を丸くした。青銅色の竜は、ルークを乗せたままクルリと一回転!
「おいおい、怖いものしらずだな!」
 ゴウタが呼びかけると、
「手本を見せてもらったのに、怖いはずがあるか」
と、ルークは朗らかに笑う。そんなに簡単なはずはないのだが、とゴウタは苦笑しながら、この頼もしい即席の助っ人に、本来の目的を思い出させることにする。
「さ、目的地に着くぞ! 白い花を探してくれ、ルーク」
 ゴウタが竜の速度を緩めると、ルークの竜もそれにならう。ゴツゴツした山肌に沿って、二頭の竜は、ゆっくりと回りを巡るように飛んだ。
「見つけたら?」
「竜を近くに止めて、花びらだけ採ってくれ。この季節にこの山で咲く白い花は、他にない。細くて小さくて見つけづらい花だが、よろし――」
「よし、下へ。そう、止まれ」
 ゴウタの話が最後まで終わらないうちに、ルークは竜を止めていた。青銅色の翼がバサバサとたたまれて、ルークは鞍に乗ったまま身を乗り出すように、見つけた白い花の花びらを採っている。ありあわせの布を出して包み、ゴウタのほうを見上げ、大声で、
「どれだけ必要なんだ?」
 尋ねて来るので、ゴウタのほうも叫び返す。
「10本分くらいだ。採りすぎないようにな!」
 聞いて、ルークは再び竜を飛び立たせ、少しずつ下に移動しながら、小刻みに竜を止めては、花を探しているようだ。
 ゴウタも1本見つけた。岩の影になる場所に、ひっそりと、山肌にへばりつくようにして咲いている、小さな白い花。よく効く熱さましの薬。竜から下りて花びらを採り、また竜の鞍に戻ったところに、ルークの竜が上がって来た。
「終わったぞ、ゴウタ」
「ええっ」
 耳を疑うゴウタに、ルークは不思議そうな顔をして、
「それとも俺、間違えたか? 確認してくれ」
 布の包みを放り投げて来るので、ゴウタは受け止めて、そっと中を覗いた。間違いない。小さな花びら、10本分。
「合ってる。すげえな、ルーク。じゃあ、せっかくだから、山の頂上に降りてみるか?」
「ああ!」
 二人は上昇し、山頂近くに竜を止めた。ルークは、竜を降りると頂上に駆け上がり、ぐるりを見渡して、ひゅうっと口笛を吹いた。嬉しそうに遠くを見て、指さした。
「海が見える!」
「ああ。たまに、あの海の上を飛ぶこともあるんだぜ」
「いいなあ!」
「何人かで隊を組んで、港に寄りながら、行き帰りでひと月くらいの旅をするんだ。今度、連れて行ってやろうか?」
 こぼれた言葉に、ゴウタは自分でびっくりした。ついさっき会ったばかりの余所者だぞ?
 ルークは、海に向けていた視線を、傍らのゴウタに移した。きらきらする目で、笑った。
「俺が二人いたら、一人は喜んで連れてってもらったな!」
「?」
「でも、俺は一人しかいないからさ。残念だ」
 二人は竜の背に戻り、飛び立った。翼を並べるようにして、ルークのいた草原に戻った。
「じゃあな、ルーク。おかげで助かった。ありがとな!」
「こっちこそ、すごく面白かった。ありがとう」
 ルークは竜を降り、青銅色の鱗を撫ぜてから、白馬の傍らへ。
 ゴウタと竜たちは飛び立って、やがてその後ろ姿は遠ざかり、見えなくなった。
 白馬はブルルと鼻を鳴らした。
「そうだな、帰ろう」
 そう言って、鞍に乗ったルークは、もはや「ルーク」ではない。
「すぐ戻ると言ったのに、遅くなった。セレンに叱られるぞ」
 笑いながら、金髪の王子は、愛馬の脇腹をトンと蹴って、草の海に馬を走らせる。
 旅の仲間たちのもとへと。

(完)

約3,300字。第22回 自作小説ブログトーナメントに参加しています。
よろしければ、ご感想をお聞かせいただけたら嬉しいです。

トーナメント結果:「笑わない娘」

仕事が急に忙しくなったので、今週はもう更新できないかも…bearing

ブログ村の自作小説トーナメントに出品していた「笑わない娘」は、優勝をいただきました。

投票参加人数が少なかったのが寂しいですが、うれしいです。

笑わない娘(トーナメント参加用)

 午後おそく、風雨はますます激しさを増した。これから夜にかけて、嵐になるだろう。
 仲間たちと待ち合わせる予定の街は、まだだいぶ先だ。無理して馬を急がせるより、今日はもう諦めて、少しでも早く、これ以上濡れずに休める場所を探した方がいい。
 そう判断して、若者は、そのあと最初に通りかかった村で、馬小屋を備えた家を選び、戸を叩いた。中から「はい」と、男の声がして、ガタガタと音がした後、扉が開く。
 セレンはマントのフードを上げて、丁重になりすぎないよう注意しながら、挨拶した。
「旅の者です。この天候で困っています。一晩、泊めてもらえないでしょうか」
 顔を出した中年男は、すらりと背の高い若者の身なりをじろじろと見たが、
「・・・この天気じゃあ、仕方ねえよな。いいぜ。馬を小屋に入れて、早く入んな」
と言ってくれた。

 暖炉が赤々と燃えている。そのすぐ脇では、栗色の髪を長く伸ばした娘がひとり、一心不乱に、何かを指で編んでいる。
「遠慮しないで、火のそばに寄って、服を乾かすといい。その子は、俺の姪っ子だ。ちょっと可哀想な子だから、そっとしておいてやってくれ」
「はい」
 セレンは暖炉に近づいたが、娘は顔も上げずに、ひたすら編みものを続けている。
 こんばんは、と、セレンがそっと声をかけても、反応はなかった。
 台所のほうに立って行った男が、大声で話しかけて来る。
「兄さん、何か食べるかい。たいしたものは無いが、今日はこんな天気だもんよ。とっとと飯を食って寝ちまうのがいいな」
「おかまいなく」
「遠慮は無しだ。兄さんの口に合うかどうかは分かんねえけど、俺が焼いたパン、食うか」
 男は、いくつかパンを盛ったカゴを運んで来てくれた。マントを脱いだセレンの、長い金色の髪を見て驚いたようだったが、特にそのことには触れず、カゴの中を指さして、
「おすすめはこれだ。はちみつを焼きこんである」
「ありがとう。いただきます」
 セレンは、甘い匂いのするパンを取った。男は続けて、編みものを続ける娘に向かい、
「おまえも、今日はもう、食って寝ちまいな、リジル」
 パンのカゴを差し出すと、娘は編みものを膝に置き、初めて顔を上げた。客には一瞥もくれないまま、こわばった表情で手を伸ばし、小さな黒いパンをひとつ取った。
「君は、はちみつパン、食べないの」
 セレンが尋ねても、何の反応もなかった。視線を落とし、パンを一気に食べ終えて、娘は編みものを大きなカゴに放り込み、大事そうに抱えて、二階への階段を上っていった。
「リジルは、俺の姪っ子でね。可哀想な子なんだ」
と、男が言った。可哀想な子。さっきもそう言った。どういう意味なのだろう。
 男は、さっきまでリジルが座っていた椅子にかけて、言葉をつないだ。
「俺の嫁さんと、あの子の両親は、5年前に流行り病で逝っちまってな。あっけなくてよ。あの子も俺も、しばらくは呆然として、腑抜けてた。だけど、残された者同士、一緒に暮らすことにしてさ、それは正解だった。近くに人がいると、やっぱり、こう、張り合いがあるよな。助け合って暮らすうち、俺たちは、どうにかこうにか立ち直ることができた。ときどき、ちょっとばかり落ち込むことはあったけども、その頃のリジルはまだ、普通に人と喋ってたし、たまには笑うこともあった。・・・って、なんで兄さんにこんなこと話すのか、兄さんには分からんだろうな。ちょっと喋りたい気分なんだ。良かったら、パン、もひとつどうだい。
 このあたりの、この季節はよ。毎年、一度か二度は、こんなふうに天気が荒れる。そのせいか、毎年、変わった客が訪ねて来てな。今年はあんた、ってわけだ。始まりは3年前だった。流しの吟遊詩人が、行き暮れて、うちに泊まった。話し上手だった。世話を焼いたリジルのことを、しきりに褒めてくれて、しまいには、リジルを讃える歌まで作ってくれた。いい声だった。二日ばかりして天気が落ち着くと旅だって行ったが、さらに二日ばかりすると、また戻って来た。リジルに惚れたと言ってよ。リジルのほうも、嬉しそうだったな。詩人は、ときどき街に出稼ぎに行きながら、この村で一年ばかり暮らした。最後には、村人総出で、家を一軒、建ててやった。二人のための家をな。
 だが、二人がいつ結婚しようかという段になって、今から2年前、やっぱり嵐の夜だった。馬車が立ち往生したといって、金持ちの未亡人がうちに泊まった。なぐさめにと詩人が歌を歌ったら、たんまりとお代をくれた。未亡人は、たいそう詩人を気に入って、遠くの街で一度舞台に立ってみないか、稼ぎは結婚資金にしたらいいだろうと勧めてくれた。詩人はその気になって、ひと月、出稼ぎに行くと言った。そして、約束のひと月を過ぎても帰って来なかった。ふた月たったとき、俺とリジルは、何日もかけて、はるばるその街まで出かけて行った。街ではその日、金持ちの結婚式があって、花婿と花嫁が、屋根のない馬車に乗って、街をぐるぐる回っていた。俺とリジルも見た。花嫁はあの未亡人で、花婿はあの詩人だった。詩人は、美しい花嫁のための歌を歌っていて、道端の俺たちには気付きもしなかった。俺たちは、とても惨めな気持ちで村に帰って来た。・・・すまんな、兄さん、変な話を聞かせて。もう少しだから、辛抱してくれ。
 街から帰ったリジルは、失意のどん底だった。それでも、話しかければ答えてくれたし、たまには無理して笑ってくれた。少しずつ傷が癒えたらいいと思って、俺は、腹の立つ詩人の話はもう、一言も口にしなかった。だが、今から1年前の嵐の夜のことだ。なんだか不吉な感じのする爺さんが、うちに泊まりに来た。何百歳かわからない、ひどく不気味な爺さんだった。とはいえ、嵐の中にほっぼりだすわけにもいかないから、一晩だけ泊めようと言って、俺が台所で食事の支度をしている間、爺さんは暖炉の前で、リジルと二人で何か話してた。で、俺が台所から戻ると、爺さんの姿は消えていて、リジルは真っ青な顔をして、立ち尽くしてた。その日からなんだ。あの子が一言も喋らなくなったのは」
 男は、言葉を切って、旅人のほうを見た。真面目な顔で、尋ねた。
「あんたは、あの子が編んでいる物を見たか?」
「いえ、ちらりとしか」
「そうか。材料はな、あの子が村はずれの墓地から草を刈って来るんだ。トゲがたくさんあるから、いつも指を怪我してる。そうして、喋ることも笑うこともなく、毎日ああして、ひたすら編み続けてるんだ。どうやら、もうすぐ編み終わりそうなんだがね、俺は、なんだか怖くてよ。あのときの気味悪い爺さんが、明日にでも再びやって来て、俺のかわいい姪っ子を、どこか恐ろしい所に連れて行っちまうような気がするんだ。
 なあ、兄さん。相談だ。あんたは剣も使えるようだからな。この嵐がやむまでの間だけでいい、何か悪いことが起こったら、俺の味方として、あの子を守ってもらえないか」
「・・・わかりました」
 セレンは戸惑いながら答えた。正直なところ、その不気味な爺さんとやらが再びやって来るかどうかについては懐疑的だったが、どのみち、嵐がやむまでは移動することも叶わないのだ。明日か明後日に嵐が過ぎ去るまでの間くらい、気休め程度でも、泊めてくれた家主の力になってやれたらいいと思う。
 セレンの返答を聞いて、男は表情をやわらげた。
「そうか、恩に着る。そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はジャンだ」
「セレンです」
「よろしく頼む、セレン。寝る部屋は、隣を使ってくれ。風の音がひどくて眠れないかもしれねえし、家もギシギシ言うけどよ、毎年のことだから、心配はいらないからな」

 吹き荒れる嵐は、翌朝になっても弱まることなく、ビュウビュウ、ドンドンと、窓や戸を打ち続けた。ジャンとリジルとセレンは、パンとスープの簡単な朝食をとり、そのあと、リジルは暖炉のそばで編みものを始めた。セレンは椅子をもうひとつ、暖炉の近くに持って行き、座って、リジルの様子を眺めた。栗色の髪をした娘の、華奢な手元をよく見れば、なるほど、ジャンがゆうべ言ったとおり、リジルの手指は傷だらけだった。
「何を編んでるんだい」
と、セレンは聞いてみたが、当然のように、答はなかった。
 セレンは、少しの間、考えた。故郷の都に女友達の多い彼は、このくらいの年の娘が、「何かを作る間、一言も喋らない」理由を、ひとつだけ思いつくことができた。1年も続けているとは驚きだけれども――
「ずいぶん大がかりな、おまじないだね」
 リジルの細い肩が、ぴくっと震えた。それでも手が止まることはなく、リジルは草を編み続けた。
 セレンは、編まれているものを観察した。ワンピースの袖部分を綴じ付けている、ように見える。目が詰まって、暗い緑色をした、リジルの指の血の染みたワンピース・・・。
「おまじないが大仕掛けなのは、それだけ大きな願いごとがあるからなんだろうね」
 セレンの言葉を、リジルは無視して、黙々と編みものを続けている。
「誰の服を編んでいるのか、当ててみせようか」
と、セレンは穏やかに続けた。
「きみの好きなひとの、奥さんになったひと。どう、合ってる?」
 リジルの手がびくりと跳ねて、編み目を落とした。急いで編み目を拾い直して、何事もなかったかのように編み続ける彼女の表情は、明らかに、一層こわばっていた。
「きっと君は、その女性を・・・呪っているんだ?」
 風の音も、雨の音も届かない、重たい沈黙が落ちた。
 リジルは無視して、ただ必死に、編んで、編んで、編んだ。
 セレンはリジルの傍らのカゴに目を移し、しばらくして、付け加えた。
「赤ん坊の服もあるのか。・・・その子供のことも、呪っているんだ?」
 リジルは無視した。編んで、編んで、編んだ。
 ジャンおじさんが、早く台所から戻って来て、この人の注意をそらしてくれればいいのに、と、リジルは思った。――いいえ。何を言われたって、負けたりしないわ。もうすぐ、あたしは編み終わる。もうすぐ、あの魔法使いが来る。1年間の約束を、あたしは守り抜いてみせる。あの女と、去年生まれたという赤ん坊を、呪い殺してみせる。それまで、どんなことを言われたって、絶対に、くじけたりしない。
 セレンの声は、飽くまでも、物柔らかだった。続く言葉は、こうだった。
「君の願いが、叶ったら、いいね」
 リジルは無視した。編んで、編んで、編んで・・・、はたと、手が止まった。今、何て?
 セレンは、ゆっくりと、優しく、繰り返した。
「君の願いが、叶ったら、いいね」
 頭の中で何度か言葉を反芻したあと、リジルは耳を疑って、思わず顔を上げ、初めて、この旅人の顔を正面から見つめることになった。目と目が合うと、若者は優美に笑った。
「不思議なの? でも、だって、君はとても一途だもの。早くに親を亡くして、けなげに生きて、ひたむきな恋をして。そして、とても頑張ってる。しゃべることも笑うこともなく1年を過ごすなんて、並大抵の決意ではないよね。いろいろ酷いことだって言われただろうに。君はその困難を乗り越えて、トゲだらけの草を編み続けて、もうすぐ、編み終わるんだろう? それなら、君だって、幸せになっていいはずだ。君の願いが叶うことを、ぼくも一緒に祈ろう。大丈夫、君ならきっと、思いを貫いて願いを叶えることができるよ」
 リジルは混乱した。若者は、リジルのそばに来て、床に膝をつき、リジルの傷だらけの両手の上に、自分の両手を重ねた。深い緑色をした瞳が、リジルを見上げた。
「ひとつだけ教えて、リジル。頷くだけでいい。その願いは、本当に、君を幸せにしてくれる?」
 リジルは、半ば茫然と、見つめ返した。あたしの幸せ・・・?
 あやうく、リジルは、声に出して答えてしまいそうになった。――あたしの幸せは、もう無くなってしまったの。もう、どこにも無いの。だから。
 セレンは、「静かに」という仕草をした。リジルははっとして、開きかけた口をつぐんだ。そう、一言も口をきいてはいけない。この人は本当に、あたしの味方をしてくれるんだ・・・。
 セレンは、労わるように言葉を継いだ。
「ごめんね、答えにくいことを訊いてしまって。いいんだ。君が、今日よりも明日、明日よりもあさってを、君の望むとおりの1日に変えていくことができるなら。ね?」
 微笑みかけてくれた、その優美な笑顔に思わず見とれながら、リジルは、夢でも見ているような気持ちになった。男のひとなのに、なんだか女神様のようだ、と思った。さらさらと流れ落ちる月色の髪。長い睫毛の下の、優しい緑の瞳。リジルの願いを、一緒に祈ろうと言ってくれた。でも、あたしの願いは。あたしの願いは・・・。
 リジルの瞳が揺れた。セレンは片手をあげ、乙女の柔らかな栗色の髪を撫でて、言った。
「かわいそうに」
 リジルは、はっとして大きく目を見開いた。心の奥で閉ざした扉に、何かが細くまっすぐに差し込まれていた。ゆらりと、目の前がかすんだ。どうして。だめ。だめだ。だって、あたしは・・・。
「泣いていいんだよ」
 そう言われて、気がついたときには、リジルの両の頬を、大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちていた。喋らなくなってから、「かわいそう」だと何度も言われたけれど、こんなに素直に聞いたのは初めてだった。そうか、あたし、かわいそうだったんだ・・・。
 自分が「かわいそう」なことを受け入れたら、やっと気付いた。リジルは、編んでいた服から指を外した。その意図を察したかのように、セレンが立ち上がって、脇にどいた。リジルは、かがんで、この1年間大切に編み続けて来たものを、ぜんぶカゴから出し、まとめて、暖炉の火の中に放り込んだ。
 草の燃える匂いが広がった。リジルの1年間が焼けて行く。でも、そう、何が一番「かわいそう」かと言ったなら、なりふりかまわず他人の不幸を一心不乱に願い続けた、そのことが一番みじめだった。そんなことにも気づかない自分が、一番「かわいそう」だった。
「リジル。それで良かったの?」
「・・・ありがとう」
 乙女は、深々と頭を下げた。1年ぶりに発した声は、ひどく掠れていた。
「無理に喋らなくて大丈夫だよ。ああ、そうだ」
 セレンは台所に行って、はちみつの瓶を持ったジャンを連れて戻って来た。
「おまえ、喋れるようになったって、本当か?」
「ジャンおじさん」
「わっ」
「たくさん心配をかけて、ごめんなさい」
「・・・うん。うん、いいんだ。ほら、はちみつだぞ。のどにもいいだろう」
 その晩、リジルは夢を見た。夢の中で、あの不気味な魔法使いが家に入って来て、暖炉の灰をかき混ぜて嘆いたあと、出て行った。朝、リジルが目覚めると、嵐は止んでいた。

 窓をいっぱいに開け放って朝の空気を入れると、澄んで晴れわたった秋の空から、穏やかな陽光が室内に降り注いだ。つめたい風も入って来るが、前日まで嵐に降り込められていた者たちにとっては、ただただ、この光の明るさが懐かしい。
 ジャンが村の見回りから戻って来て、朝食になった。みんなで、はちみつパンを食べた。
「うまいだろう!」
と、ジャンが満足げに言うと、リジルは食べながら、静かに涙を流した。昨日から、リジルはよく泣いてジャンを慌てさせており、セレンはジャンに、あまり気にしないようにと助言していた。
「それで、あんたはどこまで行くんだって、セレン」
 ジャンに問われて、セレンは街の名を答えた。
「友人たちと待ち合わせているので、すぐに発ちます」
「そうか」
「女のひともいるの?」
と、リジルがそっと聞いた。なんとなく、聞いてみたかったのだ。
「二人いるよ」
「どちらかが、あなたの恋人なの?」
「違うよ。彼女は、ぼくなんかの手の届かない、高貴なお姫様だから・・・」
 セレンは微笑して、目を伏せた。片方に想いを寄せているのが明らかだった。
「へえ。あんたも相当、高貴な人のように見えるけどな、セレン」
「綺麗なひと?」
「うん」
 言ってから、セレンは気が付いたように目を上げて、リジルに笑いかけた。
「とても綺麗なひとだけれど、でも、君がもう少しふっくらしたら、君のほうが可愛らしいと思うよ」
「・・・適当なことを言ってるでしょ」
「本当だよ」
 セレンはにこにこしている。リジルは戸惑いながら、嘘に決まっている、と思ったが、嬉しかったし、なんだか可笑しかった。なぜか、また涙がこぼれた。
「・・・ありがとう」
「良かった」
と、セレンは言った。しみいるように優しい口調だった。
「やっと笑ってくれたね、リジル」
 ――そうして、若者は旅だっていった。彼の姿が見えなくなるまで、ジャンとリジルは、ずっとずっと、見送っていた。二人とも、涙ぐみながら、笑顔で。

(完)

第21回 自作小説ブログトーナメントに参加しています。約6,690字。
よろしければ、ぜひご感想をお聞かせください。

進捗状況報告 & トーナメント結果:「髪を編む」

ゼラルドがメインの、短いお話を書こうと思っています。
着手はしているのですが、まだモヤモヤと展開に迷っているので、もう少しお待ちくださいね。

トーナメントのほうは、今回、初戦敗退でした。
というか、いささか場違いなお話を出品したことは自覚していたので、これはこれで。
心づもりとしては、トーナメントから見に来てくださっている方にも、「ささやかな日常のお話」を読んでいただきたかったのです。
この系統のお話も、うちの冒険譚には欠かせない要素だと思っているので…confident
ほっこり感が少しでも伝わっているといいな。

次回のブログ更新では、予告を出せるようにしたいです。
書いては消し、書いては消ししながら、コツコツがんばってますよ~。

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